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意地と誇り

庶民で(ケガレ)の存在を知る者はほとんどいなかった。その庶民の中には、一族としての力を引き継ぐことなく、神守(かもり)の氏をいただき生活していく者達がいた。一族から離れる時には、(ケガレ)について話すことは禁忌とされていた。


庶民と輪紋経紋衆は、すぐ近くにいながらも、見えないものとして、互いに交じり合うことなく存在してきた。

(ケガレ)の存在は、庶民の生活を脅かすもの、というだけでなく、使いようによっては一国を滅ぼすことができた。元々、輪経紋の一族は響家を筆頭として、(ケガレ)を祓うことを生業(なりわい)とするしかない運命(さだめ)であった。それが時の権力者に知れるのもまた運命であった。


一族は淘汰され、響家と奏家に、経紋を持つ一族と輪紋を持つ一族とに分派した。その過程で、(ケガレ)との戦において采配を振るう頭領と、時の権力者と対峙し取引をする総代と役割が分けられるようになった。


奏家が、長い時を経て権力を持つようになるのもまた、運命といえばそうであったろう。時の権力者は大抵が男であったし、奏家もまた男系であり、また男児誕生が多い家系でもあった。


ただし、互いに協力し合わなければ、輪紋経紋衆の一族としての存続はできなかった。それを長い年月を通し痛いほど味わってきた、はずであった。

それなのに、先の大戦(おおいくさ)で響家頭領が戦の最中に命を落としたことで、長く保たれてきた均衡が一気に崩れたのである。


彼等にとっての(いくさ)とは純粋に(ケガレ)を祓うためのものだった。

それを、権力を得るために利用し、命を落とすことなく、命をつないで戦い続けるという(ことわり)を叩き潰す者が現れた。

(かなで)将隆(しょうりゅう)である。

彼が真っ先に考えたのは、響家の力を奪うことだった。その上で、どうしても邪魔だったのが(ひびき)美鈴(みすず)だったのだ。



響家本家へやってきた双子の(となえ)言葉(ことは)は、御子姫が出かけている間に剛拳が(いくさ)での戦い方を指南していた。二人はまだ十二歳だというのに、御子姫によく似た戦い振りだった。


第一の閘門(こうもん)を通り広い閘室(こうしつ)へと移り、(つつみ)の手前でその向こうに広がる大河の(ケガレ)へ術を放つ。二人はどちらがより多くのザコを蹴散らしたか、いつもの調子できゃいきゃい言いながら訓練していた。


初めは双子の特訓だったのだが、そのうちに若い輪紋経紋衆の訓練も行われるようになった。新たな(ケガレ)の出現が想像以上に手強かったからである。御子姫と奨弥は寝屋で明け方まで、先の大戦(おおいくさ)で喪失したものをどう補っていくか話し合っていた。


この日も、新しく(つい)を組んだ者達の訓練が行われていた。そこへ片脚を失った将吾がやってきた。誰も目もくれず訓練に励む様子におもしろくない将吾は、大声で名前を呼んだり邪魔をするようになった。

「将吾、邪魔するのはやめてくれないか、みんな真剣なんだ。戦は生死に関わる、危険な務めだってみんな理解して必死にやってる」

奨弥が見兼ねて注意をしに来た。

「うるせぇな。俺にそんな説教じみたこと言うんじゃねえ」

「おまえだって、なめてかかって死にそうになっただろう」

「おまえ、俺にそんな口きいていいのか、何様だよ。ふざけんな、お飾りのくせに」

奨弥は一瞬ひるんだ。いつも将吾は決まってこう言い返す。

その時、奨弥は御子姫に言われたことが頭をよぎった。


ーーお飾りだろうが、お飾りなりの意地と誇りはないのか


「将吾、今は訓練中だ。用がなければ帰ってくれないか。おまえはもう戦えない。対の件も、戦に出られる者が少ないから、そちらが最優先だ。少し待って…」

「なんだと、てめえ!」

将吾は怒って最後まで話を聞かず、覚えてろとでもいう様子で帰っていった。


遠くから二人を伺っていた剛拳は、今までと違って将吾へしっかり意見し対応する奨弥を見て、雰囲気が変わったのを感じた。総代としての自覚を持って務めを果たそうとする姿勢はたくましい。しかし、そこに立ちはだかるものもまた大きかった。

