情を交わす
御子姫の詠唱のお陰で、将吾は一命を取り留めた。都市部には響家奏家の専門病院がある。戦で受けた傷は里で治せるものと、手術が必要となる場合がある。結局、将吾は左脚太腿部を切断することになった。
同じ頃、御子姫は熱を出し寝込んでいた。甲板に体を打ち付け全身打撲で済んだのは奇跡だが、それ以上に気力を使い果たし穢に当てられていた。
奨弥は奏家へ呼び出され、今回の戦の顛末について問いただされていた。
「どういうことなんだ、なんのためにお前を総代にして将吾に付けたと思ってるんだ」
「戦中、散々注意はしていましたが、穢に気を呑まれ動けなくなったところをやられました」
「おまえが身代わりにならんか!」
「将隆殿、それは言い過ぎです。今度の新しい穢は一筋縄でいかんのです」
剛拳が説明するがまったく耳を貸す気がない。
「響家の頭領はどうしたんだ、見舞いにも来んと。死んだわけじゃないだろう」
「御子姫は将吾を助けるため気力を使い果たし伏せっております。将吾が一命を取り留めたのも…」
「わかった、わかった。将吾の対の件はどうなった」
「白紙に…」
「ああ、もういい。そこそこ力のある者で、戦に娘を出したくない親を探せ」
将吾の父親は喋るだけ喋って、労いの言葉一つなく帰っていった。
「相変わらずだな」
奨弥はやれやれという感じに呟いた。
「御子姫殿の具合はいかがです」
奨弥は苦笑いしながら剛拳に話した。
「将吾が脚を失くして怒っていると伝えたら、脚一本で済んで良かったと思えって。叔父貴には聞かせられん」
剛拳は大笑いしながら、言いかねないと相槌を打った。
「毛嫌いする将吾を、よく助けられましたな」
「俺のためだよ」
奨弥は不甲斐なさそうに応えた。もし万が一、将吾が命を落としていたらどうなっていただろうか。
「御子姫の様子を見てくる」
「あまり考え込んでも仕方がありませんぞ」
奨弥は笑い返した。
奨弥が御子姫の元を訪れると、先客があるようだった。部屋からは少女らが話す華やいだ雰囲気が伝わってきた。
「かまわぬ、お通しして下され」
部屋に入ると、少女が二人、奨弥をまじまじと見つめた。
「ほんまや、姫様」
「言わはる通り、イケメンや」
少し早いが、御子姫が怪我をしたと聞いて、又従姉妹に当たる双子が本家へ移り住んできていた。御子姫とは、とても仲よさそうにきゃらきゃらと話していた。
「唱と言葉です。少し早いですが、奥見習いで来ています」
「よろしゅうお頼申します」
双子は丁寧に挨拶すると、二言三言御子姫に話しかけ部屋から出ていった。育ちの良さが見て取れる所作をしていた。
「お加減はいかがですか」
「もうすっかり」
そう言いながら、御子姫は首を振った。
「もうしばらく…戦には行かぬ」
「どうされた、どこか悪いのか」
奨弥の顔を見つめ、近寄って手を握ると、御子姫には奨弥の内に不穏なものを感じた。奨弥は何か見透かされているようで観念した。
「何をそんなに恐れておいでですか」
奨弥は御子姫を抱きしめた。
「姫には敵わんな」
奨弥は御子姫の肩に頭を乗せるとため息を吐いた。
「たとえなんと言われようと、奏家総代はあなた様です。胸をお張り下され」
御子姫は奨弥の手を取ると渡り廊下の先の、禊で使われる部屋へ招き入れた。真っ暗な中、蝋燭の灯りが揺らいだ。
御子姫は奨弥の袴に手をかけ、着物を脱がせると、自分もするっと脱いだ。
「奨弥…」
その様子をただ黙って見つめている奨弥の顔を両手でやさしく包むと、慈しむよう顔を覗きこみ背伸びをして口づけようとした。奨弥はそれを抱きしめながら、御子姫からの口づけをされるがまま受けていた。
首筋から胸へと指がなぞられていく。同じように、御子姫の唇もなぞられていった。そうして御子姫の髪が宙を舞い、さわさわと背中をやさしく這い回った。
ーーはあ…なにも…考え…
