表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/32

鬼か蛇か(1)


戦から戻り(みそぎ)を済ませた奨弥は、御子姫の部屋でひざ枕でくつろいでいた。奨弥を見下ろす御子姫だが、奨弥と目が会うたびにほんのりと(ほお)を赤く染めていた。

奨弥が寝返って、顔が御子姫の腹部の方を向く。


「あ…っ」


(ささや)くような声が漏れる。

見れば、奨弥が悪戯(いたずら)ぽく笑い、あそこへ顔を(うず)めてくる。御子姫はよけいに顔を紅潮(こうちょう)させながらも、やさしくとろけるような笑顔を向けていた。


幾度となく戦にでるたび、奨弥に(みそぎ)(ほどこ)すため、奨弥の物を受け入れる。夫婦(めおと)となった(つい)(みそぎ)では、より良く、(ケガレ)に受けた傷などを(いや)(はら)うために、一つになり互いに気を通わせることが当たり前だった。


そうして、御子姫を可愛く想う心が芽生えた奨弥は、(まゆ)を抱くようにやさしく、やさしく御子姫と(むつ)みあうのが、(みそぎ)よりもなによりも(いや)しとなった。


ーーこんな幼い十二の少女が不思議な…


頭の先から爪先まで、すべてを包みこむように、安らぎを与えてくれる。

顔を(うず)めながら、いったいどちらが子供かわからんなと、奨弥は思った。こうしてやさしく髪を撫でられているだけで。


「奨弥…」

起き上がった奨弥は、御子姫の(くちびる)をやさしく包みこむように吸った。

「あ…御簾(みす)…」

奨弥は御簾を下ろすと、今一度、御子姫に口づけた。

真っ黒な艶やかな黒髪に、切りそろえられた前髪から(のぞ)く黒い大きな瞳は、奨弥をうるうると見つめていた。奨弥の胸元にしなだれ、かすかに開く口元は桃のように色づいていた。


