81話「失歌姫」
トーマスが前線にて戦死した事実は俺たちの行動を大きく変えることになった。人魔戦線が崩壊し、魔族が一斉に人間領を攻撃開始した。俺たちはその応戦に直ちに前線に向かっていた。
「まさか、ウマより早く走れる日が来るなんてな!」
「天馬。カテナに聖騎士を任せたが大丈夫そうなんだよな?」
「安心しなさい靁。洗脳は解かれてるし、それに私たちより彼らはカテナに従うわ。カテナの方も聖騎士達を派遣して国に人を集めているみたいだし!」
靁の質問に俺ではなく、夏が答える。
洗脳が解けた聖騎士はひとまずカテナに預けることにした。王を直接的に殺した俺たちよりカテナの言うことの方が聞くだろうと判断したからだ。それにしても今の状況は壊滅的だ。
指揮系統を殺した瞬間、トーマスの方も戦死。まるで全てが魔族の手のひらの上みたいな嫌な感覚がずっとついて回っている。でも今はそんなことよりも。
「夏、靁!押し返すぞ!魔族を絶対に城に近づけさせるな!」
「わかった…!」
「任せておきなさい!」
目の前から飛んでくる魔族達。俺たちの上を通り過ぎようとしたところで一斉に急降下、俺たちを殺しにかかる。だがすでに下級魔族なんて敵じゃない俺たちは数だけが多い有象無象を片っ端から倒していく。技の範囲も、魔術の範囲も桁違いに強くなった今の俺たちからしたら、なんの苦にもなっていなかった。
「天馬、上級が多いわよ!」
「じょーとーッ!」
「勇者共、ここは────っ」
[ジュギィン!!]
「ここは、なんだって…!」
下級が使い物にならないと感じた上級は自ら姿を現す。そして何か行動を起こそうとするが、そんな隙や暇さえ与えずに俺は一瞬にして空中を蹴って近づいて一網打尽にする。
[ドドドドドドッ!!!!]
夏の魔術攻撃によって大地が火の海になる。魔族の大半はこの攻撃で片付き、上級魔族を含めた下級魔族達は恐怖しながら撤退の号令を出した、
「逃げろ!!撤退だ!魔族領まで戻るんだ!そうすれば失歌姫が助けてくれる!」
「……っ!靁、殺して良い!!」
「了解した!」
撤退の速度が速い魔族達をこの中で一番速い靁に追わせて殺しに行かせる。その後に俺たちも続いていく。
(失歌姫…?聞き覚えがない。だが只者じゃないのは確かなはずだ。もしかして、トーマスを殺したやつだったりするのか?)
「天馬、私は魔術で他に攻めてくる方面を全てカバーするわ!」
「できるか!?」
「任せておきなさい!ただ、あんた達は行ってね!靁から目を離すんじゃないわよ!」
「あぁッ!!」
夏と別行動をして、ひたすらに殺し尽くしに向かっていく。靁と逃げる魔族達の後を追った。魔族全体の強さはそこまで変わってないように感じるのに、逃げ足は早い。
(もしかして、強くなっているだけで、向こうも強化されているのか?くそ、)
カテナが国を支えてくれてるといっても長く持つわけじゃない。そもそも戦争なんて長く続けば続くほど国自体が貧しくなる一方だ。ってことになると、今ここで攻めて、魔王城まで行って一気に終わらせるしか方法はない。
(今度こそ、この戦争を終わらせて──っ!)
[─────〜〜〜〜〜っ]
耳鳴りが起こって思わず足を止めた。頭の中を内側からガンガンと叩かれる感覚。耳鳴りじゃない、何かの法則性がある本来心地いいはずのメロディ、いや、歌声のようなものが聞こえてくる。ただそれは綺麗ではあってもなにか嫌でダメなものってのはわかった。
「靁!一旦止まっ──!」
[ズドォンッ!!]
「靁っ!!」
靁が墜落して地面と正面衝突した。砂煙が晴れてその体が少しづつ見えてきたが、全身から血が吹き出している。魔族であってもそれは痛々しい他ならない。
「く、、、ぐ。」
靁が両耳を押さえながら体を持ち上げる。やっぱり靁にも聞こえているのか、このなにか攻撃的な歌声が。
「靁!」
「っ!!」
靁は自身の影を使ってその場から離脱して、俺のところまで転がり込む。ただそれで力を使い果たしてしまったのか、俺へと寄りかかる。
「おい!大丈夫か。」
「………っ、油断した。鼓膜を持ってかれた。──見ろ。」
靁が指差した先には魔族の死骸の山が転がっていた。何も体全身から血を吹き出して死んでいる。
「敵味方への無差別攻撃。」
「あぁ。そして、見えた───この、歌声は。。。」
「靁。靁!……ここは、撤退するしかないよなっ!」
俺は靁を抱えてその歌声が聞こえなくなるところまで撤退した。撤退する最中その歌声は俺の頭の中で何度も反響していた、そして同時にあの上級魔族が言っていた言葉を思い出す。
「失歌姫。。あれが、あの歌声がそうなのか……。」




