表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/58

奏司と豪鬼の出会い

御子姫が怪我をして入院中に、洋巳の逮捕と奏将隆の急逝という大きな出来事があった。

洋巳については、御子姫への傷害及び殺人未遂、客の男性への傷害、違法薬物の所持と使用、子供への虐待及び殺人未遂、等罪状が増えたことで実刑は免れないであろう。さらに薬物中毒が重篤であるため勾留入院となっている。この後刑罰が確定すれば、御子姫のところへ連絡が来る。


奏司については、次期総代と見做され奏家本家が後見役を引き受けることとなった。父親である奨弥は高熱で入院後意識障害が残り、障害者病棟の中でも療養型個室別棟病床へと継続して入院治療にあたるよう手配された。


将隆については、病死ということで葬儀は家族の希望で密葬となった。街では新型の流行性感冒に加えて、まったくの未知な新型冠状感染症の流行が顕著となっていた。そのため本葬も見送られることとなった。

一時代を、周囲を震撼とさせるほどの権力を持ち意のままにしてきた、男の最期はあっけなかった。奏家本家についても将吾が後継を放棄し、奏司が次期総代となることに賛同して落ち着いた。


奏司は神守(かもり)奏司から、(かなで)奏司になった。そして、異形の里で隠されて育っていた豪鬼は、正式に剛拳の養子となり、(かなで)豪鬼(ごうき)となった。住まいは引き続き異形の里で、剛拳が引退後一緒に住むこととなった。その前に、奏司は十六になるまでを豪鬼と一緒に異形の里で暮らすことに決まった。


奏将隆の死後、将隆には街の銀行に巨額の隠し財産があることが発覚した。もちろん生前に、すでに御子姫が確認していたものである。本来なら個人資産ではなく、輪紋響紋衆のものであるのだが、相続人の妻美琴からの提案で、奏家女子のため無償の職業訓練に特化した学校を開校することとなった。これで中学卒業後、二十歳まで六年間分け隔てなく学ぶことができる。それに伴い、奏家にはびこる悪習も一掃されることとなった。


若年の輪紋響紋衆に対しては、戦について学ぶ場を設けることとなった。厄年で戦さ場から引退した者の中から技能に長けた者を選び、今しばらく協力してもらい戦い方の基礎を身につけるのだ。本来は各家々で行われてきたことを、十六になったら全員本家へ寄宿し学ぶ。そのためにしきたりとも折り合いをつける必要が生じてきた。


御子姫は、しきたりはしきたりとして、どうして脈々と受け継がれてきたのかを考える良い機会だと言った。

「たとえしきたりがあろうと、その中ででき得る限り、皆の心持ちを大切にできたらと思うておる。(つい)についてもそうじゃ。

好き()うとる者同士がおるのなら、なるべくそれで対を組めるようしてやりたい」

御子姫はもう二度と、洋巳のような存在を出したくはなかった。


ただ、人の本質が問われることでもある以上、決め事を作ったからとして、そううまくいくものではないだろう。



奨弥が落ち着いたのを見届けて、御子姫は退院した。奨弥の魂は、多分奏司の中にあるのだろう。だが、奨弥は御子姫の目の前で生きている。たとえ、ただそこで息をしているだけでも、髪も伸び髭も生える、捨て置くことなどできようもなかった。

奏司は異形の里へ行くまでの数日、父奨弥と過ごすことにした。里へ向かう当日迎えが来る。


御子姫は久しぶりに響家本家へ帰ってきた。

双子だけでなく奥からも、それこそ敷地内にいる者全員が総出で出迎えた。

特にいつもは素っ気ない(となえ)などは声をあげて泣いていた。御子姫が切られて入院したと聞いてから、たとえ大丈夫だと知らされても顔を見るまで心配で仕方がなかったのだ。

「泣くな、心配かけてすまなんだ。おまえが泣くとはな」

「泣きますよ!人をなんだと思ってるんですか…」

泣きながら怒っている様子は、いつもの唱に戻っていた。


「ええっ!大戦(おおいくさ)ですか。また、どうして」

「ぱしゃん、ぱしゃんと跳ねるやつがおるじゃろう、大きゅうなってきて。(えら)洗いをしとる。あの(えら)が鎌のようになっておって危ないというのじゃ」

「どうしてわかるんですか」

神守(かもり)衆の中に、(ケガレ)の研究をしとる者がおる。今のうちに片付けておきたい。まあ後は、(まつりごと)との兼ね合いじゃ」

「新しい流行病(はやりやまい)ですね」


御子姫はうんともすんとも言わず、ただ笑って受け流した。

「ところで、二人の(つい)のことなんじゃが…どうじゃ。里の親元へ縁談は来とらぬか。それとも剛拳が…」

「姫様、うちの祖母が申しますには、双方本家本元に先祖返りが起きているのではとのことです。(つい)は、なるべく縁遠くから選んだ方が良いと」

「そうか。なるほどの。私の父親は末筋だが力だけはあったそうじゃ」

本元が先祖返りならば、己の出自にも意味がある。御子姫は、それもそうかも知れないと思った。


大戦(おおいくさ)の準備に入る前に、異形の里へ用があるので行ってくる。今度は二人には留守番をして、私の代わりを務めてもらう、よいな」

「えっ、ええーっ!」

「それと、私が帰ってくるまでに、(つい)の候補を決めておけ」

先程の何倍もの驚きの声が、双子から返ってきた。そう言い残して、御子姫は剛拳を伴い異形の里へと向かった。



剛拳は奏司を連れに来た。

御子姫は、奏司に頼まれ奨弥を病院へ入院させてからも、一度として顔を見に行ったことはなかった。どれほど手厚く世話をしようとも、会おうとはしなかった。なぜなら、それを奨弥が望んでいないように感じていたからだった。

