89話「残された者」
銃撃と斬撃が繰り出され続ける。狂気に染まって血涙を浮かべながら、銃身を焼き尽くすウチムラショウジ。相対するの俺ことユキシマライ。
それぞれが魔族としての回復能力、異次元の身体能力、そして特殊能力をフルに活用しながら一歩も引かずに戦う。すぐ近くには破滅装置であるオトカゼカナデがいる中での戦闘、デバフは十分。
ただ、俺もウチムラショウジも止まらない。
「死ね!死ね!死ね!!ライ!!」
感情をあらわにしたウチムラショウジは弾丸を数発放ち、俺へ確実な狙いとする。影を使いそれらを全て弾き落としたとしても、やつの連写は止まらない。特殊弾頭の射速に耐え切れず影が撃ち落とされながらも、俺の手に握られた鎌は自分自身を守護し、相手を殺害せんとする。
そして数回の撃ち合いの果てに、痺れを切らした。ウチムラショウジが口にした。
「─────カオス・ジャッジ…ッ!」
ウチムラショウジの体が神聖ではなく禍々しい別の何かを纏う。それはおそらくプロヴィデンス・ジャッジとは正反対の敵を殺すためだけの殺意や憎しみのこもった力。
「───ユキシマ、ライ。これで君を殺してやる!音風さんが死んだ時の苦しみ、憎しみ、全てでお前を殺してやるッ!」
「っ!」
俺にあれを防げる手立てはない、次の一撃はおそらく回復不能だけじゃない。確実にこっちの命を一瞬にして潰す弾丸が放てられる。その前にあいつを殺す。
影を使ってウチムラショウジの体全身を貫く、しかし
「───っぐぅうぁあ!ライぃぃぃぃ!!!」
「クソっ!」
ウチムラショウジは止まらない、体全身から血が吹き出していようと決して止まることなく、その銃口を俺に向けていた。こうなれば直接首を刎ねるしかない。
鎌を携えて、まっすぐ前へと向かう。逃げも隠れもできない。アイツが放つ弾丸は、放った時には俺に当たるはずだ、だから小細工なしで直接殺すしかない。
「ここで───死ねぇぇぇぇ……ッ」
(遅かったか…っ!?)
引き金に指をかけられたとわかった俺は、相打ち覚悟で鎌を放り投げ投擲に転じた、しかし致命傷を与えられるわけじゃない、夏に攻撃を通してしまえばこっちの負けだった。
そして銃弾が放たれるその刹那、俺の耳には確かに歌が聞こえなかった。
「────!」
「音風さ、、」
視線だけ動かしてみると、夏がその細剣でオトカゼカナデの胸を刺し殺していた。その瞬間、彼女は操り人形だった第二の人生からようやく解放された。そしてウチムラショウジはその光景に意識が止まり、引き金を完全に引くことなく、俺の投擲した鎌の一撃を真正面から受け、肩から下にかけて大ダメージを喰らった。
「っ、ぁアガがああ!!ライ!ライ!!お前を僕は!俺は!!絶対にィィィッ!!!」
「ここまでだ、ウチムラショウジッ!!!」
鎌に追いついた俺はウチムラショウジに刺さった鎌を手に取り、体全身の力を使い彼の肉体バラバラに粉砕した。そして右腕の禍々しい魔族の腕で、その頭部を言葉すら発せぬ隙に叩き潰した。
頭と心臓を潰されればどんな生物であっても死ぬ。大魔族となったウチムラショウジはその狂気の果てに死んだ。ただ一人に固執し、ただ一人のために大罪を犯してしまった。その生き方はおそらく正しくないが、その精神は間違いなく正しかったのだと思う。
たった一つのことで、自らを顧みなくできるのは、アイツの特徴ではあったからだ。
(それが、ただ純粋に誰にも理解されなかったのが。)
「───っ夏!!!」
ウチムラショウジの死体から切り替えて、俺は夏のところへ向かう。夏はオトカゼカナデのすぐ近くに倒れていた。あのひどい壊滅の歌の中、自分の役割を果たした夏に俺は近づく、魔法は使えないが可能な範疇のでの手当は、そう思った時だった。
「…………っ、」
理解した。彼女はもう死に体だったということを。そう、考えてみればそうだ彼女は魔族じゃない、魔族であっても血を全身から吹き出しながら再生力でなんとか誤魔化して戦えていたのに、彼女はただの勇者だ。いくら人よりも頑丈であっても、その体であの歌のすぐそばまで行ったのなら、肉体はおそらくもう生命活動を続けられるだけの力を残せるはずなかった。
「夏!!!」
俺はそれでも彼女の体を抱えた。息をしていない、息をしているように感じない。生気を感じない。その体は少し俺が触れるだけでちぎれ崩れていく、もう筋肉の繊維一本ですら仕事をしていない、腐敗しきってしまった体を持ち上げているような感触だ。どこまでも救いようがなくて、目の前にいるものが人の形をした泥人形のように思えてしまう。今の夏はそれほどのものだった。
「──────、ら、い、。」
「夏っ!」
彼女が声を出したことに奇跡した。もう体は死んで目から噴き出ている血は悍ましく、生きているだけで痛みを、いや彼女にはもう痛みを感じることもできない。ただただ死が近づくことしか知覚できない。それなのに、
「わ、たし。やっ──。」
「わかってる、わかってる。何も言うな!」
誰かの死なんてものに俺は感傷的にならない。もうなれないと思っていた。ただここ最近は違った大魔族になってまるっきり生物として変わったというのに、クリンタルの施しか俺の人間性は人のそれにかなり近づいたものに変わっていっていた。脳が圧倒的な殺意で支配されることもない。もしかしたら騙し騙しなのかもしれない。だが、それでも。
「さぁいくぞ!いくんだ!天馬のところに、行くって言ったろ!!」
「て、んま。っ───らい、わ…たし。あい、つ………てんまのこと、、、す、、き。」
「夏、、、それ…は。」
「ぁぁ、言え……なかっ、」
彼女の言葉は途切れていく、魔族の聴覚をもってしても聞き取れないほどに小さく、ただ彼女が伝えたいことは理解していた。彼女が最後に何を思っていたのか理解をした。だから、それらをひっくるめて今の俺には受け入れることしかできないそして、流しかける涙を止めて、お前にこう言う。
「伝えてやれよ、。お前がいなくなったら、最後に誰がアイツの隣いてやるんだ………。」
もう俺の言葉に答えてくれる奴はいなかった。
そこにはかつて親友だった人の亡骸しかない。最後の最後まで自分の決めたことを曲げずにここまで走った勇者の姿。
そして、俺達の大切な親友。
「─────夏、せめて……この中で眠ってくれ。きっと、二人ともいる。」
俺は夏の死体の心臓にそっと、その鎌の刃を押し当てた。
なんでこんなことをしたのか、俺にはわからない。ただやるべきな気がしたという、たったそれだけで俺はそんなことをした。
考えればわかることだ、こんなことが彼女のためになるだなんて思っていない、ただ彼女の意思をもし連れて行けるなら、これしかないと俺は身勝手にもそう思ったからだ。
「…………。」
この鎌で全員見送ってきた。だから、夏も。っとそう思ってこんなことをしたのかもしれない。どちらにしても気が済んだ俺は立ち上がって向こう側に聳え立つ魔王城を一瞥する。
「……行ってくる。」
あそこにはもう天馬がいる。早く追いつかないといけない。だから俺は脚を走らせて、まっすぐ目的地に向かう。




