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響家と奏家

鬼の赤児、豪鬼は見事な輪紋を持った男の子だった。本当に鬼の子なら、しばらくすれば、コブの先から皮膚を突き抜け角が生えてくるだろう。角は妖力の源、できれば鬼の力はない方がいい。どのように育つのか、見守ってからでも遅くはない。

可哀想だが、角が生えてくる前に赤児のうちに削り取ってしまおう。角は骨と同じようなものだ。削るのは痛かろうが仕方がない。


半月ほど経ち、御子姫は隠れ里を訪れると、豪鬼は驚くほど成長していた。

「なんじゃ、生まれた時も大きかったが、もうこんなに大きくなったのか」

驚く御子姫に、養い親は大笑いした。

「異形の子は、すぐ大きゅうなります」

「そうなのか、角は取ったか」

「はい、嫌がりましたが、泣かずに我慢しとりました」

「そうか、偉いのう」

御子姫は削られコテで焼かれた頭を見た。痛々しい痕に持参した薬を塗ってやった。

豪鬼は笑わず、泣きもしなかった。

「まるで子供の頃の私のようじゃ」


山羊の乳はよく飲むようで、足りないといけないともう一頭用意した。半月毎には来るが、もしもの時のために伝書鳩も数羽預けていった。

子供には罪はない。御子姫にとっても愛しいばかりだった。



近々、経紋衆と輪紋衆との(つい)の新たな組み合わせについて話し合われることとなった。

通常経紋衆は十八歳以上、輪紋衆は二十歳以上が対を組むことが相応とされている。組み合わせは、持つ力の釣り合いを考慮して決める。頭領と総代、他数名若手の補佐役等も含めて話し合われ、仮の組み合わせが決定される。

組み合わせの基準については、古くから延々と、経紋衆の力をまず何をおいても考慮の基本としていた。また、組み合わせが決まったからといって、すぐに血の契りは行ってはならない。幾度か戦に出て組み合わせの相性をみて、当人同士の最終の意思確認をそれぞれの頭領と総代の前で行われてから、それでやっと許されるのである。


今回、会合で最も問題となったのは、総代の従兄弟である将吾の所存についてだった。洋巳との一件は、あくまで偶発的に起きたことだと主張しながらも、辻褄の合わないこともいくつかあった。

将吾は奏家本家筋で力もそこそこのものだが、未だに対が決まらなかった。力だけではなく、戦の際の戦いぶりが大きく評価される。


「総代には申し訳ないが、私は将吾とやらの、戦さぶりが嫌いです。経紋衆は術の要です。経紋の女子(おなご)を守りながら戦う、基本がなっておりません。(おのれ)が引いて待って、術が発せられてやっと前に出るが、それさえも経文衆の陰にいるか、すぐに引いてしまう。まるで戦の役に立っておりません」

御子姫は遠慮なく、輪紋衆の戦さぶりに意見した。中でも将吾には手厳しかった。


「御子姫様の仰るのは(もっと)もで、仮の対で戦に出ている者が皆嫌がります。口を揃えて申すには、術をかける詠唱をする時に守ってもらえず無防備になり、大層怖い思いをする、とのことです」

頭領代理もまた、厳しい表情で実情を述べた。

「そうか…困ったな。あいつは(じつ)が伴わないのに自尊心だけは強くて。叔父上からも頼まれているしな」


ーー生き死にがかかっておるというに、何を言っておるのじゃ


御子姫は呆れて何も言う気が失せた。この男も、将吾と大して変わらない。

「もし、対を組ませるなら、一の船に必ず乗せよ。対を組んだ経紋衆は私が守る。それが条件じゃ」

そう言ったきり、御子姫は一切口を出さなかった。彼女は怒ったりすることは滅多にない。会合を持ってみて、今まで見ないようにしてきた奨弥の人となりがあらわになり、哀しいというか、仕方がないと受け入れる他なかった。


