98話「最後」
城から少し離れた大地で魔王城が完全に崩壊するのを見る。俺たちはついに魔王討伐という偉業を成し遂げた、しかも相手は元勇者で今までの奴らと比べ物にならないくらい、いや比べるまでもなく強かった。ここまできて勝てたのは間違いなく奇跡の累積があったからなんだと俺は思う。
「………終わったんだな。」
頭の中でここまでの旅のことを考える、よくよく考えてみれば俺はこの異世界にきてからまだ半年しか過ごしてないんだったら。毎日毎日が血と汗と泥を一心に浴びるような日々だったせいで全く気に求めてなかった。いいとこ気にしていたのは最初の三日間だけ、そこから先は考えるなんてことまるでしなかった。
いろんな人に会って、いろんな別れを経験して、そしていろんなことで心変わりをした。
「…………っ。」
全てが終わって安堵したからか、肩の荷が一気に降りたような感覚と共に俺の目からは涙がこぼれ落ちた。止まらない涙を拭いながらその顔を決して靁には見せない。
「天馬。」
靁が俺の言葉をかける。
「大丈夫だ、多分少しで泣き終わる……だって、泣いてたらいけないだろ。」
「………。」
俺の言葉に靁は何も言わなかった。ただただ黙って俺が男泣きしているのをしばらく待った。そして、息を整えて頭の中を整理して、俺は靁の方を始めて振り返った。
「大丈夫だ、行こう。靁──」
振り返った時、誰だかわからなくなりかけた。そこにいたのは確かに靁だ。気配も感じも靁だった、でもその姿はとても違っていた。
「………。」
穏やかな全てを受け入れてどうしようもないと言いたげなその表情。
なんでそんな顔をしているのかはその体を見れば一目瞭然だった。まるで、キメラのように靁のあのさっきまで戦っていた時の綺麗な姿とは一変してその姿はまるで怪物の肉が無理やり体に張り付いて侵食していくような見た目へと変貌していた。頭の半分、腕、足、体至る所にその片鱗は見える。
露出する膨れた筋肉は小刻みに胎動して、靁の肉体を少しづつ別のものに変えていた。
「─────ら、い?」
「………天馬、話をしよう。最後に、、」
靁はそう言って切り出した。いつもと変わらないような顔でいつもと変わらないようなふうに、でもその体は間違いなく作り変わっていた。普通ならパニックになってもおかしくないところを靁はそのまま語った。
「……魔王になるっていうのはな。人が王様になるのと全然違う、存在そのものが世界によって再構成されるんだ、要は強制だ。世界から邪悪な打ち滅ぼされるための魔王として俺は身も心も作り変えられる。そして、最後にはユキシマライの記憶を持った、別の生物になるんだ。」
「、、、、は…?なんだ、よ。それ!」
「………あの魔王はかつて勇者で、この世の不条理を正したいだけだったんだろうな。でも魔王になったからあぁも人を殺して正すなんて行為を正当だと思ってしまうようなやつに変わった。魔王っていうのは世界の敵なんだ。そしてそんな敵はかつてないほどの悪じゃないといけない。だから、俺も、、あの魔王のように。」
「待てよ!!じゃあ、じゃあ!なんだよ!お前は───あの戦いに勝って、そのあと!!」
「……戦いに勝ったあと、俺が世界の強制力で、新たな魔王になることは理解していた。あそこまで変化せずにただ魔族の力を維持して、ヒトの心で戦えたのは多分かなりの奇跡だったんだろうな。おかげで、落ち着いて平和になった瞬間これだ。」
「─────なんだよ!なんだよソレッ!!じゃあ、最初からお前は自分がそんなことになるってわかっててやったのかよ!ふざけんな!ふざけるな靁!!お前は、お前がッ!!」
「………悪いな天馬。」
「─────あああぁぁぁ!!!また、まただ!お前は、お前達はなんで俺ばっかり、俺ばっかり置いていくんだよッ!!!」
