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五年大戦

異形の里へ来た際に、御子姫は里の中で戦へ出陣する者を集めては、(ケガレ)について話をすることが多かった。(ケガレ)はその時々で姿形性質まで変えた。

最近では、水面に丸太のように浮かび、目を合わせた途端金縛りに遇い飛びかかられる、イタチ。水面を勢いよく跳ね、突然大口を開け、(えら)洗いをする、鰓が鎌のように切れ襲う、カマ。これは一部の者しか見ていないが、水面奥深くに光る赤い目、まだ実害はないが、大きな赤い目が不気味な、アカメ。


異形の衆は、力が強く勇猛な者が多かった。飛べる者は少ないが、甲板にしっかりと立ち、大砲(おおづつ)を繰り出してくれる頼もしい戦人(いくさびと)であった。


御子姫は、奏司と豪鬼と一緒の時を過ごしていた。

「豪鬼、お話じゃ」

すると、豪鬼は神妙な面持ちで御子姫の前に座った。奏司はそれを傍で見つめていた。

大戦(おおいくさ)じゃ。今度は二、三カ月おきに一週間来る」

暦を大きな紙に書いて、御子姫は印をつけていく。この日になったら来る。ここまでいる。それを全部の日程を大きな紙に書いて壁に貼った。予定がわかれば、豪鬼も安心だろうと考えた。

「豪鬼、わかるか。赤丸、赤、姫、いる。たくさんあるじゃろう」


大戦(おおいくさ)と聞くと、豪鬼は御子姫が突然来なくなった時のことを思い出しては癇癪(かんしゃく)を起こした。先の十年大戦の時には、御子姫は豪鬼のことを考えてやる余裕がなかった。

豪鬼は大きな心の傷を負ってしまった。


壁一面に貼った予定表は奏司が手伝ってくれた。豪鬼は御子姫が来てくれる日を目に見える形にした方がわかりやすいだろうと発案したのも奏司だった。大戦(おおいくさ)とは何か、なぜ来られないのか。

「御子姫は(ケガレ)と戦ってるんでしょ。それを絵に描いて豪鬼に教えてあげたらいいんじゃない」

奏司は御子姫が説明する(ケガレ)の姿を絵に描いた。船も描いて、御子姫が戦う様を描いた。なぜ戦へ行ったこともない奏司が描けるのか。


御子姫は奏司を見つめながら、ここに奨弥がいる、そう感じるだけで幸せだった。豪鬼は黒い(ケガレ)という化け物と、御子姫が戦っていることは、何度も話すうちにわかってきたようだった。

奏司は本当に、驚くほどよく豪鬼の面倒をみていた。豪鬼も、まるで親分子分のように、奏司について回った。奏司は何かもらうと、必ず半分こして大きい方を豪鬼に分け与えた。


そのうち、豪鬼は、自分の名前が言えるようになった。奏司のことも名前で呼べるようになった。二人は兄弟であることは知らされていなかったが、自然と兄弟のように見えていた。


暦に印をつけ、御子姫が帰る日が近づいてくると、豪鬼は御子姫に甘えることが多くなってきた。いなくなることがわかっている分、甘えることで不安を打ち消してでもいるようだった。御子姫の膝枕で寝ている豪鬼の頭を、御子姫が撫でていた。

剛拳の方を向き、御子姫は頭を見せながら呟いた。

「やはり…(こぶ)は硬く大きくなってきておる。焼き切らんといかんかのう」


「そうですな…ただ、これだけ大きくなっては、力も里一番だと聞いております。麻酔をかけてやるとなると、病院へ連れて行くだけで一苦労です」

「なにするの。病院って。豪鬼、病気なの」

御子姫は奏司の手を取ると、豪鬼の頭の(こぶ)をさわらせた。

「えっと、なにこれ」

(ツノ)じゃ。豪鬼は鬼の子なんじゃ」


御子姫は鬼の子、と言ってすぐに改めた。

「人から、鬼として、異形に生まれついたのじゃ」

「どういうこと」

御子姫は困った顔をした。豪鬼を生んだのは洋巳である。奏司は、己の母が鬼の子を生んでいたことを受け入れられるだろうか。

「この(こぶ)みたいなの、よく鹿の角って切るよね。ああやって切るの」

「いや、焼いてくりぬくのじゃ。(こて)で焼き切った部分を取って焼くと角が伸びてこぬ」

様子を聞いていた奏司は眉をしかめた。痛いというものではないだろう。


「うわぁ!どうしてもやらないとダメなの」

「角は妖力の源じゃ。豪鬼は感情を抑制できぬ。このままでは癇癪を起こすたび、家が壊れる程度では済まなくなるかも知れん」

「待ってよ、伸びたらダメなんでしょ。伸びなきゃいいんじゃん。俺が…」

「おまえの気持ちはよくわかるが、それでは遅いんじゃ」


豪鬼は御子姫が里にいる間に、角を焼き切る手術をここで行った。どこかへ連れて行くだけで疑い深くなって大変なので、結局ここで眠らせて麻酔をかけて、一時間もかけずに手術は終わった。ただ手術後の痛みは相当だったようで、豪鬼は御子姫がいる間中、薬を塗ってもらっては泣いてはすがりついていた。

