94話「その一歩」
これは少し前の物語だ。崩れる勇者の神殿、そこで私はかつて旧友だったものと戦っていた。剣を使うのは久方ぶりであったがこの者に遅れをとったことはない。私が斬撃を振るえばそれはあらゆるものを切断し、私が魔術を使えば灰すら残らず消し飛ばすことができる。たとえそれが残滓だけの魂であっても。
[ドゥゴォォォォォォ!!!!]
ゆえに最初からこの者に勝ち目などないのだ。
「………っ。」
「クリンタル、貴様の負けだ。」
両手の剣を手放し、動かなくなった両腕を抱えたまままだ膝をつかず立っている。私のあらゆる攻撃によってクリンタルという魂はもはや眉唾程度しかない。放っておいたとしても確実に消える。
「────いや、私の勝ちだ。」
「何を言っている?まさか、あの者達が私を倒すと。」
「………。」
クリンタルの最後の顔は私の言葉に対しての肯定、そして当代の勇者達なら私を倒せるという圧倒的な自信の表れだった。
「その眼、落ちたか。」
「まさか、、私の眼はお前ほど爛れ落ちてはいないぞ。あの者達はお前を倒す。これは運命だ。」
「………くだらない。実にくだらない、クリンタル。」
「あぁ、私もくだらない。ただ、今は私の勝ちだ。──予言してやろう。」
「何?」
「"汝は最後の最後に答えを見出し未練なく散るだろう"」
「…………クリンタルッ!」
剣を戦えなくなったクリンタルへと振り放つ。斬撃が地面を割り、まっすぐのその懐かしい姿を消し去った。だが奴は最後の最後まで満足そうな顔をしていた。
まるで、全てを知っているかのように、まるで全てを理解しているかのように。
「だが、私はそんな予言などねじ伏せる。運命などと我々を惑わす存在を叩き潰す。」
故に。故に、故に。故に、
「哀れだ、哀れなり。ユキシマライ……その力を持ってすれば変えられるというのに、!貴様はもはや全てを間違い全てを絶った。ならばこの手で最後の引導を渡すまでよッ!!」
私の心は今怒りに包まれていた。世界の不条理に対する怒り、その不条理が生んだ、哀れな命達に対する怒り、全てを葬るなら全てをゼロに返さなければいけない。ならば、この者達の最後を持って真の始まるを迎える。
「証明───この世の全てを葬り去り、最後に残る私はこの手に落ちたすべての存在を否定し、新たな世を証明する。」
私の頭上に魔法陣が現れる。複数の小さな魔法陣は重なり、合わさりそして作り替えられる。一つ一つの部品が噛み合うように歯車がすべて正しくいっぺんの狂いなく動くようにその魔法陣は大気中の全てを一旦吸い込む。
そして目の前にいる哀れな勇者二人に照準を向ける。
「極大魔術行使、、リ・ワールドエンドッ!!!!」
放たれるは全てを滅ぼす魔術の塊、雷撃のように白黒とひかり、その通過点にあるすべてのものを消し去りそして残るのは新たな世界の一片。逃れるものはいなく、このもの達の魂を浄化する。
[────ッッ!!!!!]
<──|||──>
目の前の光景に体が動かなくなる。わかる、この攻撃をまともに受けてしまえば俺どころか天馬は死んでしまう。かと言って、天馬をこのまま抱えて回避するには時間が確実に足りなかった。
走馬灯のようにすべての記憶が駆け巡った気がした。あの子が死んで魔族を殺して、殺して殺して、魔族になって、それを否定して否定して、大魔族になって、短くも長い旅をして、そしてここに至る。
その過程には多くの死があった。すべて俺が招き受け入れた死。それに涙を流すこともいつか忘れてしまった。だけども、いつだって変わらないことが一つあった。
「うおおおおおおおおぉぉぉぉぉッッ────!!!!!!!!!!」
それは、いつだって自分じゃない誰かには幸福になってほしいという。ふざけた願いだけがいつも俺の傍にはあった。だから、今もその通りに行動する。
全てを巻き込む攻撃に対して影をありったけ張り巡らせて、防御姿勢をとる。魔術の光が影と接触した瞬間、何重にも張った無数の影の壁が消滅を繰り返し、自分自身に思考が埋め尽くされるほどの激痛が走る。
だが、それでも意識や思考を止めてはいけない。ここで止めれば本当の意味で終わりを迎える。だからこそ、消えたのならまた張り、消えたのならまた張り続ける。なくなるスピードよりももっと早く守りを回す。その間頭の中が割れそうなくらい痛くなっても、ここだけは引いてはいけない。
ここを引いて仕舞えば本当の意味で終わってしまうから。
「靁──────ッ」
天馬の声が一瞬聞こえた気がする、ただそれは気がするかもしれない。もう頭はかなりどうかしている。音も感触も視界も、見えているのか怪しい。ただロボットのように同じ行動をその短い時間で無数に繰り返している。目の前の全てを消し去る攻撃をかろうじて止めている。
大魔族ができる再生速度を利用したこの荒技は正直ふざけている。揺るぎない決意がなければこんなことしようとも考えない。なぜならそれは何百度の死をずっと体験するに等しいから、この影一つ一つは俺の体とリンクしていて俺の手足のようなもの、だから幾万の手足を生やしては千切ってを切り返している。
(───────っ!)
考えるのを止めたくなる。ただここで止まったら、俺は確実に何もしなくなる。意思なき生物に答えてくれるほど俺の体は安上がりじゃない。
だが、これを続けるのにも限界が来る。わかる、この魔術はきっと俺たちという存在を消す、それ自体を証明した魔術だ。俺たちが消えるまで決して途絶えることはない。
だからジリ貧で、先に潰れるのは確実にこっち。だから、だから、最後の1ピースが足りない。
なにかあと決定的な一つを犠牲にしないといけない。
(………………ぁ。)
ある。決定的なものが一つだけ。今まで散々自分を地獄に焚べる行為をしてきたっていうのに、最後の最後までこの選択を考えていなかった。おそらく、天馬のせいなんだと思う、前の俺だったらこんなこと考えもしなかったはずだ。
だが、もしそれで全てを終えられるのだったら。後悔はない。
「天馬…………。」
聞こえているかわからない背後の友人に語りかける。耳は聞こえない、意識は目の前の影とこの言葉にのみある。
「これで、最後になる。だから、あとは頼んだぞ。」
人は真の自分を受け入れた時、何かしらの力を得る。それはこの幾たびも形状変化を繰り返してきた俺の体が証明してくれている。なら、最後に俺が行うべき行動は。
「俺は─────お前を倒すためだけの、魔王になるッ!!!!」
やつは言った。俺にはその資格があると、目の前にいる魔王を殺すことができる強さがあると、ならここで解き放てばいい。その力を、望み通り俺は魔王になる。お前を真正面から潰し、そして貴様の望まない、全てを後に託すことができるそんな存在へ。
決意が固まったのなら、あとは体がついていくだけだ。体は俺の言葉に俺の決意に呼応して体を自在に変形していく、それは大魔族にあらず、それは世界を破壊するものにあらず、それはたった一度全てをかけるために生まれ変わった。新たな存在である。
体中の影が一斉に楔から解き放たれ、目の前の極大魔術すらバーストし消し去る奇跡を見せる。いつだって新たな命の誕生は世界が祝福してくれる。それがより力を持ち、それがより不可逆的なものであるのならば、その道筋を邪魔するものはいない。
王の戴冠というのはいつだって、輝かしいものである。




