93話「決戦」
魔王が空間全体を歪める。走れば届く距離にいたはずの奴の姿がどんどん遠くなって、俺たちはまるで回廊で戦っているような感覚におちいる。
「天馬!」
目の前から炎、氷、嵐の斬撃がまっすぐ向かってくる。それらを間一髪で回避しながら魔王へとがむしゃらに走っていくも、自分たちが今一度いた最後は圧縮され変形していく。
(走るしかないッ!)
目の前から飛んでくる魔術攻撃はどれも最上級。夏がプロヴィデンス発動時に使っていたものをこうもやすやすと使い捨てるように撃ち出す魔王。
「竜王剣!!」
真正面からくる回避不能だと判断した魔術攻撃を切り払い、靁の援護でまっすぐ魔王へと剣を突き立てるも。
「単純な奴め。」
また空間がひっくり返り、上下の重力がなくなる。そしていつのまにか慣性のままレッドカーペットの地面に焚き付けられる。起き上がって目の前にいる魔王にまた突撃しようとしたとき、周囲からモヤのような影が現れて俺の剣を届かせないように立ち塞がる。
「………っ!」
「お前達は、まだ私の力を見誤っているようだな。」
「何が!」
モヤの剣の動きは鋭い、さながら自分たちと同じ勇者と戦っているように連携と個々の強さが整っている。ただそれだけで負けるわけにはいかない。特殊な攻撃をしてこない分、靁との連携を駆使すれば難しくはない。
「わからないようなら、ここにいる意味も生き残る権利もない。我々弱者は常に貴様らのようなもの達に、消費されたのだからな!」
モヤが赤く奇妙な光を放ち、魔力自爆をする。回避しようとすると次々と現れるモヤ達、このまま倒しきれなければこっちの分がどんどん悪くなる。
「でも、お前らは強者だ、何が弱者は消費されるだ!人間はお前達の道具でも、なんでもない!」
「わかっているはずだ。お前達がそれを始めたのだ。お前達がそれを行ったのだ。ゆえにお前達がその血で償うのだ!」
赤い球体から血の刃が次々と放たれて、俺たちを攻撃する。靁がすかさず影で撃ち落とすが、それでも限界がある。モヤの相手をしながらだとまともに回避も専念できない。
防戦一方のこの状況をなんとかするには、
「プロヴィデンス・フォース!!」
神聖を身に纏い周囲から現れる黒いモヤ、無数の魔術攻撃を剣の一振りによって全て浄化する。周囲に敵がいなくなったことがわかると、光のように早く剣を構え魔王のその心臓に向けて放つ。
「神の鱗片などッ!!」
魔王がその手を俺に向けると周囲から赤黒い鎖が放たれて、四肢を拘束される。体から力が抜けていく、反発するとような痛みが鎖から伝わる。
「対神聖!」
「勇者に対する魔王が、貴様らの切り札を理解してないわけがないだろう。私も、かつてはその一部だったのだからな!!」
魔王が一つの砕けた柱のような大剣を取り出して、音より早く俺の体を切断するように振り翳す。全てが砕けるような音が聞こえたのち、体を潰すような衝撃が体を走る。
「あああぁぁッ!!!」
鎧が砕かれ、纏っていた神聖も無駄になり俺は地面に叩きつけられた。
「ここで───!、!?」
「天馬をやらせるかッ!!」
鎌状の影が魔王に攻撃を放つも、直撃するものだけを的確に剣で捌き一瞬にして接近したのち、靁をその大剣で押し潰しにかかる。
「っぅぐ!!!」
「ほう、さすがは大魔族だな。勇者でもあるせいか、頑強だ。」
地面が大きく崩れるような一撃を靁は受け止める。でも長くは持たない。だから、靁ごと切り伏せることを覚悟した上で俺はもう一度立ち上がって言葉を口にする。
「プロヴィデンス・フォース── 神光力剣ッ!!!」
「!!!」
光の束が魔王と靁を包み込み、全てを置き去りにする。だがいつも感じる手応えとは全然違う、まるで何かが流れを逆らってくるような重圧が正面からする。
「ハハハハッ!ぬるい!!」
魔王の声が聞こえ、目の前が真っ暗になる。そしてそれは魔王が放ったただの魔術だということを理解した。
次の瞬間、魔王の魔術によって体全体が溶かされるような熱に焼かれる。夏が使っていた反射の魔術、それと同等だった。
「────っ。」
