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俺の気持ち

奏司のその話を聞いて、御子姫は切なくなった。奏司の体の中には二つの魂が混在してしまっているのだろうか。果たして、そんなことが起こりえるのか。それとも、幼い時から、何かされたのだろうか。なんとかしてやりたいが、誰かがどうにかできるものでもないだろう。

その晩、御子姫は奏司と手をつないで寝ることにした。

奨弥だと思い、奨弥が帰ってきたようで、つい嬉しくなって安易に受け入れてしまった、己にも非がある。


翌日、朝起きてから、豪鬼はやっぱり不機嫌だった。奏司は暦を見せて次に来た時の楽しい話を聞かせてなだめている。二人とも背丈はもう自分と変わらない。

「さあ、豪鬼、お見送りしてくれるか」

以前は家の中へ入って出てこなかったが、ぎゅっとして御子姫が車に乗るのを見ている。奏司も同じようにして見送った。


「豪鬼は来るたびに成長しておるな。今日は奏司と一緒に手を振っておった」

「そうですな。もう十三です。この時期の成長ぶりは目を見張るものがあります」

相槌を打ちながら、御子姫はおもむろに改まって話し始めた。

「のう、剛拳。奏司のことなんじゃが…」

「どうかされましたか」

「もしかすると、あれの中には奨弥がおるのかも知れん。それに本人が気づき始めておるようじゃ」

「な、なんと…」


途中、車を停められるところで二人は話し合った。

「己よりもっと強い子が生まれるように、と力を移譲する術があるのはわかっとった。じゃがの、奏司が産まれる前に、最後に()うた時、様子がおかしかったんじゃ。

一緒に帰ろうと泣いてすがった時、もう遅いと。虚ろな目をしておった。その時に奨弥は必ず帰るから待っててくれと言った。どういうことかわからなんだ。

まさかとは思うが、己の魂を移す術があるのではないか」

「それは…まさか…」


剛拳は口ごもった。そんな話は奨弥からは聞いていないが、確かに本家本元にはそういう禁術が引き継がれていると耳にしたことはある。

「もし、もしもじゃ…奏司の中に奨弥がいて、奏司を押しのけてでも、それこそ己が奏司の体を乗っ取ろうとするのだとしたら…そんな恐ろしいことをするのだとしたら…

私は、いくら帰ってきたとはいえ、奨弥を受け入れることはできぬ」


「御子姫殿、本当に奨弥殿が奏司の中にいらっしゃるのですか」

「多分、間違いない。最初は似たことをするなと思うとった。それが微笑ましく思えた。

昨晩、奏司が話してくれたんじゃ、己の私に対する気持ちを大切にしたいのに、それを押しのけてお構いなしに出てこようとすると」

「それで、奏司は気がついているんですか、それが奨弥殿、父親だと」

「いや、そこまでは気がついてはおらんじゃろう」


御子姫は思わず、泣き出してしまった。剛拳は、ただ黙って落ち着くのを待っていた。何が引き金になったのか、剛拳にはなんとなく想像がついた。奏司の御子姫に対する無邪気さがなくなり、時折見せる女を見る眼差しになっていることに気がついていた。

それが奏司のものなのか、それとも奨弥のものなのかわからないが。そういう兆候はあったのだろう。ただ、決定的な何かがあったとすれば、それしかないだろう。


「私のせいじゃ。私がもっと気をつけておったら…」

「遅かれ早かれ…だったと思います。あまりご自身をお責めにならず…」

「私は女じゃゆえ、男の気持ちはわからぬ。まだ子供とはいえ、奏司の気持ちを大切にしてやりたい。剛拳、おまえにばかり申し訳ないが、力になってくれるか」

御子姫の気持ちは複雑だった。



響家本家に戻ると、着替えてすぐに街へ向かい表向きの仕事をする、その後洋巳の弁護士と会った。

洋巳の行方不明の子どもについての報告があった。子供は男子で、洋巳の希望で神守の夫婦に引き取られていた、というのが判明した。なかなかわからなかったのは、間に入って手引きをした人物が亡くなっていたためだという。

