深まる溝
眴は奏司の唇をやさしく包むように口づけた。
「力を抜いて下さいね。キスで感じ合うには、身をまかせられるかどうか…」
眴の唇はやわらかく奏司の上唇を食むと、下唇を食んだ。それをゆっくりと繰り返す。
「同じように私にやってみて下さい…そうしてやさし包むように…」
奏司は、唇のやわらかさをあらためて感じていた。
すると、眴が奏司の片方の唇をやさしく噛むと少し顔を振り動かした。もう一度噛むと今度は反対へ揺らすように振った。唇を噛んでは左右に擦りながら、何度も今度は上唇を吸って噛んでみたり上下左右に唇を刺激しあう。
「どうです?今度は舌を出して…私と同じようにしてみて…」
眴は舌をからませたり、とがらせた舌で舌をなぞったり、二人は唇の外で舌だけをからませあった。眴は時折舌先で唇を舐めたり、また舌と舌をからませあっていたかと思うと、そのまま下唇を吸ったり食んだり。
そうするうちに、舌をからませあったまま、唇を重ねると吸い、また離しては舌をからませあった。
「舌がまるで別の生き物のようでしょう」
そういうとまた、舌だけをからめあう。
からめた舌を吸ったり、舐めあったり。唇を包まれ吸われたり、やさしく噛まれて引っぱられたり。そしてまた、舌をからめあう。
舌だけに全身の感覚が集まってきて、舌をからめあうことだけがすべてになる。
「真似をするのが上手ですね…」
そう言うと眴はやさしく唇で奏司の舌を包みこんだ。
奏司は、キスを続けているうちに、ただキスを繰り返しているだけなのに体の芯が疼くような感覚を味わっていた。
「勃ってますね…さわっても?」
奏司は頷いた。眴は先から汁が溢れているのをからませながらゆっくりとしごいた。
「あっ…!」
声はまたキスに呑み込まれていった。キスだけなのに、頭の芯がジンジンとしてくる。そして、眴が焦らすようにゆっくりと一物をしごいていた。
ーーこれが指じゃなくて、唇と舌なら…
「はあ…は…あ…キスして…」
喘ぐように奏司は眴の眼を見て言った。
「キスなら、もうしてますよ」
「そう…じゃな、い…」
眴は嬉しそうに笑うと、奏司のそそり勃つものの先を唇で軽くつい食んだ。
「は、あっ…!」
奏司は眴の腕の中で仰け反った。
「本当、かわいいですね」
眴は舌先で頭の部分を舐めまわすと、先だけ唇で吸ったり、舌でからめとったりした。その間もゆっくりと指は一物の付け根の方をしごいている。
頭の部分を唇で吸ったり口に含んだりの刺激と、舌で舐めたりからめたり、しごかれているうちに、奏司は息遣いがどんどん荒くなっていった。
「もう…」
「イキそうですか…そうはさせませんよ」
そう言うと、眴は手のひらで根元を抑え、親指と人差し指の間に根元を挟み込み、指できゅっと軽く押さえ込んだ。
「うっ…」
イキそうで、イケない、けどしばらくすると衝動がおさまってくる。そしてまた、眴は一物をしごきながら、キスをしたり舐めまわしたりした。
何度もイキそうになるのにイケずに止められる。奏司はその都度、背筋をゾクゾクさせていた。
イク寸前で止められ、またイかされそうになるのを繰り返されるうちに、奏司はたまらなくなって眴に懇願した。
「お願い…イかせて…」
「そうですか、じゃあついでに、取り出しましょう」
眴は唾で濡らした指で肛門周りを刺激した。
それはそれでまた、言いようのない快感だった。何度も指をしゃぶっては肛門にすべりこませ、ゆっくり押し広げていく。そうして、硬くなった前立腺を内側から刺激した。
「うっ!あ、ああっ!あああっ!あっ!イ、イク、いっいい!イクッ!!う、ああっ!!」
奏司は眴の手のひらの中でイった。眴は肛門からドス黒い穢擬を取り出すと、布団の上に放り出した。
「奏司さん、大丈夫ですか、祓えますか?」
奏司はすぐに気を取り直して、それを祓った。
「なんだか、今日のは先日より大きかったですね」
眴はペロリと、奏司の出したものを美味しそうに舐めた。
「ねえ、それやめようよ。なんだか…」
「汚くないですよ、わざわざ手のひらで受けてるんですから」
大好物だと言って笑う眴に呆れながらも、悪くはない気持ちだった。
布団を穢擬で汚してしまったので、二人は朝まで一緒の布団で寝た。体をぴったりくっつけて寝ても、奏司は嫌な気はしなかった。
街へ戻る途中、眴からの提案でお金のかかるホテル暮らしをやめて、部屋を借りることにした。大学の近くで、なぜホテルのロビーで眴と出会ったのか、奏司にはやっとわかった。眴は同じ大学の大学院に勤めていた。
奏司は今後、穢擬を祓うために、眴のマンションの部屋へ通うことに落ち着いた。近くに、奏司も母洋巳と暮らすためのマンションを借りた。
洋巳のために明るくて一日が感じられるリビングと、母と奏司のほか眴のための部屋もあった。
