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懐妊

共喰いの様子は堤から見えるかも知れない。帰ったら即刻、眴に報告して対策を考えなければ。今夜の戦は順調だった。最初は共喰いなどしていなかった。

アカメの潜む澱みをいい感じで、それこそ奏司の万全の復調で、次々と祓っていった。取りこぼしがないよう、双子が掃討している最中に、突然前方でトグロ同士が闘い始めた。


奏司は考えを巡らせながら、戦の後の水垢離(みずごり)をしていた。戦では想像以上の気を使う。そのため体が熱く火照って、真冬でも水をかけると気持ちが良かった。

用意された白晒しの浴衣を羽織り、奏司は先に(みそぎ)のため離れへと入っていった。少し遅れて御子姫がやってきた。


「早う脱げ」

御子姫にそう言われ、奏司はヤバいなあと思いつつ、着たままじゃダメだろうなと思い切って脱いで、布団に寝転んだ。御子姫は何食わぬ顔をして、いつも通り(みそぎ)をしていた。そのうち、クククッ…と、どうにも抑えきれないという様相で、笑い始めた。


「奏司、そなたの家にはどんな大きな虫がおるのじゃ、食われた痕だらけじゃ。しかしまあ、ようも器用に戦装束で隠れて見えぬところだけ、あはははっ!」

御子姫が腹を抱えて笑う様子に、奏司は行為のすべてを覘き見られているようで恥ずかしくて仕方がなかった。

と同時に、これを笑い飛ばしてくれている御子姫が有り難かった。


「どうせ、そなたが眴に無茶を言ったか、煽ったか、というとこじゃろう。あの賢明な眴が何もなく、しでかすわけがない」

「あはは…まさかこんな長い時間残ると思わなくて」

「まあよい、そなたに限って間違いは起こすまい。義務だけ果たしてくれれば」

「うん、わかってる。後で(ケガレ)について報告にくるよ」

「明日でよいぞ、今日はもう休みたい」


奏司は(みそぎ)を受けると早々に離れを出た。豪鬼が体から湯気を立てて、沐浴場から出てくる。グータッチをして離れへの渡り廊下ですれ違う。

玄関では剛拳が待っていた。

「今日はゆっくりだと思うよ」

「そうですか、豪鬼も大人になったんですな」


「そうだね、戦を通して、どんどん変わっていったよ。俺まで守ろうとしてくれるんだ」

奏司はスウェットに着替えて、戦装束を持って帰るところだった。

「母さんの様子はどお?痛み止めは?相変わらず使おうとしない?」

「そうですね、『薬』というと拒否されます。痛みは相当かと思いますが、それもまた罪のうちの試練だと」


「そう…なるべく時間がある限り行くようにするよ」

「よく、眴さんが来てくれますよ。この間も二人で何か話し合っていました」

奏司はなるべく二人に要らぬ心配をかけないよう気を遣った。本当は、街の病院の方が病気に対する環境は良かった。だが、洋巳は家を選んだ。同じ結末なら、心安らぐ場所がいいと言った。こんな素晴らしい場所を用意してくれてありがとうと、それが洋巳の口癖となった。というと


奏司が帰ると眴が出迎えた。いつもより早い帰港に何かあったのではと、気が気ではなかった。

「何かあったのかと…篝火のところまで行きました…」

「じゃあ、あれ、見たでしょ。(ケガレ)は事象だと言ってた。事象は共喰いする?」


「沖合で、大きなトグロがいくつものイタチに攻撃されていました。群れで大きなものを倒す。これは自然の事象でもあり得ますが、どちらかといえばむしろ社会的な、人が起こすような現象と言ってよいでしょう。

以前にも話したかと思います。(ケガレ)が人のように意思を持ち始めたのではないかと。それが、何がどう影響したのかはわかりません」


「大きな力に対しては、より大きな強大な力を。どんどん力と力がぶつかり合う。その先にはお互いが滅ぼし合うしかない?

