洋巳の逮捕
入院した奨弥の様子は一進一退であった。高熱が続いてからの入院だった、というだけでなく身体的な衰弱が激しかった。
奏司もそうだが、まともな食生活が送れているとは言い難かった。加えて、衣類や体の汚れ具合をみると、かなり荒れた生活だったのがうかがえた。
奨弥のことは病院に任せて、御子姫は奏司を何とかしたかった。なぜなら、奏司は奨弥が自分を犠牲にしてまでこの世に生み出そうとした子供だから。奨弥の覚悟と御子姫へのかけがえのない愛の結晶といっても良かった。
奏司が洋巳のところへ帰るというので、御子姫は奏司がどれほど大切な存在かを、こう説明した。
「私にとってそなたは、出会えたこと自体が奇跡、運命なのじゃ」
『姫…』
奏司の顔が、奨弥とだぶる。
「奨弥じゃろ」
御子姫は奏司を抱きしめた。奏司の内に奨弥がいる。御子姫は確信した。だがそれも、ほんの一瞬のことで、すぐに気配は消えてしまった。
奏司は身支度を整えると、どうしても母親洋巳の元へ帰ると言ってきかなかった。奏司一人を行かせるわけにはいかないので、御子姫も同行することにした。
「なぜそんなに母親のことを気にするのじゃ」
「めちゃくちゃなんだけど、なんか放っておけないんだ。父さんだけじゃなく、俺までいなくなったら、あの人何するかわかんないし」
二人は神守衆の車で洋巳の元へ向かった。
先日と同じように、車は雑居ビルの手前で止まって待つことになった。御子姫はできることなら話し合って、奏司を連れて帰りたかった。
部屋へ行くと雑然とした中、台所のテーブルで洋巳は缶チューハイを飲みながらタバコを吸っていた。
「ただいま…」
奏司を見るなり、洋巳は近づいて手を上げ叩こうとした。奏司の後ろに御子姫がいるのに気がつき引き下がった。
「ちょっと、あんた!奨弥、返しなさいよ!」
「無理じゃ。意識不明で入院しておる。なぜもっと早く医者に診せんかった。死ぬところじゃったぞ」
「そんなデタラメ、誰が信じるのよ!」
「本当だよ!目を開けないんだ!」
「ウルサイッ!!返すのが惜しくなったんでしょ、わかってんのよっ!」
いつにも増して、洋巳は荒々しかった。飲みかけの缶を奏司の後ろにいる御子姫めがけて投げつけた。
奏司の顔を見て、洋巳は将隆の話を思い出した。洋巳は立ち上がると、包丁を取り出してきた。御子姫は慌てて、奏司の前に出て盾になった。
「洋巳、なんの真似じゃ!」
「あんたが奨弥返さないってんなら、こうするだけよ」
洋巳の常軌を逸した行動。目は見開かれひどく興奮してきていた。
「奏将隆って知ってるでしょ。奏司なんとか始末できたら奨弥を返してくれるって」
「馬鹿なことを申すな。利用されておるだけじゃ。目を覚まさぬか」
洋巳は奏司をかばっている御子姫に包丁を振りかざした。
『洋巳、やめろっ!!』
まるで奨弥のような奏司に、一瞬驚いて洋巳の動きが止まった。
御子姫は髪の毛で洋巳の首を絞めた。洋巳はその髪を包丁で切り落とすと、御子姫に向かって包丁で切りつけた。思い切り振り回した包丁は、髪を切られよろめいた御子姫の背中をバッサリと切った。血しぶきが飛び散った。
奏司は、血を見てひるんだ洋巳を突き飛ばし、御子姫を引っ張って外に出た。ドアを閉めエレベーターに乗る。帯を伝って血がポタポタと落ち床を汚す。
二人は待っていた車に乗り込むと、病院へ引き返した。その間、奏司はずっと謝り続けていた。その姿は、十歳の子供のそれだった。
幸いにも御子姫の傷は切りつけられ、刺されたものではなかったので大事には至らずに済んだ。美しい背中には、何針にもわたる切り傷が痛々しかった。
御子姫は、洋巳が奏司を狙ってきたことを重くみて、警察に連絡することにした。病院へ出向いてきた者には、決して表沙汰にしないよう念を押した。次期総代を巡って、血生臭いことになることは避けたかった。
それにしても、将隆という男はいつの間にこんなところにまで手を伸ばしていたのか。何も知らずあのままだったらと考えると…裏返せばそれだけ追い詰められてきたということか。なりふり構っていられない証拠だとすれば、もうあと一押し。御子姫は背中を縫われながら考えていた。
奏司が心配して様子を見にきた。御子姫は手当も終わり、入院用の浴衣を着て座っていた。
「穢につけられた傷ならあっという間に治せるのじゃがの、面倒なことじゃ」
「あの、お姫様…ごめんなさい」
奏司の、お姫様という呼びかけに、御子姫は思わず声を上げて笑ってしまった。
「だって…」
「名がないというのも、時には良いものじゃな」
御子姫は、奏司と約束した。傷が治るまで勝手に洋巳の元へ帰ったりしないよう、命が狙われる理由や、父である奨弥の正体も説明してやった。
奏司が知っていたのは、御子姫と結婚するのだということだけだった。