その神守の夫婦は奏家出身で裕福な方だとの報告に、御子姫は念のためその夫婦について調べるよう頼んだ。


神守衆で(ケガレ)について調べ研究をしている者がいる。新しい(ケガレ)について話がしたいというので、御子姫は会いにいくところだった。

到着するなり、機関銃のように喋り始めた。

「アカメというのが河の深いところにいて、ただ上の方を見ているだけだと聞きました。必ず何かあるはずです。私をぜひ戦船に乗せて下さい!この目で確認したいんです!」

三日間精進潔斎をしてから連絡後、神守の船着場へ来るよう御子姫は伝えた。


本家に戻ると、双子が図面を持ってきて御子姫に広げて見せた。将隆亡き後、美琴が一人住んでいたが、必要ないと手放すことにした。その屋敷をもらい受け増改築を施し、双子が対と一緒に暮らせるように工事している真っ最中である。

「よいか、大戦が終わったらすぐに住める状態でないといかんのじゃぞ。注文ばっかりつけておって、大丈夫なのか」


御子姫は出陣が始まると、(となえ)の対の船、言葉(ことは)の対の船と交代に乗り指導していた。そのうち、神守衆の研究者がやってきた。

戦をするわけではないが、一応全身白い服で、ただ一つ違う点は、右眼に白い眼帯を付けていた。神守衆の名は(げん)といった。

「もしや、物見(ものみ)か。気がつかなんだ」

「はい、常世(とこよ)の目を持っております。よろしくお願いします」


一の船から渡し板が下ろされる。神守眴は左の眼に常世の事象と(ことわり)が見えた。戦人(いくさびと)ではないので、御子姫が傍で見守っていた。

「なぜ、隠しておった」

「利用されるのが嫌で」

「では、どうして急に常世へまで行く気になった」

「堰まで来る(ケガレ)の様相が変わってきているのが、どうにも腑に落ちず」

「そうか、我等にはわからぬゆえ、大変助かる。よろしく頼みます」


戦をする最中(さなか)、眴は目を輝かせて大河を見つめていた。そんな時、アカメが現れた。水底から不気味に赤い目が光っている。御子姫はアカメの大きさは測ることができた。

「どうじゃ、大きいじゃろう。この船ほどの大きさはあろうかと思うが」

眴は黙って頷いた。深いよどみの中から、静かな息遣いが聞こえてくるようだ。

「先に進んでもよいか。それとも止まるか」

「いつも通りで構いません。戦の邪魔はしたくありません」


御子姫が連日戦に出るのに付いて、眴は常世に向かっていた。三日目に(ケガレ)にあてられて熱を出し、乗船をあきらめて(みそぎ)を受け、治療を受けていた。乗船できずに休んでいるうち、眴は報告書を仕上げていた。

特にアカメについては、推測に過ぎないという但し書きがあるものの、非常に厄介な特性があることが記載されていた。


御子姫は、明日もう一日戦に出たら一週間休むことを眴に伝えた。

「できればもう一日あればと思ってました。連れていって下さい」

御子姫は眴が途中まで書いた報告書を読んでいた。

「わかった。やはりなるべくアカメの近くで見ていた方がよくないか」

「そうですね。明日はできればそれでお願いします」

「ところで、ここに書いてあることは…」

「お出かけ中の一週間以内にまとめておきます。まだ、皆さんには伏せておいて下さい。対策も考えないといけないし」


戦をしながら船団を進めていくと、時折、大河に大きな波が立つことがある。以前にはあまりない現象であった。そのことを眴に話すと、なるべくアカメが出現してから変わってきた点を教えてほしいと言われた。大型の(ケガレ)が時々目につくようになった。