最後はどうあれ強者が残る。進化って、そうやって起こるものでしょ?」


「難しいのは、それは決してあってはならない現象なんです。人を滅ぼす力を持つものがあれば、人はなんとかしてその現象を封じ込めようとします。だからこそ、私たちは祓い続けるしかない。

しかも目の前にあるのは、それもウィルスのようなものではなく、ずっと隠されていた『(ケガレ)』という、信じ難い非科学的な現象です」


奏司は大きなため息を吐いた。そして、表向きに対外的には、決してできないとは言えないということを、どううまく処理するか考えていた。

それこそ、戦人にどれほど犠牲が出ようとも、決して滅びることなくうまく(ケガレ)と均衡を保ちつつ、祓い続けていくか。

(ケガレ)が国を滅ぼさぬよう祓い続ける、輪紋衆響紋衆に与えられた運命(さだめ)である。


「里長から聞いたことがある。昔の(ケガレ)は、それこそ山のように大きな化け物で、(ニエ)を出すしかなかったって。

御子姫のように力ずくで祓い続けてはいけないんだ、きっと」

「そうですね。アカメが出現した時の原因追求の結論は、そういうものでしたね」

「ただ、放っておくこともできない。板挟みだ。うまくあしらっていかないと、それが表向きとの政治だ」


「表向きはなんとでもなる。問題は御子姫にどう説明しよう」

「正直に、(ケガレ)との戦の仕方の説明を。押さば引け、引かば押せ。波のように。それが(ケガレ)との戦には必要です。それはまた、自然な力の駆け引きです」

「本当にそれだけで済むのかどうか。(ケガレ)を見続けないといけない。

とにかく、無理をして命の犠牲を出すことだけは避けてほしいし、御子姫はそれを最も恐れてる。多分、うまくいくと思うよ」


「今でさえ戦の頻度は抑えてる。これで強いというなら…また長期間休まないと」

奏司には、どう提案すればいいかもわかっていた。

御子姫は厄年で力が半減するとされていても、この力でこの結果を招いた。それなら、もう長期間戦に出ることができない状況を作るしかなかった。



奏司は眴を伴って、御子姫の元を訪れた。

まず先に、(ケガレ)に起きている現象を観察するため、十日ほど時間をもらった。その間、戦も練習での術の使用もやめてもらった。

奏司は眴と一緒に連日、堤から見えるだけで共喰いの状況と、遠方で起きている現象の資料を作った。本当なら一年単位で統計を取りたいところだった。


その資料を持ち、二人は御子姫に、戦の年単位での中止と、その間に子作りを勧めた。

「厄年を理由に、子を作れとな」

御子姫は二人の説明を聞いた上で、まさかの結論に唖然としていた。

「奏司、そなたも賛同したのか」

「良い機会だと思うよ。唱さんと言葉(ことは)さんは特に、力が弱くなっていたようだから」


御子姫は眴の意見を求めた。

「ご説明した通りです。特に、ありません」

御子姫は眴を見つめ続けた。

「少し前、二人で話した時のことを覚えておるか。そなたは必ず、奏司との間に子をもうけてもらわねばならないと言い切った」

奏司が驚いて、眴の方を見た。


「はい、奏司殿との間に姫御子、豪鬼殿との間に男御子を、ということです」

「それはまたどうしてじゃ」

現世(うつしよ)の眼を持つ者からの、先見でございます。

ただし、ふさわしい時が来るまで話すなと申しつかっておりました。今がその時かと思いまして、進言させていただきました」


「どういうものだったか聞いても構わぬか」

「はい、奏司殿、豪鬼殿、お二人との間に生まれる御子は、輪紋衆響紋衆共の未来を負う宿命の元に生まれると。一族の未来がかかっております」

眴の家系は稀な物見の血を引いていた。物見が生まれること自体は極々稀なことだった。


「さて、その先見を信じて子をもうけた先は、どうする」

「我が家の由来の者たちが、責任をもってお育てする所存でございます」

「眼を持つ者たちの家か、悪くはない」

御子姫は二人の説明に納得した。特に、眴からの申し出には、笑みさえ浮かべていた。


「それでは、奏司、早速今夜から…」

「その手には食わないよ。薬飲んでたでしょ。だいたいね、ずっと飲んでたんだから、一ヶ月くらいは様子見ないと。もう、ホントに自分の体、甘く見過ぎ」

御子姫は目を見開いて、手厳しいなと笑いながら言った。


「それと、御子姫だけじゃなくて、この里全体、産児制限解いた方がいいね。みんな一度診てもらおう。考えとくよ、百以上の対がいる。専門医を連れてくる」

「そうじゃな。それは私にとっても助かる」

「できれば、御子姫には早く妊娠してほしいんだ」

「そうじゃのう、でないと自分たちばかり、子を残せと命じられておるようじゃからな」


「うん、子を残したあとは変容した(ケガレ)との死闘が待ってる、みたいな雰囲気になってもらったら困るんだ。祓い方はいくらでもある、先の大戦(おおいくさ)のように多くの命を犠牲にしなくていいように」