会合の成り行きを、冷ややかに見つめるだけの御子姫に、奨弥は初めての会合に疲れたのだろうと思っていた。

会合は響家の大広間で行われていた。終わり次第部屋に共に下がると、奨弥は御子姫に近寄り髪を優しく撫でた。

「おやめ下され」

御子姫は奨弥の手を取ると、奨弥の方へ押しやった。


「いったいどういうことなのか。お聞きしたい。戦は人の生死がかかっております。だからこそ、より良い組み合わせを合議するのではないのですか」

「そうですね、ほとんどは昔の通りです。力の均衡と相性と。ですが、戦は人の生死だけではないのです」

「どういうことじゃ」

「我々の戦は、古くから(まつりごと)、いわゆる政治というものとも深く関わっているのです。将吾の父親は、それを一手に担っています。将吾自身は使い物になりませんが、それをどうにかしなければならないのは、私の役目でもあるのですよ」

「お祖母(ばば)様から聞いてはいましたが、私の理解が足りませんでした。今度、里へ行って聞いてきます」


奨弥は御子姫を抱え、御簾内へ入った。御簾を下げると、やさしく唇を重ねた。

「そんなことに、姫は関わらなくてもいいですよ」

「どうしてじゃ…」

何度も唇を吸い合いながら、二人は話をした。

「政治は綺麗事では済まないから」

奨弥は帯を解きながら衿を広げると、御子姫の胸元へ額をつけため息をついた。熱い息が胸にかかる。

「昔からそっちの仕事は奏家が引き受けるのが習わしなんだ」

着物をゆっくり脱がしながら奨弥は説明する。

「それは…あ…みな、皆知って…あ、ぁん…ぅん、ん…」

奨弥は口づけながら、御子姫の股をやさしく撫でた。その指は、さわさわと秘部の周りをなぞった。

「叔父貴は、今、奏家を仕切っている」

「はあ…あ…ん、奨弥…さんは…んぁ、あ、あ、ぅん、はああっ…」

「俺は、お飾りだ」

御子姫は奨弥を見つめると、目と目があった。長い間、二人は見つめ合うと、口づけを交わしながら着物を脱いで抱き合った。


ーーはぁん、あん、あん、あん、あん、あ、あ、あああーっっ!


御子姫を抱きしめたまま、奨弥はいつもと違って激しく腰を動かした。汗が御子姫の胸元に滴り落ちる。汗なのか、悔し涙なのか。前髪が張り付いて見えない。


「奨弥…」

御子姫は奨弥を抱きしめた。少しふくらみが豊かになりつつある御子姫の胸元に奨弥は顔を埋めたままだった。


御子姫は、奨弥を抱きながら、まったく別のことを考えていた。


ーー豪鬼のことを、絶対に勘付かれてはならない


だが、洋巳が鬼の子を産んだという噂は、もうすっかり収まったものの、どこからどう蒸し返されるかわからない。もしも利用価値があると値踏みされたなら、その父親は自分だと、あの男なら言い出しかねない。


ーー守るためにはどうするか


表の世界、政治は奏家ならば。裏の世界、つまり(ケガレ)との戦は、響家が中心。いや、響家もいいように利用されているのだ。思い出せ、先の大戦(おおいくさ)で亡くなったのは、誰だ。誰と対だった。


御子姫の父親については奏家の分家筋で、本家からはかなり遠い縁者だと聞いている。経紋は持たないが響家本家の一人娘ということで、奏家の血筋で見繕って名ばかりの婚姻関係を結んだ。いわゆる契約結婚である。子ができたらすぐに離縁し、決して父親であることは明かさない。それもどうなるかわからない。


もしも、奏家と対峙するような事態になってからでは遅い。とにかく、(ケガレ)との戦についてだけは、口出し無用としなければ。


ーー私がまだ十三の子供だと思って舐めた真似してくれる


御子姫は、思い出していた。本当の敵は(ケガレ)なんぞではないという祖母の言葉を。

それが何を意味するのか、頭領である自分と周囲の人々のことだろうくらいに考えていた。その甘さを知った。

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