70話「旧友を忘れず」
神殿を象っていた岩岩が雨のように降り頻る中俺たちは、息を切らしながらクリンタルの案内の元出口へと向かっていた。魔王がこの勇者の神殿なら攻撃を仕掛けてきた、コピーですら靁を犠牲にしなければ勝てなかった戦いに本体に勝てる見込みなんてないってわかった俺たちはクリンタルに従ってひたすら逃げの一手を受け入れた。
「こんなこともあろうかと、別の出口を用意してある。ただ、どこに出るかはわからない。そこだけは気をつけろ。」
「わかった、靁ついて──」
後ろを振り返ると靁は、その見た目に反した身のこなしで崩れた床なんてものともしないでしっかりとついてきていた。
「きているな、よし!」
「カテナ、私に捕まって!貴方はただの人間なんだから!」
「はい、お願いします!!」
全員なんとかついてきている。ただ先の光景は今まで通った道よりも険しい。整っていた神殿はどんどんと崩れていっている。そのうちどこかで押しつぶされてもおかしくないほどに。
「………。」
「クリンタル?」
「天馬、よく聞け。私が合図をしたらまっすぐの道を進み続けろ。けっして、後ろを振り返るんじゃないぞ。」
「クリンタル……何をする気だよ!」
「……なに、すこし役目を果たそうと思っただけだ。」
クリンタルは地面へと潜っていった。一方揺れはひどくなるばかりでまたもや地面に体が跪こうとする。そしてそんな隙を流さないが如く上から神殿の大岩がカテナの元に降り注ぐ。
「────カテナ!!」
夏が叫んだ。俺は剣を引き抜き急いでカテナのところに落ちる岩を一刀両断する。幸い、作りはそこまで頑丈じゃなかったおかげかあっさり切れ砕け散った。
「大丈夫か?!」
「大丈夫です!」
大きな揺れがまた響いて、膝をつく。剣を地面に突き立てて体を起こそうとすると。
[グォォゥグググ!]
神殿全体が動き始めた。目前の落石だらけの道がどんどんの元の神殿の形に修復されていっている。どんな不思議か、どんなふうにやっているか全然わかんないけど、これがクリンタルの合図だってことは理解した。
「みんな走れッ!!!」
俺の号令に、みんな立ち上がってからすぐに全力疾走を開始する。クリンタルがいくら持ち堪えさせてくれているとは言っても、上からふる岩の数はまだ多い。一瞬整っていた地面も次の瞬間には大きな渓谷を形成していた。互いに協力し合いながら、目の前の扉に向かってひたすらに走り続ける。
「後少しだ!!」
大きな地割れが最後の障害となって俺たちに立ち塞がる。ただここで半年も鍛えられた俺ならこのくらいなんともなく、足に力を入れた大ジャンプでなんとか扉のところに辿り着いた。
「っ!二人とも!!」
「……カテナ、捕まって!」
「はい!!」
カテナを抱えた夏が大ジャンプをする。本来なら一歩届かないところを得意な魔法を奈落に撃つことによって体をもう一回反発させる。そして、伸ばして待っていた俺の手をしっかりと掴む。
「よし!!」
「あ、危なかったです!」
「靁!!」
靁は何も言わずに、ただただ軽快に道を走っていた。ただ脚だけであるからかその体はとても動きにくそうだった。そして夏と同じ、場所に立って大きくジャンプをすると、
「───ぁっ!!!」
靁はその体の半分を覆つくしている。巨大な球体によって重量が高くなっていた。目も見えていないってことで、必死に触手によって俺の場所を探ろうとしていたが、間も無く助からない場所まで落ちていく。
「靁─────!!!」
靁は落ちていっていると理解したのか、自分の球体から一つの塊を放出した。動体視力が前よりも良くなった俺はそれが靁の脳みそと心臓、そしてそれを繋いでいる脊髄だってことがわかった。その物体は一瞬のうちに影によって取り込まれて、さっきの球体型に変わった。
落ちていく本体より少し高く上がることができたその球体を俺はなんとか掴み、上へと持ち上げる。
「キャッチ!!!」
「靁、アンタまた酷くなったわね……!」
「ユキシマ様!」
俺が持ち上げまた球体に、夏とカテナは安堵してくれた。あとは
「クリンタル!!お前も!」
言葉は返ってこない。まるで聞いているのにそこにはいないみたいに静かで、聞こえてくる音はもうすぐここが終わるってことをだけを伝えてくる。
「クリンタル!!」
『私はここまでだ。』
「は……?何言って!」
『魔王がすぐそこまできている。誰かがここで止めなければ。それに、あれは私が生み出したものだ。私がやらねば。』
「そんなのどうだっていい!お前はもう何にも縛られずに生きていいんだ!だから、俺たちと一緒に!!」
[グドォォォォ!!!]