その日はしんがりを務める船に御子姫と眴は乗っていた。帰り際に、大きなトグロに船を巻かれて動けなくなった。御子姫が加勢してなんとか祓うことができた。


御子姫の祓う姿を見た眴は、光の塊にしか見えなかった。常世での、その神々しさといったら、話に聞き及んでいた以上であった。

「神ではないが…この御方なら、これから起きるかもしれないことに向かっていけるかもしれない」

これからの戦は熾烈を極めていくに違いないが、きっと道は開けるだろう。それを見届けたい、眴はそう思った。



戦から戻ってきた御子姫を待っていたのは、正直有難くない報せだった。御子姫が洋巳に付けた弁護士が解任され、新たな弁護士により身元引受人の変更がなされた。洋巳の希望とはいえ、洋巳にそんな金はない。誰かが洋巳に接触を図っていることは明らかだった。


御子姫は万が一の場合に備えて、奨弥を退院させ奏家本家へと移した。奏司のことがあったので、御子姫は奨弥と向き合うことに決めた。この抜け殻のようになっている奨弥はいったい何なのか。ここに奨弥の魂は残っていないのか。異形の里へ連れてくる直前まで、奏司は父奨弥と一緒にいた。剛拳もその辺りを気にしていたようで、奏家本家にいる間、御子姫と交代で面倒をみることにした。


異形の里では、御子姫からの連絡で到着が夜半になると伝えられた。奏司は里長の家へ行くと御子姫へ電話をかけた。

「御子姫、明日でいいから。無理して今日来なくても」

「豪鬼が怒るじゃろう」

「大丈夫、御子姫がこの前みたいになっちゃうよって言ったらイヤだって。あの時、御子姫は黒いのに食べられていたのが、俺たち見えたんだ。だから、来なくていいから。明日でいいんだよ」


翌日、御子姫が到着すると、豪鬼も奏司も変わらずにこにこと笑って出迎えてくれた。二人とも背は御子姫より高くなっていた。豪鬼は相変わらずがっしり抱きついていたが、奏司は軽く抱擁すると疲れてないか御子姫を気遣った。


奏司は、御子姫の荷物を里長の家へと運んだ。

「どうしたんじゃ」

「俺と豪鬼はもう子供じゃないよ。豪鬼も剛拳と暮らすんでしょ。だから今度から男同士で寝泊まりすることにしたんだ」

剛拳と一緒に当面の食料を里長の家へと運び込むと、奏司は御子姫に向かってニカっと笑った。豪鬼もクーラーボックスを運び終わると大声でごはん!と言った。

「ご飯は食べにくるから!」


食後に豪鬼が昼寝をしている間、奏司は御子姫に話があると散歩に誘った。

「急にビックリした?」

「そうじゃの…時の経つのが速すぎて、置いてきぼりを食らったようじゃ」

「俺、もうすぐ十四になる。御子姫が常世ってところで戦している間にどんどん時が経つんでしょ。俺が十六になるのも、あっという間だよ」

奏司はゆっくり歩く御子姫を振り返りながら歩いていた。そして御子姫が追いついてくると、そっと抱きしめた。不器用な、唇を重ねる口づけと、見つめる瞳に、間違いなく奏司の気持ちがそこにあった。


「俺さ、ケジメがつけたいんだよね。御子姫への気持ち、俺にとっては大事なんだ。俺の中にいるもう一人の俺がどうして生まれたのか、俺にはわからない。

けど、そんなことはどうでもいいんだ。俺は、俺が御子姫のこと好きだっていう、俺自身の気持ちだけは誰にも譲れないんだ。

だから、俺は十六になったら、元服式やって大人の仲間入りして、御子姫と結婚する。そしたら堂々とヤルんだ!」


大まじめな奏司に、御子姫は嬉しかった。ただ、ここまではっきり(ちぎ)る宣言されると、思わず笑ってしまった。奏司はどれほど長い間、まじめに考えただろう。

「笑うなよ!」

嬉しくて、御子姫は少し涙が出てきた。

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