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輪響紋の子供

奏司は深い眠りに落ちていた。

その眠りの中で不思議な夢のようなものを見ていた。


四、五歳くらいの子供が、封じられた父奨弥の前にいた。

子供は輪紋と響紋を繰り出すと、輪紋に吸い込まれた響紋が再び輪紋から出てくると輪紋と一つになり、強い光を放ち父奨弥を射抜いた。奨弥の体からは(ケガレ)と思しき闇が霧散し消滅した。

父奨弥は崩れ落ち、ただの(むくろ)と化した。


子供には、輪紋と響紋があった。


御子姫もまた気を失ったまま、しばらく目覚めることはなかった。

眴と洋巳はそれぞれに、奏司と御子姫に浴衣を着せると、二人を並べて寝かせておいた。

しばらくすると御子姫が目覚め、体を起こした。

「奏司はまだ目が覚めぬか。祓いは成功した」


眴は深々と頭を下げると、御子姫は礼には及ばぬ、(つい)として当然だと言った。

御子姫は奥の者たちに支えられ、先に離れから出ると湯を浴びに行った。

なかなか目を覚まさない奏司に、豪鬼は体を揺さぶって起こそうとしたが剛拳に止められた。


眴は奏司が起きるまで見ているのでと、先に洋巳を気遣い皆に離れから出てもらった。冬の夜は体の芯から冷えてきていた。

洋巳は近頃体調があまり良くなかった。刑務所にいる時から患っている病が進行しているようだった。


眴は奏司を抱きかかえると、そこまで強い薬で眠らせたわけではないが、心配で仕方がなかった。

剛拳が戸を叩くと、眴は奏司を抱えて戸口まで連れてきた。剛拳は御子姫の部屋に布団を敷いてもらい、奏司を連れにきたのだった。

「奏司さんの体が冷えてしまって、温めないと」


眴も一緒に御子姫の部屋へ行くと風呂で温まってくるように勧められたが、さっと着替えると奏司の傍に座って動こうとしなかった。

眠らせるために使った薬は強いものではあったが、麻酔とは違う。もうそろそろ目が覚めても良い頃なのに目が覚めないのはなぜだろうか。


御子姫が湯浴みを終え、様子を見にきた。

するとにわかに、奏司は目を覚まし意識を取り戻した。奏司は真っ先に御子姫に抱きついた。

「御子姫、ありがとう!俺、なんかすっごいぐっすり寝た感じ」

豪鬼も二人に抱きついてきて、まるで二人を締め上げているようだった。

「豪鬼、ありがとう、ありがとう!もういいよ、痛いよ」


御子姫は座ると、祓いの時の光景を思い出し、皆に話した。

魂を(むしば)(ケガレ)らしきものが見え、自分は一生懸命祓おうとしたができずにいた。

そこへ不思議な子供が現れ、一人で輪紋と響紋を繰り出すと、あっという間に祓ってしまった。

子供の体には、輪紋と響紋が一緒に刻み込まれていた。


すると、奏司があっ!と大きな声を出した。

「俺も見た!夢の中で、子供が輪紋と響紋を合体させて光の玉のようものを作るんだ。それで父さんの内に封じられた(ケガレ)を祓っちゃうんだ」

「それで、どうなったのじゃ。生きておるのか」

「ううん、なんか木乃伊(みいら)みたいになって崩れた」


話を聞いていた洋巳は、顔面蒼白となってへたりこんでしまった。あまりに具合が悪くなってしまったので、車を借りて皆一斉に引き上げることにした。

眴は御子姫を見つめつつ、やはりこの夢のような話といい、奏司との強いつながりを感じていた。御子姫が現れた途端に目覚めた奏司を見ても、そう考えずにはいられなかった。


物事には引き際というものがある。奏司への懸念材料もなくなった。あとはどう切り出すか。奏司には御子姫とともに託された輪響紋衆の未来がある。

とある山間の部落には物見の一族が存在する。その響家の一族に稀に生まれる男子が持つのが常世の眼、そして女子には現世の眼を持つ者が生まれる。


眴が奏司に近づいたこと自体、そもそも一族から申しつかってのことだった。こうなることもわかっていた。聞いた時にはまさかと笑い飛ばした通りになっている。

常世の眼として、お支えするようにと、そこに眴は個人の思惑も感情も持つことは許されていなかった。



その夜、奏司は自ら眴を求めてきた。

「どうしたんですか」

横のベッドで寝ている眴に口づけると、ベッドに潜り込んで服の中に手を入れ眴の素肌にふれた。

「わかんない。急にこうしたくなった」


眴はボタンを外し上着を脱ぐと、奏司を抱きしめた。

「俺、わかってる。行かなければならない時は、自分から行くよ。だから、突き放すようなことはしないで」

「奏司さん…」

「奏司、いい加減、そう呼んで」


眴は首を横に振った。

「どうして」

奏司は眴を押し倒して、眼を見つめた。

深い闇の眼。

「困らせないで下さい。今日はいろいろあって気が高ぶってるんでしょう。さあ、もう休みますよ」


「いやだ」

「お願いです。もうこれ以上…」

眴は言葉を詰まらせると、起き上がって奏司を強く抱きしめた。

「あなたは本当わかってない。私がどれほど欲してるか」

眴は激しく息の詰まるようなキスをした。

「こっちこそ、いい加減にしてくれないと、抱き壊しますよ」