帯をゆるめ、着物を少し広げると、奨弥の腕の中で、あぁ…と恥ずかしそうに身をくねらせる。黒髪と、桃の()がする(かぐわ)しい肌。

奨弥は胸元に口づけた。頭の上から御子姫の恥ずかしそうに小さく(あえ)ぐ声が降ってくる。奨弥は御子姫の腰に手をかけると、持ち上げて自分の物をゆっくりと入れ始めた。


「あ、ぁ…ぁ…あ、ぁぁ…んぁ…あはぁ…!」

可愛らしい、鈴のような、小さな声が桃のようなやわい(くちびる)から漏れてくる。

それだけで、奨弥の物は大きくなっていく。

今までの女達と比べることなど、もはや意味がない。

年など、意味を持たない。

「姫、愛している」

初めて、執着心を抱いた。


「私も、誰にも盗られたくありません」

そう言うと御子姫は奨弥に抱きつき、腰をゆっくりと、徐々にはやく上下に動かし始めた。

「はぁん、んん…ぁんん、ん、はぁん…」

しばらく、なんとも(なま)めかしい声が続いた。

奨弥もこらえきれなくなり、御子姫を抱きかかえて横になると、腰を引き寄せもっと奥へと動かしていた。


御簾(みす)が降りている間は、誰も近づくことはできなかった。

しばらくして、二人は身支度を整えると御簾を上げ、奨弥は自分の務めがあるので御子姫の元を後にした。



それを待ち構えていたように、頭領代理が部屋へ入ってきた。

御子姫はその表情を見ただけで、また何か面倒事が起きたと悟った。


「おまえがそういう顔をする時は、本当に嫌なことしか思い浮かばぬ」


その時浮かんだのは、間違いなく洋巳(ひろみ)だった。

御子姫は聞く前から(まゆ)をしかめた。


「申し訳ございません。洋巳ですが、月のものが来ないと言ってきました」

「そんなもの、あのようなことがあれば当然じゃ。私に報告せずとも、ホオズキで良かろう」


ホオズキは根に毒があるが薬にもなった。子宮を収縮させる効果もあったため、昔はよく堕胎(だたい)薬として用いられることがあった。


「ところが、腹の子は奨弥殿の子だと言って、言うことを聞きません」

そう聞いた途端、御子姫は代理を(すご)形相(ぎょうそう)(にら)みつけた。

これ以上不快なことはない。本当に忌々しい。

「連れてまいれ」

御子姫は厳しい口調で言い放った。

「ホオズキも用意して持って来させよ」


洋巳は代理と数人の女達に囲まれるように連れてこられた。皆、奥を任される者達で、洋巳の件は知っていた。

洋巳は御子姫の前に座らされると、後ろを囲まれた。


洋巳は御子姫の方を向いていたが、御簾の方からかすかに奨弥の匂いがすると、一瞬にして顔つきが変わった。御子姫にこんな目つきをして顔を合わせる者などいなかった。

御子姫は洋巳と目が合うと、逆ではないかと思った。

他人(ひと)の夫に懸想(けそう)して。


目の前の人の姿は己の鏡、そう教えられた。こういう時こそ、相手に引きずられぬよう平静を保たねば。


「洋巳、腹の子を産むことは許されぬ。奨弥殿の子だという妄言(もうげん)も認めぬ」


洋巳は開き直って、不敵な笑みさえ浮かべた。

堕胎などさせるものか、絶対に産んでみせる。洋巳にはもう現実と妄執の区別がつかなかった。


その姿に、御子姫はゾッとした。

御子姫には、洋巳に巻きつく大トグロの影が見えた。トグロはギョロギョロと御子姫を凝視(ぎょうし)しながら、()けた口はニヤリと笑っていた。


ーー(ケガレ)に呑み込まれよって…!


「産まれてきたらわかります。奨弥様そっくりな子が生まれましょう!」


何をどう尋ねても、洋巳は奨弥の子だと言って譲らなかった。


それこそ本当にそうなのだと、あの夜の事を知らなければ信じこまされそうになるほど(かたく)なに、洋巳の口からは奨弥のことしか出てこなかった。

御子姫の不快に(ゆが)む顔を、洋巳は嘲笑(あざわら)っているように見えた。


ーーまだまだ子供ね、私の勝ちよ!


「洋巳、満足か?」

散々、洋巳の話を聞いてから、御子姫は(さげす)むように洋巳を見下ろした。


「おまえがそこまで(おろ)かだったとは。おまえの心には、奨弥殿はおらぬ。おのれの欲のみじゃ」


「何を…!!私ほど、奨弥様のことを大切に思っている者はおりません!!」


「まだ、わからぬか。おまえが腹の子を奨弥殿の子だと言い張るほど、おまえは奨弥殿を窮地(きゅうち)(おとしい)れておることを」


「そんな、奨弥様を盾にして、(おど)すようなことを言っても無駄よ。いい加減、認めなさいよ、私と奨弥様のこと!!」


しばらく沈黙が続いた。御子姫が言い返してこないのを、洋巳はとうとう言い負かしたのだと確信した。洋巳はこの話し合いの裏側で何が起きているか、少し冷静になれば考へ及んだだろう。


「仕方あるまい。呼んで参れ」


洋巳は、それを聞いて、奨弥が来ると思い込んだ。


ーー奨弥様!!やっと会える!!


心優しい奨弥ならきっと、堕胎などせず産んでも良いと言ってくれるはずだ。洋巳は優位に事を運べていると、御子姫と自分を比べることしか頭になかった。


洋巳は分家筋の生まれで、幼い頃から同じような年頃の他者と競い合うことで、自他共に認める自分という像を作ってきた。純粋に自分は何者か、ではなく、大勢の中での自分とは、どうなのかと考えて育ってきた。


特に、初潮を迎えてからは経紋も出て、戦に出ること前提に響家本家の屋敷で訓練も兼ねて集団生活をすることとなった。(ケガレ)を倒すための存在。生まれた時から、それが自分自身の運命だった。皆、同じだった。しかし、その中でも家柄や力の差は歴然と、集まった者達を差別化する基準としてあった。


洋巳も当たり前のように、それを受け止め(ケガレ)との戦で役に立ち、いつかは良い人と(つい)になり互いに支え合って戦をし。そう考えていた。それを(くつがえ)す出会いが、洋巳を変えてしまったのだった。


一方的な片想い。それが過酷な戦いの日々の中、洋巳の開けてはならない箱を開けてしまったのだろう。


ただ、御子姫から見れば、すべて理屈が通らぬ、独りよがりの言い分に過ぎなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