「そう、うまくいくかな」

御子姫は悟ったかのような笑みを残した。確かに、子さえ残せば、響家と奏家の本元の血筋は残る。そのために、なんとしても子を成さねばならなかった。


その日、御子姫は三年間の長い休戦期間を設けることを発表するとともに、その期間に限っての産児制限を解いた。



御子姫にはなかなか懐妊の兆しが見えてこなかった。

半年が経ち、里では多くの対の間に妊娠する者が現れた。

この状況を見越して、響家の大広間を急遽改築し、多くの出産に備えて街の神守の病院へ行かなくて済むようにした。元々響家にはお抱えの産科医がいる。


御子姫も産科医についてもらい、いろいろと治療を受けていた。

「子を成すというのは大変なことなのじゃなあ」

御子姫の身の回りの世話をする頭領代理の双子も、まだ妊娠の兆しはなかった。


「姫様、あまり思い詰めると、気鬱になりますから、夕餉にお酒など少しいかがですか」

言葉(ことは)が気を遣って話し相手になることも多かった。

「姫様、今日は昼から奏司様もおいでになるそうですよ」

唱は御子姫の妊娠しやすい日取りを知らせに、奏家へ出向いては奏司と話をしたりしていた。


「奏司殿、今日は昼から豪鬼殿もいらっしゃいます。良い酒も母から届きましたのでご用意しております。姫様のご提案で、離れの方にも床を…」

「うん、ありがとう、いつも気を遣ってもらって。唱さんや言葉(ことは)さんこそ、お母さん楽しみにしてるんじゃない?」

唱は少し困った顔をして、思い切って奏司に内情を話した。


「うちら、姫様を差し置いて子が作れると、思ってはりますか?」

「あ…もしかして…」

「本家筋に妊娠する者がいてはらへんのは、そういうことなんです。姫様がご懐妊しはらへん限り、いくらぎょうさん出産の準備をしはっても無駄です。今まで姫様からは、あんまり奏司殿に負担を強いひんよう仰せつかっておりましたけど。この際言わせていただきます」

唱のキツい西の訛りが、唱だけでなく響家本家筋の隠された本音を物語っていた。


奏司は昼から行くことを伝えると、体育館を覗いてみた。奏家の若い戦人が体を鍛えていた。皆、奏司が見に来たので集まってきた。

「ずっと聞こうと思ってたんです。三年も戦に出ないんですよね。俺たち、どうしたらいいんですか。親が心配してて」

二十歳になったという奏家の者が、なかなか言う機会がなかったと前置いて、奏司に漠然とした不安を話してきた。


奏司は(ケガレ)の急速な変容や表向きのことで精一杯で、足元の里にいる者たちのことが表面的にしか見えていなかったことを痛感した。響家の若い響紋衆はどうしているのか、御子姫と最近何を話しただろう。

「上滑りなことばっかじゃん。俺、御子姫に甘えすぎ…」

奏司は、義務さえ果たしてくれればいいという、御子姫の言葉にも甘えすぎていた気がした。


奏司は御子姫の元を訪れた。

豪鬼が先に来ていた。御子姫と二人は囲碁をしながら、少し酒を飲んでいた。

「久しぶりに豪鬼と碁を打っておるのじゃが、相変わらず強いのう」

気がつけば、こうして三人でこんなふうにくつろぐのもなかったように思った。

「珍しいのう、そなたが仕事の話をせんのは」


「昼間から、そっちこそ珍しいじゃん」

「少しな、気鬱になっておったので、双子が気を利かせてくれたのじゃ」

御子姫が碁石を碁盤の上に置くと、豪鬼が笑い出した。

「ひめ、負けー!」

「えっと、ここにまだ打てるよ」

「あっ!奏司、ダメ教えちゃ」


奏司も久しぶりに、豪鬼と真剣勝負になった。その様子を楽しそうに御子姫は見ていた。

囲碁をやっていたはずが、いつの間にやら腕相撲になっている。奏司が五尺九寸(178cm)、豪鬼が六尺一寸(185cm)。大きな二十歳になろうとする若者が、昔に戻って遊んでいた。