気づいた時には全身が焼き尽くされた後のような感覚だった。もうその時には立っていようという決意すらも粉々になっていた気がする。
あれだけの地獄を戦い抜いて、誰だけの決意を固めてきたっていうのに、不屈の魂に体が全く追いついてなかった。まだ立てる、まだ立て、まだ立て!って命令しているのに体が完全に限界だった。体の至る所が焼け爛れて、溶岩のような熱を帯びている。
さっきの魔術の影響か、体をまともに動かすこともできずにただただ限界を感じる耳鳴りと今にも気を失いそうな感覚だけがしつこくまとわりつく。
「………カオス・フォース─。私が神を裏切り自ら手に入れた力だ。」
「…………靁。」
靁は俺の巻き込み攻撃によって完全に沈黙している状態だった。極大な神聖をまともに受けたその体は血と肉が混合した悍ましい姿に変わっていた。
「ユキシマライ、まさかこれほどだとはな。いくら大魔族といえどあの攻撃をまともに喰らってなお血肉を残し、息をしていると。」
「───っお、前は!」
「……ここで殺すのは惜しいな。」
「ッ!!!」
靁の影が頭部を掴んでいた魔王の手首を切り落とし、大きくはじき返す。ここでようやく一太刀、魔王に攻撃することができたが魔王はいたって冷静出会った。
「─なるほど、その力。実に強い。」
切り落とされた魔王の手首は瞬時に再生、靁の再生速度を遥かに上回る回復速度に正直心を打ち砕かれそうになる。本当に、本当にこんなやつに戦いを挑むことは正解なのかって!
「だが限界のはずだ。貴様はそもそも私の命を奪おうとしていない。クリンタルがふざけた魔術を使わなければ、お前はさらに強く戦えるはずだ。」
「───誰が、お前達のようにッ」
「お前は、私達のようになるのが怖いようだな。まったく、そんな覚悟で戦っているとは───貴様は魔族である自らを否定し続けている。そうすれば、安らかに眠れると信じているのだろう。だが、私が告げようそんな未来は訪れない、貴様ら勇者が死んだとて、この世界に神はいない。我々ははなから神の鱗片であり、こうして永遠と殺し合う運命なのだ。」
「───それで、誰かが幸せになるのか?」
「なる。私がさせる!ライ、貴様は大魔族だ、ならば私のようになる権利も私のように至ることもできる。この手を取れば、貴様はそこの勇者を殺すこともなく、全てを変えることができるのだ。圧倒的な力を持ち!世界を変革させ!望むままに世界を真の平和へと導くことができる!」
「…………。」
「これで戦いが終わるのだ、ユキシマライ!我々は神などに囚われた存在!わかっているだろう!我々は人や魔族を殺す道具などではなく、自ら新たな生き物と証明することができる!!その存在となることを!」
「─────ははは、やっぱりだな。お前と俺の理想は違うぞ、魔王。」
「なに……っ?」
掠れて消えそうな靁の言葉に魔王は静かに驚く。
「だって、お前が望むのは勇者であった自分と、勇者であった仲間達のことばかりだ。お前が望んでるのは世界平和じゃない、むしろその逆だ。───世界を壊して、作り替えて、自分たち勇者っていう存在を無限の輪廻から解き放つだけ、そのために幾億もの命を粗末にするって考えだッ!!」
「何が違う!貴様は!!」
「違うさ。俺が望んでいるのは、平和だって、、。俺はもう自分以外のやつに死んでほしくない、自分の前で死んだやつはみんな苦しんでた。それなのに、そんなことがわかっているのに、毎回俺は生かされて、置いて行かれて、それが嫌だったのさ。なんで俺じゃないのかって思った。だって俺は、、、俺は。。」
「────哀れな。哀れ、哀れ!哀れだ!!ユキシマライ!貴様はそれだけの力を持ちながらまだ、そんな言葉を述べるのか!貴様は我々と同類だ!目的のためならたとえその体を血で清めようと罪悪感を抱かず、むしろそれが正しいと言い続けるものだ!しかしその最たるものが、他者の幸福なぞ馬鹿げている!!」
「馬鹿げているんもんか、だって───これは、俺が、魔族(勇者)を始めたきっかけなんだからな……ッ!!」




