豪鬼と奏司
御子姫は、普段から急に出かけることがあっても良いように、江戸小紋に袋帯が定番である。街まで行く時は訪問着で帯も着物に合わせて上等な物に変える。
双子や代理など本屋や奥の方で勤める者は、小紋や色無地に袋帯といった着物を着ていた。同じ本家の敷地内に住む者でも、戦の時以外は洋服で過ごす者が多かった。
戦の時は皆、白装束、さらしを巻き小袖袴と決まっていた。
大戦が終わってから、御子姫が街まで一人で出かけることも多くなった。御子姫は徐々に、本来なら総代が受け持つ表の仕事も行うようになっていた。それは奏家総代の地位を、奨弥の子が引き継ぐ時に、本来の形に戻したいという思惑があったからだった。
奏家総代の地位だけは与えておいて、本来の表の仕事を奪って権力を持とうとした、奏将隆の影響力を削ぎ落とし力を失わせたかった。
だからといって、今日のような朝帰りは初めてだった。風呂に入ってさっぱりしたと、部屋まで戻ると帰ってきたことに気がついた言葉がやってきた。
「姫様、大丈夫ですか。顔色がよくないような…朝餉はどうされますか」
そこへ唱が小包を持って入ってきた。
「おはようございます。いつものお薬が届いております。それと、剛拳が例の件で午前中に来る予定になってますが、どうされますか」
御子姫の多忙に、双子も頭領代理から仕事を引き継ぐようになっていた。
「朝餉は、こうせん(はったい粉)がいい。三盆糖(和三盆)で練って持ってきておくれ。濃いお茶と」
「そうじゃ、剛拳に相談もあった。来るのは九時頃か、少し寝たいな。薬を飲むから水もお願い」
響紋衆は皆女なので、月のものが来ると戦に出ることはできなかった。しきたりで、血は不浄、穢れとして扱われ、戦船に乗ることはできない。こればかりは曲げることはできない。
よって、以前は自然に任せていたが、御子姫が交代制での出陣を導入してからは、全員が薬で月経期間を調整するようになっていた。
さらに、御子姫については、月経自体を止めてしまう薬を飲み続けていた。この薬は排卵を止める。薬を飲んでいる間は妊娠する心配もなかった。
しかし、将隆の子などできたら困るので、念には念を入れて別の薬も飲むことにした。
剛拳は律儀者なので、時間通りにやってくる。御子姫は支度を双子に手伝ってもらうと、言葉が顔色がよくないからといって薄化粧をした。
「ああそうじゃ、二人にもゆくゆくのことがあるので、知っておいてもらいたい。一緒について来なさい」
表の応接室に入ると、剛拳は双子が一緒なので驚いたようだった。代理から仕事を習っていると聞いていたが、御子姫にとっては肝心なことでもあると納得した。
剛拳は、奨弥の子供の件を話し始めた。もっと余裕をもって話したかったのだが、という一言を加えた。
「明日の戦に出る前にですが。引退した者や神守の者たちが船を見送るための船着場があります。そこへ子供を連れて来ることになっています。洋巳一人です。奨弥殿は体調がすぐれないそうでいらっしゃいません」
「洋巳だけか。どうせ洋巳が私に奨弥を会わせたくないのだろう。ただ…万が一を思うと、奨弥の様子を時間があったら調べて下され」
「唱、言葉、その子供は確か今は十くらいじゃ。十六になったら元服式を上げて奏家総代になることに決まっておる」
「えっ!姫様の対になるんですか!」
「そうじゃ、品定めに出向くのじゃ。私が祝言を挙げる時には、二人とも同じように祝言が挙げられると良いなと思うておるところじゃ」
「えーっ!それも初耳です。まだ私たち十六ですよ」
「人選はもう剛拳殿に頼んであるぞ。好みがあるのなら、各自で交渉せい」
二人とも口々に剛拳に向かって騒いでいた。
「剛拳殿、よろしいですか。実はまだお話があって、豪鬼のことなんですが」
剛拳は双子の方を見た。豪鬼の件は極秘事項なので、大丈夫かという表情をしていた。
「唱、言葉、豪鬼の件は代理から聞いておるか」
「はい、異形の里に預けている男の子のことですよね」
御子姫は大戦中に、豪鬼の身に起きていたことを話した。特に、山羊を絞め殺したとか、伝書鳩を全部、縊り殺したとかの話になると皆一様に顔をしかめた。
「鬼の子だからでしょうか」
「そういう目で見ないでおくれ。たまたま癇癪を起こした時に、そっちへ手が出たのじゃろう。山羊も鳩も私があげたものじゃ。私への憤りが生んだ結果じゃ」
「それで、御子姫殿はどうされたいのですか」
「そこなんじゃ。どうしたらいいか、相談したかったんじゃ」
「私はあと一年で厄になるので引退です。それからなら一緒に暮らせたらと考えていました」
「そうじゃったか。一度会いに行ってみるか」
剛拳と異形の里へ行く予定を組んだ。双子も里までは行ってみたいということで、四人で行くことになった。