御子姫は愛おしむよう両手で受けとめ、奨弥の物に触れて口づけた。髪の毛は後ろから背中も臀部もなにもかも包み込んでいた。
御子姫が一物を口に含むと、髪の毛がやわらかく袋をまさぐってくる。まるで全身を指でなぞられているようでたまらない。
ーーはああ…ひめ…このままでは…はあ…
御子姫の髪の毛は執拗に、全身を舐めまわっていた。奨弥はゆっくりと膝をつくと、御子姫に口づけた。長い長い間、舌をからませ口づけていた。
ーー私だけを感じていて…奨弥様…
二人は目と目を見合わせながら、何度も口づけを繰り返した。なによりも愛おしい。こんなにも心の通った、穏やかな時は初めてかもしれない。
奨弥は腕の中に御子姫を抱くと、腕を枕にして仰向きになった顔を、左のまぶた、右のまぶた、美しい鼻に口ずけた。最後はまた唇を重ねた。
片足のももを持ち上げると、やさしく肉のしとねへと一物を入れていった。
「は…あ…あぁぁ…」
「しばらく…このままで、姫の内で感じていたい」
「はい…奨弥様」
奨弥の片腕は、御子姫の腰からお尻をなぞっていた。
時折、二人は口づけをして、また感じあった。
長い時を、感じあった。
どちらがどちらを抱いているのかわからない。きっと、どちらも同じ想いで抱いていたのだろう。
情を交わすと言うが、まさにそのような、欲ではなくただ互いを想い合い、肌と肌で感じあう。それ以外のなにものでもなかった。
その晩、久しぶりに二人は響家の御子姫の部屋で過ごした。
夕餉の際に、双子がやってきて、奨弥と四人で膳を囲んだ。双子はまだ本家に来たばかりで、御子姫と一緒にいることが多かった。
「失礼ながら、おいくつになりますか」
双子はきゃらきゃらと悪びれず、奨弥のかしこまった物言いに子供らしく笑いながら答えた。
「十二になります。そない堅苦しゅうしはらんでええです」
「十二か、俺が初めて姫に会ったのと同じ年だね」
そういうと、双子はきゃあきゃあと騒いだ。
「もう…もう少し落ち着きなさい」
「姫様から聞いてて、早う会わせてって、お願いしたの」
「いつから、稽古してくれはるんですか」
奨弥が何が何だかわからないという顔をすると、御子姫は双子を黙らせた。
「それはまだまだ先の話じゃ、もう…話してしもうて」
御子姫は奨弥に向かって頭を下げた。
「まだ、私の中で考えているだけなんです、あとでお話ししますね」
双子は、御子姫はお菓子ばっかり食べてるのに太らないとか、祓い言葉の勉強でとても怖いとか、普段では聞けない御子姫の話をたくさん奨弥に聞かせた。
「楽しかったよ。話がおもしろくて」
「本当に、遠慮がない子達で、びっくりしたでしょう」
「それより、稽古って…なにか聞いてもいいかな」
御子姫はにっこり微笑むと、それは寝屋でとでもいうように襖を開けた。
奨弥は膝枕で聞いていた。御子姫は小さな声で話していた。
どうやら、先程会った双子の件で、奨弥の叔父が動いていたようだと聞いた。
双子の家は今最も御子姫にとっては協力的な家だという。御子姫は一人っ子で、母親もそうだった。頼りになるのは祖母とその妹の家系、あとは祖祖母の姉達の子孫だった。
「それで一層の事、奨弥と剛拳殿に双子に戦の仕方を教えてもらえないかと思ってな」
奨弥は起き上がると、御子姫を見た。
「私には味方が少ない。しかし、鉄壁じゃ。今度は奏家をなんとかしなければ。
奏家の将隆とやらが、表の覇権だけでは飽き足らず、響家にもちょっかいをかけてくるなら、それなりに防がねばならん」
「しかし叔父貴は姫が考えている以上に恐ろしい人です」
「それでも、しきたりを平気で破るような奴には教えてやらねば」
「ダメだ」
将弥は御子姫の肩をつかんだ。
「そうか、将弥は知っておるのか、前の頭領のことを」
将弥は御子姫を抱き寄せると、強く抱きしめた。