叫びと悲しみ、止まっていた涙がまた溢れ出してくる。
「……。なんでだろうな、俺にもわからない。ただ天馬、お前は生き残れ。」
「!嫌だ───!」
俺は靁の言葉に否定した。ぐちゃぐちゃな感情の中で何が自分の本心かわからなくなっていたのかもしれない。もしかしたら、俺はこの口から出る言葉全てが今は真実なのかもしれない。
「俺はお前達がいたから!お前達のためにここまできたんだ!それなのに、いなくなったら!いなくなったら!!俺はどうやって!」
「……っ。」
ありったけの感情をぶつけると、靁は片膝をついてその場で顔を険しくする。
「!」
「天馬、時間がない。いいか、俺はどうにもならない。だから、お前がやるしかない。」
「────やる、って……」
「そう、だ。お前、が。俺を殺す。それしか方法はない。、、俺が完全な魔王になったら、アレより酷いことが、起きる。だからっ天馬、お前が早く俺に止めをさせ……ッ!」
「……ぁ、ああ、俺には、、無理…だ。」
「……いいや、やる。お前はいつだってそういうやつだからな。」
靁の半身はすでに肉の塊のようなものに変貌していた。口元に迫るその増殖はさらに靁の顔を険しくさせ、顔はもう見る影もなくなりかけていた。
「だが、俺にも意地はある。天馬、お前のために俺は最後の印を残す。───そこをッ、ぁああっガ、グェアアアアッ!!!」
骨が捻じ曲がって靁の何かが砕けていく音がしていく。俺は靁の言葉なんて耳に届かないまま、勇者の剣を携えて、
「ぅ、ぁ、ああっアアアッ!あああああああああ!!!」
その靁を縦に真っ二つに切り裂いた。
切り裂かれたその体は後ろへと倒れ、高低差から割れた死体は転がり丘の下へと打ち捨てられる。
「……はぁ、は、は!ああぁっっ!!」
剣を地面に突き立て、泣き叫ぶ。声にならない声、心臓が酷く痛くなって呼吸もままならない。そんな中でも声を出そうって胸を抑える。
「ぅぁぁぁぁぁぁぁぁっ!、ぁ、ぁッ!」
叫んで、叫んで。そして目を少し開いた。
[グチ、バギュ……!]
「ッ!!!?」
靁の真っ二つになった体は、互いに惹かれ合うように繋がりそこから肉の塊はさらに増殖を始めた。生物としてあり得ない何かが目の前で誕生する。曲がり、くねり、肉から水飛沫と共に羽や角、目玉などが浮き出てそれを囲うように鱗や引き締まった筋肉がさらに露出する。
[⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎────────ッッッッ!!!!!!!]
鋭い牙を待つ乱雑な口が大きく腹の部分から現れ、雄叫びを上げる。雄叫びを聞いた世界はそれに順応するように、世界を真っ赤に染める。
「────これ、、が。」
靁の言っていた。アレより酷い世界。真っ赤になった世界はまるで終末の前夜のようだった、なぜなら週末が訪れればそこには何もなくなるから、故にこれは世界最期の日であり世界最期の滅亡の時なんだと理解する。
「─────っ。」
目の前にいるのは、肉塊、ただの肉塊。まだ魔王じゃないただ産声を上げた存在。なら、まだ時間はある、俺がやらないといけない、俺がやらないと、靁に言われたんだ。、あいつは間違ったことを言わない。だから、俺が、俺が。
「っ─────靁!いまから、お前を殺す!!殺して、殺して────っ。」
最後の言葉を捻り出すのは難しかった。ただここで俺は言わないといけない。だって、勇者だから。
「お前を解放するッ!!!」
[⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎──ッ!!!!!!!]
その化け物は呼応するかのように、雄叫びを上げる。空はさらに赤くなって俺たちを見下ろしている。これが最後の時だから。




