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二人の輪紋

神守(かもり)奏司(そうし)には、生まれつき輪紋が左側に、心臓の位置を中心として放射状にびっしり現れていた。それこそ腹側も背中側も隠す余地がないほど、びっしりと紋があった。これほどの紋の持ち主はそうざらにはいなかった。

奏司は、神守衆ばかりが集まった学校へ通っていた。まず神守で紋がここまで現れることはないので、いつも長袖を着ていた。ただ、神守であっても紋が現れ、響紋輪紋衆として戦に出て(ケガレ)を祓いたい、という者もいないわけではなかった。そういう者からは、奏司は憧れの(まと)であった。


奏司は、先日初めて御子姫と出会ってから、急に母親の洋巳がベタベタ付きまとってくるのがウザくなっていた。今まで当たり前のように一緒に風呂に入っていたのも、突然嫌がるようになった。何より体を丁寧に洗われるのが気持ち悪かった。

洋巳には何が起きたのかわけがわからなかった。一度も自分が奏司に対してすることに、反抗的な態度を取られたことがなかった。


洋巳は奨弥に相談しても拉致があかないので、学校の先生へ相談した。すると、担任教師は養護教諭と一緒に、丁寧に相談に応じた。そして、男子の第二次性徴について説明した。

「奏司さんのお母様に対する態度は、健康的な成長の証であって、至極当然のことだと思いますよ。こうして少しずつ大人になっていくんです」


洋巳は、こんなにも早く自分から離れていくとは思いもしていなかった。子供の成長を喜ぶどころか、失われてしまう衝撃の方がはるかに強かった。

「どうしよう…どうしたらいいの」

洋巳は店の客に息子のことを話した。

「どうしたらって、そういうもんだよ。いつまでも母親にくっついてる方が気持ち悪いよ」

「あんまり構い過ぎるとウザがられて嫌われるよ」

「そんなにショックなら、旦那にもう一人こしらえてもらったら」

店の客の男たちは、口を揃えて息子のことは放っておいた方がいいと言った。


洋巳が仕事に行ったのを見届けて、奏司は風呂へ入った。父親である奨弥にも、風呂へ入るよう促した。

「父さん、母さん仕事行ってるから、一緒にお風呂入ろう。洗ってあげる」

奏司は奨弥を風呂まで連れてくると、服を脱がせて風呂へ入れた。

「この前、父さんが話してくれた女の人に会ったよ。きれいな人だった」

奨弥の意識が一瞬戻ってくる。

「ああ、昔のままだった。あの時のままだった」

奏司が嬉しそうに話しかける。

「父さん、見てたの?全然わからなかったよ。ねえ、お姫様なの?みんな御子姫様って呼んでた」

「ああ、お姫様だ」

「ふうん、俺、お姫様と結婚するの?」

そう聞いた瞬間に、奨弥は落ちた。意識が飛んだのである。奨弥にはよくあることだった。

「父さん、大丈夫?お風呂から出れる?」

十歳にしては体も大きく力も強かった奏司は、奨弥の意識が戻った隙に湯船から担ぎ出し、洗い場でざっと頭から全身洗ってやった。奨弥は放っておくと一週間以上風呂にも入らないことはざらだった。



朝早く、剛拳が響家本家へやってきた。駐車場で大型の高級ミニバンを動かし玄関まで持ってくると、双子と代理が後部に荷物を載せ始めた。大型のクーラーボックスにこれでもかと肉の塊が入っている。いつもは御子姫一人なので持っていける物に限りがある。荷物を積み終わると代理がくれぐれも気をつけてと念を押す。

「姫様は後部座席へどうぞ、前は私たちが代わる代わる乗ります」

「剛拳が運転するのか、前がまったく見えぬ」

御子姫は本皮の座席に横になると早々に寝入ってしまった。


異形の里へ到着すると、見たこともない立派な車が入って来たことに皆驚いて寄ってきた。剛拳が降りると、おお剛拳殿じゃ、と安堵の声が上がった。

「姫様、着きましたよ。起きられますか」

言葉(ことは)がやさしく揺り動かして起こす。車に集まってきた里の者たちが、姫様はお疲れじゃ、とわやわや集まってきてやっとドアを開け出てきた。

大きく伸びをするとにっこりと笑った。


「しばらくおる。みんな、よろしゅう頼むぞ。双子は里長(さとおさ)のところへ行って挨拶しておいで。私は先に豪鬼のところへ行く」

剛拳はクーラーボックスを担ぎ、風呂敷包みを持って御子姫の後についていった。結界を一緒に通ると、折れた柿の木の側に豪鬼が立っているのが見えた。

豪鬼は知らない大男がやってきたので警戒し逃げ腰になっていた。


「豪鬼!大丈夫じゃ、豪鬼!おいで!」

御子姫が近くまで来てやっと、御子姫に抱きついた。その後ろに立つ大男をそのままじーっと見ていた。

「豪鬼のお父さんじゃ」

豪鬼はきょとんとした顔をしていた。結界の向こうから、初めて御子姫以外の人がやってきた。それだけで、豪鬼は警戒していたが、剛拳の持つ荷物から肉のにおいがするのがわかると、指差してにこにこ笑いだした。


