85話「失歌姫オトカゼ」
「紹介するよ。」
その失歌姫と呼ばれていた者は俺たちがよく知る人物だった。このままでは死んでしまうっと俺の体が無理矢理にでも止めていた呼吸を再度始める。その瞬間、想像を絶するほどの恐怖と震えが立つほどの怒りで心が染まっていくのを感じた。
「彼女はオトカゼカナデ。僕の、お姫様だ。」
奏、音風奏。その人だった。嘘だ、靁が殺したはずだ、靁が殺してしまったはずだ、何が起きている。わからない、なんでいま目の前に音風奏がいるのか、なんでいま目の前にそれを平然だと思っている正治がいるのか。
「嘘。。。。」
「────なぜ、生きている。」
夏と靁もひどく驚いている。特に靁が驚いているってことは、本当に音風奏は死んでいるはず、なのにいま目の前にいるのはそれと瓜二つの存在。ただただ違うとすれば、それは肌が青白かったりそもそも人間的生気をまるで感じられないことだ。
「なぜ?簡単だ。僕は取引したのさ魔王と、それでね僕だけの花嫁、僕だけのお姫様。オトカゼさんは、僕だけのものにこうしてなったんだよ。」
「………うん。私は、ショウジくんが、好き。」
「ッ!、、」
操られているような、優しい声が聞こえた瞬間確信した。彼女は断じて音風奏じゃない。彼女は音風奏っていう側で弄ばれている何か、正治のための音風奏っていうことで成立した何か。だから、そこに彼女自身の意思なんてものはない。だからこんなのは、死体遊びにすぎないって事を。
「───音風奏の死体。それを使ったのかッ!!」
「うん────驚いたかい?驚いたよね。彼女は僕のために生まれ変わってくれたんだ、ね?」
「うん。。大好き。」
靁の言葉なんてものを尻目に二人はキスをし始める。その光景は今から戦う相手の前で行う誓い的なものだったと思う。でも俺はその光景にひどく恐怖と絶句した。そして咄嗟にこう出た。
「ふざけんなッ!!!」
俺の叫びに二人は目をゆっくりとずらし、俺の方を見る。そしてキスをやめた。
「正治、お前の言っていたことに、俺はすごい罪悪感を覚えた。あの時、音風奏を救えていたら、お前は苦しまずに済んだのかもしれないって……でも!!それは間違いだ!!!」
「……なんで?音風奏が蘇ったんだよ?」
「お前は、人として、魔族として生き物として、そして音風奏っていう人を、人に!!最低な結末を与えた!音風奏はお前の操り人形じゃない!お前のそれは音風奏の全てを冒涜する最低な行為だ!───だから、お前はこれ以上生きてちゃいけない!!お前のその、歪んだ生き方をここで潰す──ッ!!!」
俺は心の底にあった言葉を全て出した。確かに目の前の存在は音風奏だ、でもそんなのはただの偽りでしかない。幻想に浸りきってあまつさえ、本人の体で本人の望まない心を埋め込んで、そして、それを兵器のように思い通りの操り人形。もうそれは、生物として人格として間違った行いなんだと理解した。
「そっか、、───わかってくれないのか。でもいいよ、元々そういうことも考えてなかったわけだし。ごめんね、彼らを殺すことになって───。」
「いいよ、貴方が望むままに。私を好きにして、」
「ありがとう。オトカゼカナデ。君が見ていてくれたら、僕は何人だって殺す。」