洋巳は店に将隆が来るのを待っていた。
将隆の言う通りに、奏司を始末しようとしたら、邪魔が入ってできなかった。
相手は事もあろうに御子姫だった。一層の事、御子姫を刺しておけばよかったかもしれない。あれほど憎い、相手である。
だが、洋巳には不思議なことに、それができなかった。
心底、妬んで、憎くて、仕方のない相手であった。それなのに肝心な時に限って、身がすくむ。
それは道理であった。なぜなら、相手が御子姫だからである。
御子姫とは、響家そのものであった。洋巳にとっては、己そのものと言ってもよかった。御子姫に致命傷を負わせることは、響紋衆である以上、無理なことだった。
洋巳は今になって、御子姫が言っていたことが本当のように思えてきて迷いが生じていた。さらに、どの程度かはわからないが、御子姫を切りつけ傷つけたことに動揺していた。
「おう、どうだ。うまくいってるか」
店内に他に客がいないのを見て、将隆は無用心にも入ってくるなり、洋巳にそう挨拶した。
「ねえ、本当に奨弥、連れて来れるんでしょうね」
「なんだ、俺のこと疑ってるのか。しょうがないな。まずは一杯飲ませてくれないか」
洋巳はセットを出し、水割りを2杯作りながら、今日あった出来事を話した。
「あいつは公にはしないから、警察に捕まるようなことはない、安心しろ」
ちょうどそこへガヤガヤと4、5名団体で客が入ってきた。
洋巳が席を離れて相手をしている間に、将隆は先日の媚薬を数錠、洋巳の水割りに入れると酒を注ぎ足した。自分の水割りも同じように作り直した。
「まあ、今日は気にせず飲んだらどうだ」
「そうね、なんか飲みたい気分。飲んで忘れるわ」
洋巳は半分ほど飲んだところで、団体客から声がかかってグラスを持って席を移っていった。
団体客はどこかで宴会でもしてきたのか、すでにある程度酒が入っていた。どうやら常連客の一人が連れてきたようだった。
「ヒロミちゃん、もっとお客さん来て欲しいって言ってたから、連れてきてあげたよう」
洋巳にゾッコンだが振られてばかりの親父だった。団体は皆、似たり寄ったりの親父達だった。
「わぁ!どぉもありがとー!うれしぃわぁ!みなさん、今後ともよろしくねぇ」
今夜こそは、そろそろボディタッチくらいできそうだなと、親父は目論んでいた。これだけ大勢の客を引っ張ってきてやったんだからと。
ちょうど隣に座ってくれたのを機に親父は、ミニスカートからむき出しになっている太ももをなでた。洋巳は思わず、あん…と声が出てしまった。
「おいおい、今夜はやけに色っぽいなあ」
胸元が大きく開いたタイトシャツを着た洋巳の胸の谷間に、チップをはさんでやろうと隣の親父が胸をさわると、はぁんん…となんともそそる声が返ってきた。
「ヒロミちゃん、そんな声出されちゃったら、勃っちゃうよォ」
親父達は次々手をのばしてきた。たわわな乳房をもみもみすると、あああぁんと声は出すけど、いやがる素振りがない。これはおさわりし放題だとばかりに、洋巳を取り囲んで、服の中に手を入れ出した。
「あぁん、もっとしてぇ!!」
洋巳は自分から服を脱ぎ始めた。親父達はおおおーっ!!と舌なめずりをした。洋巳の乳にむしゃぶりつく。別の親父はテーブルの下からあそこを舐め始めると、洋巳は自分から股を広げた。
「あああん!もっとめちゃくちゃにしてぇーっ!!」
「おおっ!!すぐにブチこんでやる、待っとれ!!」
一人の親父がズボンを脱ぐと、洋巳が開いた股の間にガマンできずに入れると腰を振り始めた。
「あああーっ!いい、いい、あんあん!もっとぉー!」
洋巳は自分でも腰を振って、親父の 根元にまですり寄って、自分の奥へ奥へと招き入れた。
「おしり叩いてぇー!もっと乳首ちねっぇー!いっぱいなめてぇー!」
おしりを振りながらバックから突かれると、もっともっとと腰を振ってきた。
「ああっああっ!イク、イク、イクーッ!あん、ダメ、もっとぉー!!」
「おう、もっとか!!ここか、きもちいいかっ!それっ!!」
すると、次は俺だとズボンを脱いで待っている。待ちきれずに喘ぐ洋巳の口元におっ勃った物を持っていくと、洋巳はじゅぱじゅぱ音を立てて舐め始めた。
入れ替わり立ち代わり洋巳を取り囲んで、親父達は己の一物をずぶずぶ入れたり、乳を吸ったりしていた。
喘ぎまくってイクーッ!イクーッ!と叫びまくっていた洋巳が、突然叫び声をあげたかと思うと、客のボトルを持って親父の頭に殴りつけた。一気に狂乱の宴が、修羅場と化した。
親父達は洋巳を抑え込むとさっさと服を着た。そうして警察を呼んだ。洋巳は真っ裸で放心状態だった。
洋巳は傷害だけでなく、薬物所持の現行犯で逮捕された。その後様々な罪状が重なり、さらに重度の薬物依存もあり留置入院となった。