そのうちに薬は奏司が塗ってやるようになった。


御子姫と剛拳が里を去る日、里中、また戦さ場で会おうと高揚していた。豪鬼は御子姫にくっついて離れなかったが、とうとうあきらめて家の中へ入っていって出てこなかった。

御子姫が車の後部座席に乗ると、奏司がドアを開けて一瞬のうちに口づけをした。

それは、奨弥が別れ際によくしていた、唇を吸うような口づけだった。

「気をつけて、待ってる」


御子姫は指で唇にふれながら、涙がこぼれてきた。


ーー奨弥じゃ



里から戻ると、すでに大戦(おおいくさ)の準備は整っていた。

御子姫は自室に荷物を届けてくれた双子を、そのまま呼び止めた。

(つい)の件じゃが、どうなった。これは大切なことなんじゃ」

「はい、実は本人に来てもらうことになっています。午後に…」

(となえ)が荷物を片付けながら答えた。言葉(ことは)がお茶を入れてきた。

「言葉、唱から聞いたが、昼から(つい)が挨拶に来るそうじゃが」

「はい、今日姫様がお帰りになるのに合わせて、予定しました。明日以降、予定が詰まっておりましたので、勝手に申し訳ありません」

「いやいや、上出来じゃ。昼からが楽しみじゃ」


午後、二人の奏家、輪紋衆の若者がやってきた。表の応接室に通されると、双子と一緒に待っていた。御子姫の部屋へ代理が呼びにきた。

「剛拳殿も参っております」

「そうか、おまえも一緒に頼む」

広い応接室が狭く感じるほど、緊張感が漂っていた。


(となえ)の対は駿英(しゅんえい)言葉(ことは)の対は駆成(かいせい)といった。

「よう似ておるな、まさか双子か」

「いえ、兄弟です」

御子姫だけでなく、剛拳に代理まで。これにはそれなりの理由があった。

「ただの(つい)の報告と思っておったろう。驚かせたな。急なことだが、大戦中私がいない時、そなた達に、一の船、二の船のそれぞれ大将を任せたい。詳しくは二人から聞いてくれ」


御子姫は奏司が書いてくれた出陣計画の暦を、双子と対に渡した。それとは別に全体の計画表を船団ごとに出してきた。

「私は通しで十日間出陣する、その後一週間休む。

異形の里へ行くから、何かあれば里長(さとおさ)のところへ連絡するように。そこに剛拳もおる。

問題はこの計画は順等に行けば、本厄前に大戦が終わるという(きわ)で 見積もっているところじゃ」


「私は今、響家頭領と奏家総代と両方の仕事をしておる。忙しいゆえ、いつでも気になったらすぐに相談せい。特に(となえ)駿英(しゅんえい)言葉(ことは)駆成(かいせい)。おまえ達より年上の者たちを指揮し采配せねばならん」

それから、とにっこり笑って御子姫は双子たちに向かって言った。

「祝言は大戦が終わったらすぐじゃ。五年といっても実際に常世(とこよ)では一年くらいじゃ」


翌日、夜八時出陣。戦船(いくさぶね)が並ぶ運河沿いには、松明と篝火が焚かれた。運河の対岸には見送る人々が、手に手に松明を持って歩いていた。所々には篝火が焚かれていた。

船団は人が増えるに従って、以前とは比べようもなく大がかりになっていた。一の船団には、主将の乗る船のほか副船が四隻に増えていた。二の船団も同じである。しんがりは異形の大船は変わらない。


鶴翼の陣で、異形の大船を軸に一の船団と二の船団で両翼を担う。軸の大船からの大砲(おおづつ)で先方の(ケガレ)を蹴散らしながら進んでいく。

一の大将船には御子姫が乗り、唱と駿英の大将の対に指導をする。二の大将船には剛拳が、言葉(ことは)駆成(かいせい)の大将の対に同じように指導を行っていた。

中央部に見えるイタチの群れには大砲(おおづつ)が打ち込まれる。両翼の外側でぱしゃんぱしゃんと大カマが跳ねる音がする。


大カマが多くなった方へ偃月の陣形を取り、取り囲む、掃討したら陣形を戻して進む。深追いは戻るのに時間をかけないようにするためしてはならない。押しては引いての繰り返しで、船団を整えつつ広範囲に(ケガレ)を一掃していく。

この常世(とこよ)の大河は、岸は見えない。河の終わりもない。大海に出ているようなものである。果てのない河だからこそ、時々振り返り、出発した閘門(こうもん)のある方角に一晩中焚かれる篝火を目印にして帰らなければならない。


(となえ)ーっ!時間を見ておるか。帰りも(ケガレ)を祓いながら帰るんじゃ!」

「はいっ!そろそろです!言葉(ことは)に伝えます」

「鶴翼の陣形だが、一の大将船にはしんがりを務める役目がある。忘れてはおらぬな」

「はいっ!鋒矢の陣形でしんがりを務めます」

「言葉ーっ!鋒矢の先頭お願い!」

帰港時は(ケガレ)を祓うことよりも、早く安全に戻ることを重要視する。御子姫は唱につききりで帰港時の注意事項を叩き込む。帰港時は最も無防備になりやすい。

この日は無事、一日を終え帰港することができた。


そして、大戦が始まり二ヶ月が過ぎようとした頃、御子姫の元に洋巳へ付けた弁護士から連絡が入った。洋巳に実刑が下り受刑者となったが、同時に妊娠が発覚した。

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