「どうされましたか、大丈夫ですか」

訓練が終わって引き上げてきた剛拳が、奨弥へ歩み寄った。

「わからん。将吾の縁組が難航してるんで、そろそろ叔父貴が出てくるかもな」

「変わられましたな」

「逃げていても、捕まる時は捕まる。もうやめたんだ」

以前なら、ははは…と苦笑いしていた奨弥の変わりようは、(はた)から見てもはっきりとわかった。本人もそれは自覚していた。

「そういえば、姫が教えてくれた。洋巳の行方がわかるかもしれないと。どうする?」

剛拳は眉をぴくりと動かしたが、その後何事もないように応えた。

「失踪した時点で、洋巳から離縁願いが届きました。洋巳なりに思うところがあるんだろうと、離縁しました。

それより今は双子のお守りで大変です。御子姫殿が戻られたらお見せするんだと張り切っております」

「そうか、わかった。姫の帰りが楽しみだな」



御子姫は最後の訪問地、異形の隠れ里へ来ていた。タキ江の娘の元を訪ねると、長らく会っていない母からの土産に大はしゃぎしていた。


そして、奥の奥、結界の向こうの豪鬼の元を訪ねると、二歳になった豪鬼は庭の柿の木に登り、御子姫が遠くからやってくるのを見て飛び降り駆け寄ってきた。

「すごいなあ、豪鬼!」

御子姫はかがむと、豪鬼が飛びついてきた。

相変わらず表情は乏しく、言葉も出なかった。それでも、豪鬼が自分が来ることをとても待っていて、喜んでいるのはわかった。

「今日は大好きな牛の肉を持ってきてやったぞ」

時折、何かの拍子に笑ったりはするが、豪鬼は笑顔を作る、ということはできなかった。それでも、自分の好物が出てくるとあっという間に平らげてしまい、もっとないかと手を差し出したりした。

「そうか、手づかみか、成りは大きいがまだ二つだからの」

外側を炙った肉を、切らずにムシャムシャと塊のまま食べていた。変に味をつけると食べなくなる。食べられるものと食べられないものがあって、無理強いしても吐き出す。それも小さいから仕方がないと甘やかした。

時々、突然思い出したように癇癪(かんしゃく)を起こすことがあったが、そういう時は一人にして泣き止むまで放っておいた。預かってくれている夫婦は上手に、根気よくつきあって育ててくれていた。

顔立ちはやはり将吾に似てきていたが、どちらかといえば雰囲気は奨弥にそっくりだった。それがまた愛おしくてたまらないのだった。



御子姫は帰る道中、早く奨弥に逢いたくて仕方がなかった。帰ることはもう報せが届いているはず。

本家へ戻ると出迎えたのは、双子と剛拳だった。

「おかえりなさいませ!」

気持ちが思わず顔に出ていたのだろう、奨弥は少し用事があって遅れて来ると剛拳が教えてくれた。

「姫様、私達とっても上手になったのよ!」

双子がはしゃぎながら荷物を持って部屋まで運んでいく。

「奨弥殿は、将隆(しょうりゅう)殿に呼ばれております。多分、将吾の縁組についてだと…」

「わざわざありがとうございます、剛拳殿。将弥様がいらっしゃるまで、表で少し話しませんか」

御子姫の私室ではなく、表の客間で二人は話すことにした。頭領代理も同行した。

「洋巳のことですが…」

代理が一枚の写真と文書を渡した。

「金のインゴットが売却されました。シリアルナンバーで連絡が届くよう手配しておりました。文書にある情報がどこまで正確かは調査しておりません」

「一度は対になった者同士ですから、一応お渡ししておきますね。今日は豪鬼の元からの帰りでした。立派に育っておりますよ」

御子姫はにこやかに豪鬼の話をしていた。会わせることはできないが、成長ぶりは剛拳の希望で時々こうして伝えていた。

そこへ奨弥が来たと連絡が入った。御子姫は玄関へ出迎えに出た。奨弥はにっこりと笑って駆け寄る御子姫を抱きしめた。剛拳と目配せをして、奨弥は御子姫と奥へ消えていった。


奨弥がくつろげるよう部屋着に着替えようとすると、ひっ…と御子姫は息を飲んだ。奨弥の体には、何か棒状のものでめった打ちにされた(あと)があった。

「誰が…こんな…」

あはははっと、今までとは違って明るく笑う奨弥がいた。

「叔父貴は容赦がない、将吾のことで怒らせてしまってね」

御子姫は傷痕を冷やしながら手当てした。なんて酷いことを平気でするのか、この男なら戦にまぎれて人を…御子姫はそう考えずにはいられなかった。

冷やした手ぬぐいでやさしく奨弥の体をなぞる御子姫の手首をつかむと、奨弥は御子姫を見つめた。

「こんな体なのに、抱きたくてしょうがないんだ」

そういうと奨弥は御子姫を抱いて、寝屋へ入っていった。


「はあ…ああ…こんな、まだ肌が熱い…熱が…」

「しーっ、俺だけ感じて…この匂い…ひめ…愛してる」

奨弥は首筋から胸へと口づけると、そのまま股を広げると顔をうずめていった。

「ぅん…あん、ああ、あああーっ、ぁあんんー、ああっ」

「ひめ…欲しい?」

「い…いじわる…あ…ん…あん、あ、ああ…ほ、しい…あああっ…」

奨弥は少し起き上がり、御子姫の髪を撫でつつ口づけながら、ゆっくりと腰をうずめていく。

「はんっ…あ、あ、あああぁぁーっ」

肌と肌を重ねていれば、体の痛みなど薄れていった。

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