奨弥に最後に会ったのは、あの夜、将隆に手篭めにされそうになり逃げた時だった。大戦は確実に御子姫を変えていた。人の命を預かる重責、何より輪紋響紋衆の団結に必要なのは、やはり揺るぎない頭領と総代の力だと悟った。
そのためならば、一度くらいこの身を犠牲にしても惜しくはなかった。
大戦中に子供が無事産まれたことは聞いた。それから十年経つ。あの二人がどのように子供を育てたか、楽しみでもあり、複雑な思いがした。剛拳から聞いた、己の力を移譲する秘術の話。まさかとは思っていたが、最後に会った時、奨弥の紋は消えかけていた。きっと見事な紋があるだろう。
今思えば、なぜ奨弥が洋巳を相手に選んだのかもわかる気がする。洋巳が将吾に目をつけられ犯されてできた子、産んだ子には見事な輪紋が入っていた。そして、子供ながら柿の大木を折ってしまう力。豪鬼は間違いなく最強の輪紋衆だろう。
そんなことをぼんやりと考えているうちに、出陣の時刻となった。一の船から、船着場が見えてくる。船着場には大勢の人が集まっていた。御子姫が船から降り立つとどよめきが起きた。
洋巳が男の子を連れて立っていた。よく逃げずに連れてきた。その顔は、約束は守っているからそちらも守るよう、無言の圧をかけていた。
「久しぶりじゃのう、奨弥殿はお元気か」
御子姫が声をかけると、洋巳は短く返事をした。
御子姫は子供の顔と紋をよく見ようとかがんだ。子供と目と目が合う。
「名はなんという、今いくつじゃ」
男の子は、御子姫の瞳を覗きこむように、じっと見つめ返してきた。
「名は奏司、十歳」
男の子は洋巳から離れて御子姫へ近寄っていった。洋巳が手をぎゅっと握って離そうとしない。
「洋巳、紋が見たい。手を離してくれ」
それでも手を離そうとしない洋巳の手を男の子は振りほどき、御子姫にTシャツをめくって紋を見せた。その仕草に、御子姫は見覚えがあった。御子姫は今一度、男の子の顔を見た。瞳の奥に何かを感じる。
ーーまさか…
思わず、奨弥、と名が口からついて出そうになった。
洋巳が再度男の子の手を握り、自分の方へと引き戻した。
「約束は、忘れておらぬじゃろう。今すぐ連れて帰ってもよいのじゃぞ」
洋巳の顔が険しくなる。御子姫は冷え冷えとした声で、先に奪ったのは誰だと睨みつけた。
「十六の、元服の歳に迎えに行く。奏司、わかったな」
御子姫は、男の子の頭を撫でながらにっこり微笑んだ。男の子は、小さく頷いた。
「元総代に伝えておけ。心して育てよと」
御子姫は立ち上がり、洋巳に向かってそう言い放つと、くるりと踵を返して船へと戻っていった。
将隆は、御子姫を手篭めにして以来、どうにもあの体が忘れられずにいた。なんとかしてもう一度と思うたび、つい手伝いの娘を見る目にまでいやらしさが出てしまうようだった。その様子を妻の美琴が見逃すわけがなかった。
先日仕事で出かけた折、外泊して帰ってきた。その時に香っていた匂いは、どこかで覚えのあるものであった。いつもの贔屓の芸妓のものではなかった。
将吾と帆波は第一子誕生を機に、別に屋敷を構えていた。美琴が家に手伝いの娘を置くことを渋々認めて、やっと独立させることができた。手伝いの娘は輪紋の者で、将隆が連れてきた。
美琴は出かける時はなるべくお供として連れて出ていた。将隆は仕事を早く切り上げ帰ってきた。思った通り、手伝いの娘は家に残っていた。
娘は部屋へ茶を持ってくるよう言われ、将隆の自室へと向かった。将隆に言われるがまま、執務机に茶を置くと、脱ぎかけの背広を片付け始めた。将隆は後ろから近づき、娘に声を出すなと言うと、おもむろに尻をさわりだした。
ひぃっと、娘は小さな悲鳴を上げた。
「声を出すなよ。わかっとろうな」
娘は着物を脱がされ、真っ裸にされるとうずくまった。泣きながら脱がされた小袖を口にして声を立てないようしていた。
「若い娘の肌はいいな、すべすべして。乳首も可愛い蕾のようだ」
将隆は娘の背後から抱きかかえ乳を揉んだ。そのまま腰を持ち上げ、娘のあそこを舐め始めた。産毛のような毛に薄桃色の膨らみ。
「ひっ、ぁひっ、ぁひ…ひぃ…ぁ、ぁひん、ひっ、ひっ…」
「どうだ、気持ちいいだろう、あそこもぷっくりして、気持ちよがっているぞ」
将隆はズボンを脱ぎ、一物を取り出すと、娘の割れ目をこすった。生娘だろうから、入れてしまうと後が面倒なことになる。こすったり舐めたり指を入れてかき回したり、そうこうするうちに娘はとうとう喘ぎ声を漏らし始めた。
「ぁひん、ぁぁ…あん、ぁひん、ぁぁん、あひん、あん、あぁん…」
散々弄ぶと、今度は一物をしゃぶるよう命じた。最後は娘に口を開けさせ、己でしごき口の中へ出してやった。娘にハンカチを渡し黙っているよう念を押した。
「もっとやってもらいたかったら、これからは茶を持ってこい」
将隆は、娘にやさしく着物を着せてやると、尻を撫でまわしながらそう言った。