奏司は笑っていた。

「壊して。ぶっ壊して」

もう、これ以上立ち止まることはできない。奏司の御子姫に対する障壁はすべて取り除かれた。

そして、多分時間もないだろう。表の仕事をしているとわかる。何を望まれ、何を犠牲にして行かなければならないのか。


奏司は何度もイク寸前で止められた。

背中、へその周りから根本へ、腰周りから尻から太ももへ、そこかしこに強く吸われ甘噛みされ、印を残された。

「はっ…あぁっ!お願い、イカせてっ!ああっ!あーっ!」

「嫌です。その顔、ずっと見せて、イキそうでイけない。その顔見ているだけで、こっちがイキそうになる」


部屋にどれほど声が響いても、もう声を出さずにはいられない。思い切り叫んで頭を空っぽにしたい。

何度もこみ上げるイク感覚が、根元で止められて発射できずに、行き場を失って全身に快感が貫いてゆく。

「うああああっ!!やあああっ!!イカせてえええっ!!あああっっ!!」

やっと一度イかされても、すぐにまた今度はバックを刺激されて、違った快感が背筋を貫く。


「抱き壊していいと言ったのはあなたですよ」

「はあ…はあ…は…うん、もう絶対忘れられないように、して…

必ず眴の元に戻るよう…壊し潰して」

眴が奏司を呼び捨てにできないよう、奏司も決して口にできない言葉があった。


ーー愛してる、壊して、壊して…


それが愛してるに代わる言葉となって響いた。



奏司が子供によって父奨弥から(ケガレ)が祓われた、夢のようなものを見た翌日、将大の元から連絡が入った。

まるで同じように、父奨弥が朽ち果てていたと。(ケガレ)の痕跡はなく、祓われたとしか説明のしようがないというものだった。


奏司は、刑務所に収監中、神守衆の病院で出産した子供について調べていた。

性別は男児、とある神守の裕福な家庭に、養子として引き取られたというところまで突き止めた。


洋巳は出産時に出血多量となり、非常に危険な状態だった。

子供とは会えず、そのまま病院から養子元へ引き渡されていたようだった。

御子姫の弁護士が、御子姫が引き取れるよう動いていたが、子供をめぐる状況は二転三転し、しばらく行方が知れなかった。


後日、祓いの礼に御子姫を訪ねた時に、夢のような中の子供の話に及んだ。

奏司と御子姫はとてもよく似た子供を見ていた。

さらに言えば、子供は奏司のことを『兄』と呼んでいたようだった。


神守の裕福な家庭の正体がわからないというのは、御子姫にとっても奏司にとっても、二人が持つそれぞれの情報網に引っかかってこないということだった。それはよほど特別だった。

その子は、何か大きな力によって隠されているとしか、導き出しようがなかった。


ただもしも、輪紋と響紋が混在する、併せ持つ者が実際現れたとしたら、何百年も続いた輪響紋衆の歴史では大きく遡る先祖返りだった。祖に還る、それはまた(ケガレ)も、常世の闇から解き放たれようとする前兆に過ぎなかった。


戦に出る時が来た。戦は御子姫の力の回復加減をみて行われていた。

奏司は復調し、豪鬼とともに御子姫の二枚対を張った。常世に赴き、(ケガレ)を祓う。アカメが潜む澱みの祓いは順調にみえた。

しかし、先頭を行く大将船の双子は揃ってとんでもないものを目にした。

遠方で、大きなトグロが小さいトグロを喰らっているのだ。よく目を凝らして見れば、すぐ足元のザコ同士でも共喰いが始まっていた。


双子はひどく不吉なものを見たように感じ、御子姫からの指示を待たず異形の大船が停まっているところまで引いてきた。

「姫様!(ケガレ)同士が共喰いしています!」

「共喰いじゃと?」

アカメによる澱みからの力の供給だけでは足りないとでもいうかのように、(ケガレ)は急速に変容を加速し始めていた。


「姫様、今夜は一度引きましょう」

特にザコ同士の共喰いは、どこに視線を向けても目に入るので、戦の士気にも影響していた。

一気に丸呑みするならまだしも、互いに頭を食いちぎったり腹を食い破る様は見ていられなかった。


「あともう一息で、澱みのアカメどもが祓えるというに!」

「御子姫、引こう。ザコの大きさが変わってきている」

奏司は共喰いするたびに、若干大きく変化している(ケガレ)の様子を早く眴に報告して対策をしなければと考えていた。

「無策でここでこのままいては危険だ」


御子姫は異形の大船をしんがりに、早々に帰港の途についた。今までになく、大河の水面にうねりが出ている。それは(ケガレ)の大きさの変化に関係があるようだった。

「御子姫!あれ見て!」

奏司が指差す遠くからトグロが追いかけてくるのを、横からイタチが群れで飛びかかっていた。


「なんと、おぞましい…」

眉をしかめ共喰いを見つめる御子姫からは、己の失策が招いた結果ではないかと、不安がよぎっていた。

(ケガレ)は事象ではないのか」

奏司には、眴が懸念していた変容の姿を見ているように思えた。

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