育ての親が二人を出迎えた。

豪鬼は早く肉が食べたいと、クーラーを開けるよう御子姫の手を引っ張った。

「豪鬼、お話じゃ」

そう言うと、豪鬼は御子姫の前に座っておとなしく待っていた。

「ひぃめ、ひぃめ。おぅはなし」

「そうじゃ、そうじゃ。姫からお話じゃ」

豪鬼は片言で、単語だけでも意思疎通ができるようになっていた。


剛拳はその様子を少し離れて見ていた。肉を切って持ってくると、豪鬼が手真似で下さいと言ってきた。剛拳は嬉しくて豪鬼の前の座卓いっぱいに肉の皿を並べた。

豪鬼は手を合わせていただきますの形をすると、御子姫と剛拳の方を向いた。

「豪鬼は賢いの、お食べお食べ、いいよ」

剛拳も目が合うと頷いた。それからおもむろに一切れずつ手づかみで食べ始めた。

「まだ箸は難しいようじゃな」

「はい、握り箸になって、つかめないと、食べたいばかりで癇癪を起こしそうになります」

「そうか、豪鬼は焦らずゆっくり育てよう。やっと止まっていた成長がまた始まって、いきなり喋り始めてくれた。それだけでも十分じゃ」


「どうじゃ、剛拳。これが豪鬼じゃ」

「御子姫殿が仰る通り、ゆっくり大人になっていってくれればと思います」

「それにしても豪鬼の輪紋は見事じゃな。先日会った、奨弥の子、奏司にも劣らぬ見事さじゃ」

豪鬼の輪紋は右側の二の腕を中心に上半身に大きく、さらに左の大腿部を中心に大きく、重なり合うように全身に現れていた。もちろん背側も同じようにあった。



洋巳はいつもより飲んで帰ってきた。奏司の話をして、結局自分の思うような答えが返ってこないので、客と一緒に少々ヤケになって飲んでいた。

客の男からは、まだ若いんだから二人目を作ればいいと散々言われた。なんだったら俺が仕込んでやろうか、とまで言われる始末だった。


奨弥は妊娠してから、少しずつ精神的におかしくなっているように思えた。暴力的になって、洋巳がいくら望んでも、まともな行為はできないことが多かった。夫婦で専門的な相談なども受けた。結果的に洋巳が原因だとされることが多かった。それでも、何はさて置いて、洋巳は奨弥が自分の元にいてくれさえすればよかった。


洋巳は仕事から帰ってきて奨弥に近寄ると、石鹸の匂いがした。久しぶりに風呂に入ったことがわかると、ふと店の客が言っていた、子供を作ればいいという音葉が蘇ってきた。

「奨弥ぁ、私、子供がほしい、お願い。奏司がいなくなると寂しいのよぅ」

奨弥は無反応だった。もうこれ以上洋巳にいいようにされるのは、本当にうんざりだった。洋巳は奨弥の気持ちなど、もうどうでもよくなっていた。奨弥を愛しているというより、御子姫から奪ってやったという優越感がすべてだった。


洋巳はベッドに寝ている奨弥の下半身だけむき出しにした。そして勃起させる塗り薬を塗ると勃ってくるのを待って、自分の中に入れ腰を振り続けた。缶チューハイを途中で飲みながら、まるで本当に子種だけのために、あれほど夢中に愛した人を扱っていた。


アルコールが随分入っているせいか、洋巳は段々と喘ぎ声を出し始めた。

「ああっ!あっ、いいっ!ああっはあっ!いいーっきもちいーっ!あああーっ!!」

腰を振りながら、乳房をわしづかみにしていた。

それもそのはず、言い寄る男は多くても、洋巳は奨弥としかしなかった。やっと久しぶりにまともにできたことに、洋巳は夢中になった。


その光景は、夜中に起きると、すぐ側のベッドで行われていた。

奏司は奨弥の寝ているベッド近くの床に布団を敷いて寝ていた。

思い起こせば、いつもいつも、母のいいように父はこうやってされていたように覚えている。近くで寝ていても知らないふりでいた。そうしなければいけないように思ってきた。


「あっ、ああっ、ああっ!!。あっあっ!!奨弥、出してよ!!わかってる!?

子供できるまで、やるのよ!!あっ、あっ、あっ!!イク、イク、イクッー!!」

こういう時の母、洋巳の姿は本当に怖かった。鬼気迫る表情で、それでも腰を振り続け笑っている。なんだろう、もう残された道がそれしかない時の、切羽詰まった、やり遂げようとする鬼の形相。

父が、あんな風になったのもわかる気がした。だからかもしれない。船着場での母は本当に、鬼のように怖かった。

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