95話「穿つための戴冠」
何かが起こった。何かが起こって、何かが起こった。そして、何かが起こった。
(─────)
思考は一瞬止まった。靁が必死に防いでいたあの魔王の攻撃はいつの間にか止んでいて、目の前には靁のようでそうじゃない存在がいた。
そんな姿を見て前に靁が言っていたことを思い出す。
『魔族っていうのは、自分で認めて初めてなることができる生物なんだ。何かを必死に恨んで、内にある悪性をようやく認めた時真の意味で変わることができる。』
小難しいことだった。でも、なんとなくこう言うことだなとか思って俺は返した。
『つまり、気持ち?』
『……そうだ、つまり心が体を変える。この世界は魂と体っていう二つに分かれてな。両者は二人三脚みたいな感じで、魂が変われば体も変わって、体が変われば魂も変わる。だから、』
『──だから、靁は魂が変わったから?』
『あぁ。そういうことだな、』
『なら、なおさら人間に戻りたいって思えば戻れるんじゃないか?』
『………それはそうなんだが、難しいんだよ。一度それを知ってしまったら、もう過去には戻れないように。ほとんどのことが一方通行なんだよ。』
『そう、か。』
あの時は靁が人間に戻るのは難しいってそれだけしかわからなかった。でもこうも思ったんだ、もし平和な破壊が訪れたら靁は人間に戻れるかもしれないって、多分時間はすげぇかかると思う。でも、それでも戻ることがきっとできるって。
でも、
「靁……………。」
その姿を見て確信した。靁はきっと戻ってこないって、きっとこの時のためにこの時のためだけにその命を散らすつもりなんだって、その全てを背負った背中から感じた。
<──|||──>
「─────。」
魔王、それは絶対的な存在。それは今の私のように無限の力を秘め、勇者ですら圧倒し、世界を滅ぼすことができる終末装置のようなもの、これを止める術などない。歴戦の勇者たちは魔王や世界の危機を救ったとあるが、私はそれに該当しない。
私は勇者から、魔王になった存在である。すなわち、敗北の二文字はない。勇者としての潜在能力、魔王となったことにより後天的な能力。
この二つがある以上同等の存在でもいなければ止められるわけがない。
そう思った。
「ユキシマ、ライ……!!」
目の前にいる若輩の魔王の名を口にする。そして憤る、なぜだ?世界に二つも必要ない終末装置がそこにあるからか?烏滸がましくも、私を殺す魔王として昇華したからか?
いや、いや、いや!違う!!
なぜだ、なぜそんなことができる。なぜ勇者に、世界に全てを託してそんなことができる!
一度魔王になって仕舞えば後の結末は目に見えている。世界の終末装置、それは意図してそうなるものではない。意図せず、確実にそうなるものだ。あらゆる人格、あらゆる肉体を廃止して世界がその器に沿った形に強制してくる。
ゆえに、その宿業から逃れることはできない!
「貴様、貴様ァ!!!」
それは私の責務だ。それは私が行うべきことだ、それなのに、貴様は、貴様は、私から全てを奪うつもりか!私が抱えたこの責任も、この役目も、この使命も、この意義も、この決意も、目の前のやつは全てを台無しにしようとしている。
それは、それは許されないことだ。これは全て私のものだ。ここまで私が引き連れてきたものだ。このような者に渡すほどのものでは決してない!!
「そうか、哀れだ。魔王、お前はそんな者に執着していたとは──。」
「ッ!!」
「結局、大義を抱え全てを壊すと望んでおきながらそのうちにあるものはそんなちっぽけのものだったとはな。」
「貴様、見たな!見たな!見たな!見たなァァ!!もはやもはやもはやもはや一片たりとも残してはおけぬ、貴様はこの私がこの私のこの私での手で殺す。その存在を否定してやるッ!!!!」
まともな意識が闇に浸かるように、私は魔王として真の形へと至っていく。魔王はその世界を破壊する終末装置としての側面、絶対的な破壊者の姿が存在する。この姿になれば戻ることはできない、この姿は望んで至るものではない。病のように一刻と変わっていく。
だが、この姿であれば勇者であれ、魔王であれ、神であれ粉砕することができる。
それこそがこの魔王獣と呼ばれる姿である。