「そろそろどうじゃ」


御子姫が奏司を連れて離れへ行こうとすると、豪鬼が寂しそうな顔をした。

「豪鬼も来る?」

「なにをするつもりじゃ」

「奏司は笑いながら、腕相撲の続きだよ」

三人は連れだって離れへ入っていった。


「よし、豪鬼、じゃんけんで勝った方が服を一枚ずつ脱いでいくんだ」

奏司と豪鬼は、よくなんでもじゃんけんで決めていた。

お互いにパンイチになると、今度は勝った方が御子姫の着物を一枚ずつ脱がせられることになった。

御子姫を脱がし終わると、とうとう奏司と豪鬼でじゃんけんの決戦が始まった。御子姫は笑い転げて見ていた。


奏司が勝った。

「豪鬼は待っておれ」

御子姫の言葉に、豪鬼は真ん中で少し離れて座って待っていた。御子姫は奏司のトランクスをぬがすと一物を口にしようとした。

「待って」


「なんじゃ、今さら」

「そこからじゃなくて」

奏司は御子姫に口づけをした。それはやさしく、唇のやわらかさと舌のやわらかさと口づけがこれほど官能的で、体の芯からとろけてくるのかということを思い出させるものであった。


「俺、また御子姫を矢面に立たせるとこだった」

「なんのことじゃ、そなたの悪い癖じゃ。いいところで現実に引き戻すでない」

御子姫は奏司に口づけると、唇を吸いながら舌をからませた。長い口づけを交わしながら、奏司は御子姫の割れ目から溢れ出るものを芯芽に馴染ませながらこすり始めた。すぐに御子姫は声を上げ、奏司を見つめた。


奏司は御子姫を見つめながら、これ以上なくやさしく、しかし焦らしながら芯芽を剥いていった。

「御子姫、大好きだよ。ずっとずっと、その気持ちは変わらない。ここで契ったあの時から、変わってない」

奏司は、指を御子姫の(なか)に入れると、少しかたくなった部分をこすって刺激した。

「あぁっ!あ、はぁっ!あああっ!だめぇっ!すぐ、いっちゃうぅっ!」

「イってよ。その方が、締まって気持ちいいんだよ」


奏司は指で何度か御子姫をイかせると、自分の一物を入れた。不思議と、何か懐かしさが湧いてきた。

初めて、御子姫の(なか)に入れたのは、まだ幼かった。ただ、憶えてるのは、こんなにあたたかく包まれて気持ちの良い場所は初めてだと、それだけだった。

御子姫の(なか)は、こんなにやわらかくあたたかく包み込んで、ぞわりぞわりと引きずりこまれていくように、気持ちがいい。

それは、(みそぎ)の時とはまったくの別物だった。


奏司はたまらず、御子姫に(いざな)われるように、御子姫を抱きしめて果てていた。

「御子姫、大好き、それしか見つかんない」

愛してる、という気持ちには、飢えも渇きも、様々な求める葛藤がある。

ただただ、純粋に好き、それこそ最初に、無垢に愛した、好きになった、気持ち。

「大好きだよ」


奏司は豪鬼と交代して、豪鬼も御子姫の体の負担にならないよう、上手に放出できる術を奏司から教わった。

時々は昔話をしながら、異形の里を懐かしみ、三人はまるであの頃に戻ったように笑いに包まれて、一夜を明かした。

その後も数日間、御子姫の部屋に泊まって、三人は御子姫の気鬱を吹き飛ばすように、笑って過ごした。


その後も、機会があるたびに三人は、それこそ異形の里の時のよう庭先で肉や魚を焼いたり、御子姫の好きな栗やむかごや銀杏を焼いたりした。もうあの頃には戻れはしないが、再現することで御子姫を楽しませた。

そうして一年が過ぎようとする頃に、御子姫は懐妊した。その後の産科医の診察では二つの鼓動を確認した。

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