71話「人の苦境」
勇者の神殿をなんとか脱出できた俺たちは人間領のとある洞窟にいた。勇者の神殿を出るときに使った扉と同じ扉がそこにはあって、多分ここと繋がっていたんだと思う。
そのあと、俺たちは情報収集と本格的に魔王を倒すための計画を立てるためにしばらく身を潜めながら人間領で過ごすことにした。
どこに行っても聖騎士達が闊歩する光景は、平和というよりかは圧政を敷かれた植民地のような息苦しさがあった。
聖騎士は名前に恥じない高潔な精神を持つと想像しがちだが、その実命令に忠実なロボットみたいな性格をしているやつが多い。そして王様を批判する奴は魔族であっても人であって違いなく斬り殺す。
(…………。)
人間領には笑顔が溢れてなかった。みんながみんな、ある意味怯えながら生きている。以前まで行われていた国からの食糧提供も今では無くなって、苦しい生活を強いられている。
平和なんてものとは程遠かった。
「天馬、そろそろ戻った方がいいわよ。」
「……わかった。」
夏の呼びかけで俺はみんなの元に戻った。背後に広がる閑散とした街の風景に罪悪感を感じながら。
「帰ったわよ。」
「お帰りなさい、勇者様。」
「カテナ、靁の様子は?」
「はい。体は完全に回復できたそうなのですが、まだ本調子ではないとのことです。」
「……そうだよな。なんせ頭と心臓と脊髄だけだったのに、たった数日で外面は問題ないくらい回復してたし。」
その過程を今でも思い出すことができる。最近じゃ口数はすごい減って本気で回復だけに力を使っている様子だった。
「眠ってることは多い?」
「はい。やはり消耗するからでしょうか?」
「そうね。魔族がどんな身体構造しているかわからないけど、私たち勇者も高速治癒を使った後は相当消耗するわ。靁の場合、体丸ごとだから負担は相当でしょうね。」
「それに、大魔族だと良い魔術だろうが、悪い魔術だろうが、問答無用で無効化される。こればっかりは靁の素の回復力に頼るしかない。」
戦闘している間だと、攻撃魔術が効かないことはいいとか思ってたけど回復魔術とかも無効化されるんじゃ、全然意味が違ってくる。本当に大変になってしまったなって思ってしまう。
「それで、天馬。これいつまでやるつもり。」
「………いや、もう十分だ。倒すべき敵は見つかった。」
俺は心の中で決心した。ここ人間領でわざわざ身を隠していたのも、全てはこの国の王、王様を殺すか殺さないかを確かめるためだった。王様は確かに俺たちによくしてくれた、けど今の王様の政治は人々を苦しめるだけ苦しめて自分の好きなようにしているだけだ。そんなのは王様じゃない。ただの暴君だ。
本当の平和を望むなら、魔王よりも先に倒すべき相手がいる。ただ、これには問題が一つだけある。
「カテナ。」
「………。」
俺の言葉にカテナは俯いた。そりゃそうだよな。今から俺がいうことはは王様、つまりカテナの実の父親を殺すことなんだから。
本人からすればいかにひどい人間でも血のつながった親だ。相当覚悟が必要なはずだ。
「………大丈夫です、勇者様。どうか、あの横暴なる父を倒してください。」
「カテナ。」
カテナは決意を言葉に変えて俺に言った。ただのその心はまだ迷っているようにも聞こえた。
「いいのか、本当に。お母さんはとっくに死んで、後はあの王様だけなんだろ?」
「……はい。ですが私はもう決めていました。城を出た時も、苦しんでいる人たちを見た時も、勇者様について行っていろんな光景を見た時も、私は───、私の中ではそのときにもう決意は固まっていました。私は、本当に自分がすべきだと思ったことをしようと思います!」
「……わかった。」
俺の見当違いだったみたいだ。カテナはとっくのとうの決意を決めていた。なら、これ以上俺からいう言葉はない。
「よし、王様を倒そう。もうここの人たちをこれ以上苦しませないために───。」