奨弥の父将大の行動は早かった。奏司が訪れて数日後には戦人の里の奏家本家に訪れていた。
将大その人を直接知る者はいなかったが、奏家の本家本元では生きている中では、最上位の人物である。奏家本家は蜂の巣を突いたような騒ぎになっていた。
将大は一切奨弥へ容赦はなかった。
お抱えの奏家の者達を使い、奨弥を周囲の者達に有無を言わせず、将大の住む山深い屋敷へと連れていった。
将大の元で、奨弥は本格的な禊のため、禊を行うためだけの部屋、ほぼ地下牢に入れられた。
部屋は地下にあり、大きな巨石と巨石の隙間から絶えず清水が落ちてくる小さな滝があった。その下へ奨弥は座らされ、倒れようがどうだろうと放って置かれた。
食事は一日一度、将大と同じ食事、粥と精進料理が供されていた。
その岩屋の牢を取り巻き、幾人もの奏家の者が、同じように罪と穢れのための精進潔斎を執り行っていた。
その牢に入れられてからは、奨弥は生きるも死ぬも己次第という状況の下に晒されていた。
奏家本家の奨弥に関する騒動は、すべてが総代了承済み、つまり将大に一任の免状があった。御子姫の元には、奏家の事ゆえ、一切お構い御免と通達された。
取り敢えず生活地盤が整うまでの連絡先を兼ね、奏司は滞在先のホテルを連絡先に指定していた。
奏家本家で働いていた奏家の女達は、将大から本家より出るように言われ路頭に迷う状況だった。奏司は連絡を受け、空き家となっている戦人が住んでいた住居を、当面複数名で使用できるよう手配した。奏家本家の騒動から派生したことのみ引き受けていた。
奏司は何かあれば連絡するよう、連絡先を指定していたが、御子姫は奏司と喧嘩別れした切りの状態で、自ら動こうともしなかった。
本来、戦人の里こそ、御子姫が治め管理する場所である。御子姫はそれさえもしないでいた。
奏司はホテルに届く報せの中、御子姫についてのものは里へ連絡するよう断り、総代の仕事に関係なさそうなもの一切無視していた。
里にも電話がある。御子姫自らがすれば済む話である。
総代の仕事を本来の通り代わって引き受けるようになり、御子姫は何をどう考えたのかすべて奏司の意見を聞くようになっていた。
奏司は御子姫が思う通りにするよう全部突き返していた。それが滞るようになり、困る者が現れたので引き受けていただけである。
御子姫には訳がわからなかった。
御子姫は指図して仕事を他人にやらせ、あとは自分のいいようにまとめ上げるのは得意だった。今までの仕事は、全部それでなんとかなってきていたのだった。
そうして一番の難点は、どうして奏司がそんな風になってしまったかを御子姫は理解できなかったのである。
本当に些細なこと、だった。すれ違い程度の。ただお互いにその気づかない些細なことが積み重なって、大きな溝となりつつあった。
そこへ決定的な出来事が重なった。奏司が戦人の里で、新しく自らが住むための新居を建築していることが、奏司からの報告より早く御子姫の耳に入ったのだった。
御子姫が奏司を見る眼差しが変わったことを、御子姫自身は気づかないでいた。周囲の者たちは薄々感じていたが、何も言うことができないでいた。あの夜のことを思い出すと、御子姫は不穏になり未だ立ち直れないでいた。
豪鬼と剛拳は、祓い清められ新しい畳の入った家で生活を始めていた。しかし、そこへ御子姫が来ることはなかった。
奏司は仮釈間近の母洋巳を、眴と一緒に訪ねた。一緒に面会できると聞いていたので、先に母には知らせていた。
洋巳は初めて会う眴を非常に警戒した。
「母さん、この人はね、母さんが気にしていたことを、見ることができる人だから」
洋巳は実刑よりも少し長く刑務所に入っていた。それは薬の持つ不安定さが直接、想像以上に重かったのであった。
「母さん、眴はね、ケガレが見えるんだ。母さん気にしてたでしょ。俺と暮らそうって言っても」
眴は穏やかに笑いながら、そっと左目の眼帯を取った。
「私が見る限り、全身特にどこも、問題ありません」
「本当っ!?」
「はい、一つお伺いしても…精進潔斎を続けていらっしゃいましたね。そろそろおやめいただき、もう少し体力を。もしも心配でしたら、祓いの数珠を作らせて手首に巻くのはいかがかと思います」
眴は紫水晶の数珠を奏司に手渡した。
「よければこれを、まずお母さんにいかがですか。私の見立てで申し訳ないのですが」
洋巳は淡い藤色に近い紫の水晶の数珠を受け取り、嬉しそうに腕に巻いた。
「ありがとうございます。落ち着きます」
何度も礼を言いながら、母洋巳は一緒に暮らす日を励みに頑張ると刑房へ戻っていった。
奏司は眴と、不動産屋を数件回って、買い物をすると眴の部屋へ戻った。奏司は今、一番落ち着く場所は、神守眴の隣になっていた。何一つ、てらうことなくいられる、ただ一つの場所だった。