「天馬、限界よ!!」
『行け!勇者達よ、私の屍を超えて、平和を勝ち取れ!!』
「───。……ッ!!!」
クリンタルのその言葉に振り返らず俺は真っ直ぐ、仲間達が手招きする場所へと無我夢中で走っていった。そして光あふれる扉を潜ろうとした時。
『天馬。私に、そう言ってくれて、ありがとう……!』
「────っクリンタルーーーー!!!」
後ろに手を伸ばす前に体が扉に吸い込まれた。最後に俺の目に映ったのはクリンタルの半透明な後ろ姿、表情なんてそこから読み取れるはずなんてないけど、俺は彼女が、クリンタルが、最後に嬉しそうに笑っている気がした。
<──|||──>
「最後の挨拶は、すませたか?」
「……ふ、意外だな。お前が空気を読めるやつだったとは。」
「読める?それこそおかしな話だ。私は待ってやったのだ。」
「かつての仲間への温情か?」
「いいや、魔王としてだ。」
崩壊寸前の勇者の神殿内には、無数の剣が突き刺さっている。どれも錆びて朽ち果ててはいるが私がただの一振りにてかざせばそれは特殊な神聖をまとった剣へと生まれ変わる。ここに長い間止まっていた影響で、私自身ただの悪霊から随分と変わった、それこそこの世の者ではないものに生まれ変わっている。目の前の存在してはいけない絶対悪と同じく。
「正直、お前とどういった話をすればいいのか、わからんよ。」
「話をする必要はない。クリンタル、お前はそこを譲り、扉を開き私の手伝いをすればいい。そうすれば痛みを感じる暇なく殺してやる。」
「随分小物のようなセリフを吐くのだな。」
「どちらが小物か、お前のようにただ逃げることしかしなかった愚か者が。私は貴様と違って、自らの力だけでここまできた。全てを壊し、作り替え、この無限に続く不条理を今度こそ終わらせる。神を撃ち殺すのだ。」
「…………神を撃ち殺す、か。ふふ、あっははははははは!!」
私はその言葉に気づかされた。魔王の言葉に気付かされるなんて、夢にも思っていなかったがその神という人一単語だけで今抱えている悩みも、最後に心残りだった彼らの運命も、もう振り返らずに済むようになった。
「なにがおかしい。」
「気づいたのだ……神の正体を。」
それはあまりに自然で、なぜこんなことになっているのか、今のいままで気がつく事のなかった事実。きっとこいつも同じ疑問を抱えていると思う。だが、その頭では決して辿り付かない。この結末に辿り着くことができるのは、憎しみでは到底無理だ。たどり着けるのはただひとつ。最後の最後まで無抵抗な慈愛のように、誰かを信じ続ける心なのだから
「なに。。」
「まぁお前には決して理解できないだろう。憎しみに染まり切ったその心ではな。」
「…………私が答えにたどり着けなかったのは非常に残念だ。だが、答えは私が見つけなくとも、私のもとにやってくるものだ。クリンタル。」
「──そうだな。」
悍ましい覇気を飛ばす魔王。空間全体が暗黒に包まれ、霊体である私ですら精神に負荷がかかる感じを覚える。間違いなく大昔に戦った時と比べて確実に進化している。おそらく手順を一つでも間違えれば私は一瞬で殺されるだろう。ただ同時に今の言葉で私を生かさざる負えなくなっただろう。そのチャンスをどこまでものにできるかが勝負だ。
「………ふ。」
目の前に突き刺さる剣を引き抜き投げ、魔王の元に転がす。
「なんの真似だ?」
「なんの真似もどうも、お前は元は剣の勇者だろう?剣で戦わないのか?」
「くだらない挑発だな。」
「怒っているのか?昔のお前であるのなら、私の言葉に乗り気で答えてくれたというのにな。」
「…………。」
魔王は黙ったまま、転がされた剣を拾いそして力を込めそれを一回砕いた後、悍ましいまでの蠢く泥をありったけ纏わせ、邪険へと生まれ変わらせた。
「これで、最後だ。」
「あぁ、これが最後だ。」
動き始めるのは一瞬、互いの間合いは遠すぎるといったらそれまで。ただ相対する私と奴の動きは全く同じ、ゆっくりと中心を決めその周りを何もかも反対に動く、私がやつに追いつくこともなく、奴が私に追いつくことはない。
これは真理である。
「魔王、お前を殺すのは私ではない。だが、しばらくの間……この亡霊に付き合ってもらうぞ───ッ!!」