「御子姫!おまたせ!」

「おう、なんじゃ。結局、そう呼ぶことにしたのか」

「うん、それよりさあ、剛拳が俺のこと(わか)って呼ぶの、なんとかしてくんない」

御子姫の笑い声とともに車は異形の里へと出発した。


里に着くと、里中の者がやってきて御子姫たちを出迎えた。説明はしていたが、不思議なことに奏司はそれほど驚かなかった。

「えーっ!だって剛拳と変わんないじゃん」

皆大笑いしながら、奏司を快よく迎え入れてくれた。さすがの御子姫も、奏司の一言に剛拳を見ながら大笑いしていた。


里の皆も、異形と呼ばれることには然程(さほど)気にしていなかった。初めて御子姫が里へ来た時に、真っ白な髪、紅い瞳になり、己こそが異形だと言ってから、姫様と一緒だと喜ぶようになっていた。御子姫もまた、それほど里の皆のことを好いていた。

「では、里長殿、本日より豪鬼の家の結界を解きます。どうか、よろしく頼みます」

御子姫が頭を下げるのを引き止め、里長はにこやかに賑やかになると言ってくれた。


御子姫は奏司を連れて結界まで来ると、剛拳が大荷物を抱えてやってくるのを待った。

「この向こうに、その豪鬼っていう子がいるんだ」

「そうじゃ、ちょうど奏司と同じくらいじゃ。よろしく頼むぞ」

御子姫が結界を解くと、急に目の前が開けたので、豪鬼は驚いて立ち尽くしていた。

「豪鬼!豪鬼!やってきたぞ、どうした」

いつもなら走って飛びついてくるのが、突然の変化にどうやら恐怖が先に立ったようだった。慌てて家の中へ入ってしまった。


「豪鬼!びっくりさせたか、すまんかった!豪鬼!」

御子姫は声をかけながら家へと向かっていった。奏司も一緒におーい!おーい!と呼びかけ豪鬼の名を呼んだ。一番よく効いたのは、やはり剛拳が持ってきたクーラーボックスのようだった。玄関の上がり(がまち)に置くと、部屋の奥から豪鬼が顔を覗かせた。


「ひめ!にく!きた!」

そう繰り返し言いながら、大きな男の子が出てきた。

「うわっ!でかっ!」

奏司は、自分も大きい方だと思っていたが、それよりも大きな男の子が出てきたので驚いていた。

「何を驚いておる。二人とも剛拳に比べれば小さいものじゃ」

「いや、それ違うし。たとえになってないよ」


いつものように肉を切って机いっぱいに皿を並べると、豪鬼は手を合わせいただきますをして食べ始めた。奏司は生肉は無理と言って、先に庭で七輪に炭を(おこ)していた。網の上で肉を焼き始めるといい匂いがしてきた。

すると、豪鬼が縁側まで出て、奏司が肉を焼いて食べるのをじっと見ていた。

「こうすると美味しいよ。食べるかな」

奏司は自分が食べていたのを豪鬼に渡してみた。豪鬼はぺろりと平らげ、おかわり下さいと皿を差し出してきた。奏司は豪鬼の目の前にあった肉を全部焼いてやった。


奏司は取れたての野菜を焼きながら、肉と一緒に食べていた。とうもろこしに醤油をつけて焼くといい匂いがした。奏司が美味しそうに食べるのを見ると、豪鬼も少し食べてみた。

「おお!豪鬼が肉以外を食べておるぞ!」

奏司が白飯が欲しいというと、ちょうど炊けたところだと持ってきてくれた。

「肉と一緒に食うと美味いんだぜ」

焼けた肉と一緒に食べるのを見て、豪鬼が下さいと手を出した。奏司は思い出したように、御子姫にリュックを取ってもらうと中からスプーンを出した。ご飯の上に肉をのせると、スプーンですくって皿にとって豪鬼にスプーンごと渡した。

「こうやって食べるんだよ。これ、おまえのだから。これからは手づかみじゃなくて、これで食べるんだよ」

豪鬼はスプーンで白飯と焼いた肉を一緒に食べた。美味しいのがわかると早速指差しておかわり下さいと皿を出してきた。

「おお!豪鬼が白飯を食べておるぞ!おかわりまでしておる」

大喜びする御子姫に向かって、奏司は呆れたように言った。

「いったい今までどうしてたの!ダメじゃん!」

「奏司は頼もしいの!その調子で豪鬼にいろいろ食べさせてくれ」

「生肉しか食べないからって。ほんとにもう!」

奏司はちょっとだけ、優しかった頃の母親と一緒に食べた焼肉のことを思い出した。今度は自分が焼いた肉を美味しそうに頬張る豪鬼を見て、昔のことはもういいかと思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