58話「たとえ道がなくても」
「正治………っ!」
その姿は人のものじゃなかった。赤い眼光は魔族の象徴、内村正治ももうすでに人間であることをやめたと言うことだ。それは復讐、多分靁に対しての復讐。
目の奥にある、靁と似ているようで非なる意思が言葉ではなくそこしれない圧で感じる。
「………久しぶりだね。雨宮夏、久しぶりだね。王女カテナ、」
「………私たちを殺しにきたの?」
「うん。それが魔王の命令だからね。」
正治は敵になった。受け入れ難いことだけど、受け入れるしかない。私は杖を力強く握って身構える。
「ちなみにだ。俺たちもいる、今日のメインはこいつだけどよ、別に俺たちが戦わねぇなんて筋合いはどこにもない。」
「逆に、あの大魔族にはこのくらいの戦力がないと意味がありませんので。」
(はなから、私は眼中にないってことか……っ。)
「なんだ、パルワルドお前も死鎌と戦いてぇのかぁ?意外だな!」
「貴方のような後先考えない感性と一緒にしないでください。私は将来的な脅威になるから排除に賛成なだけです。」
「っち!」
仲は悪いようだけど、逃がしてくれる雰囲気はない。それこそ私が少しでも動けば殺しにくる、確実に。でも私は多分全力を持ってもこいつらの足止めくらいしかできない。確実に、死ぬ。なら───。
「王女様、これ持って。」
「──ぇ、ナリタ様を……」
「こいつと一緒に今すぐここから逃げて。私がなんとか時間を稼ぐから。」
「ま、待ってください!私も残って!!」
「ダメよ。天馬をここから逃すためには、誰かが運んであげないといけない。それに、貴方より私の方が足止めできるでしょ……。」
「そ、それでも!」
「───私はダメだったけど、貴方なら天馬をまた立ち直らせられるかもしれないし、靁が昔から言ってた。一回やったことをもう一回やるんじゃなくて、一回もやってないことをやってみろって。だから、ここは私が残るから早く行きなさい、勇者の意地に変えても絶対逃がしてあげるから。」
あぁ、怖い。あぁ、やだ。天馬と離れるのが怖い。いつも一緒だったアンタにいっぱい救われていたのに、私はアンタのためにアンタから離れないといけない。どうしてこうなったのかな、できればアンタのそばにもっといたい、もっと隣でアンタのことを見ていたい。
(私は何を言っているんだろう。)
そんなに天馬と離れたくないなら王女様を盾にして逃げればいいのに。なんでそうしないんだろう。
(決まってるわ。。天馬だったらそうしないからよ。)
たとえ勇者で仮面を作っていたとしても、アイツは誰かが困っていたり誰かを助けるためだったら昔から自分の傷なんて気にしないやつだった。そんなアイツの姿がいつも輝いて見えて、強くなろうって思って、思って思って、思って思って思って。
(でも、一番大切なのは心。心がないと私はここまで歩いてこなかった。そしてそれをくれたのは紛れもない天馬、アンタよ。)
だから、これは恩返し。死ぬのは怖くて、痛みも怖くて、今から始まること全てが怖い。でもやってみせる!だって私は
(アンタに希望をもらった雨宮夏だから……!)
「行って───お別れの言葉なんて必要ないわ。絶対また会うから……!」
「っ!!ごめんなさい!!」
王女様は天馬をぐるぐる巻きにした布を細い腕で必死に抱えてその場から走り出した。それを追撃しようとする魔族将軍が一人、すぐに魔術を展開して二人に向けられる攻撃を相殺しようとする。
「待てよ。」
「バークーサー……?なにを!」
「俺が戦うのは戦士って決まってる。戦えもしねぇやつを逃すのは当たり前だ。俺の目の前でそれが起こってんならなおさらだ。」
「命令をお忘れですか?」
「うるせぇ!これは俺の問題だ。アイツは覚悟を決めた、決死の覚悟だこれからめちゃくちゃ楽しくなるぞ、死なねぇように気をつけやがれ、パルワルドッ!!」
「────アースブレイカーッ!!」
バークーサーが話してくれたおかげで完全詠唱の時間が稼げた。敵ながら感謝するなんて夢にも思わなかったけど。あぁ、死に行くなら納得か。私は王女様にあんなこと言っちゃったけど、結局自分の運命なんか自分が一番知っている。
(靁もこうだったのよね、きっと───。)
でも、それでおアイツは前に進んでいる。なら私も、せめてカッコつけないといけない。天馬が最後にバカにできないくらいカッコつけないと。
「──プロヴィデンス・ブレインド………!」
勇者の力を解放して、体全身に神聖が宿る。でもそれでも気分は全く明るくならない、私は死の気配は一向に消えない。でもやれる限りはやる、そう決めたから私は足を動かして一歩踏み出す。
「───かかってきなさい。勇者、雨宮夏が直々に相手をしてあげる!!」
<──|||──>
体が揺れて、また恐怖から遠ざかった。でも寂しくなった。
(、、、なんで、俺は悲しくなっているんだろう。)
今日も戦わなかった。
今日も戦わずに済んだ。
今日も傷付かなかった。
今日も平和だった。
今日も生き残れた。
今日も───誰も、傷付かなかった。
(……。………。…………。……………。………………。…………………。……………………。………………………。…………………………。)
何もしたくない。何もやりたくない、何も、何も、何も。何もだ。俺はもう生きたくすらない。勇者として生きて、人(魔族)を殺して、魔族(人)を殺して、人(魔族)を殺して、殺して、殺して殺して殺して、殺し尽くして。
最後に会ったのは虚無だった。──求められて戦ったのに、最後は捨てられた。こんな俺には何も残っていない。勇者ない俺には何にも残っていない。だって夏も靁も勇者の俺の方が良いに決まっている。そうであるのに決まっている。
だからいつか戻ってくるって思って、俺に無理やり食事をさせたり、殺させないようにしていた。
なんで俺の好きにさせてくれないんだ。俺はもう限界で、限界で、限界で、限界で、限界なのに!
なんで、なんでそうまでして俺を生かそうとするんだ!!
(─────、友達だからだ。)
「…………………………………………ぇ。」
何かが俺の頭にポツンと降った気がした。今のは幻聴だ。俺の体は揺れていて遠くで起こる戦いの音、草むらを駆けるカテナの足音、それしか聞こえない。でも──確かにその答えは聞こえた。
「───────────。」
止まった歯車が少し動いた感じがした。俺は考えることを始めた。
アイツらがもし勇者じゃなくて、成田天馬だから俺を生かしていたのなら?
(─────、友達だから。)
友達だとして、俺は何もできないはず。なのになんで生かす?
(─────、友達だから。)
友達だからといって、必ず回復することなんてない。なのになんで生かす?
(─────、友達だから。)
意味がない。意味がない。意味がない。見返りなんてない、なのになぜ生かすんだ?
(─────、)
やっぱり、わからない。
(─────、自分のため。自分のためだったら?)
「─。──。───。────。─────。──────。───────。─────────。──────────。」
自分のため、自分は今何もしたくない?いや、何もしたくないわけではない?
(そうだ、何もしたくないわけじゃない。俺は、心の底に何を望んでいた?)
俺は、俺は、、俺は、、、俺は、、、、俺は、、、、俺は、、、、、俺は、、、、、、、俺は、、、、、、、俺は、、、、、、、、俺は、、、、、、、、、俺は、、、、、、、、、、!
(誰かを、ずっと──助けたい。そう思っていた。)
それは、それだけは今も変わらない。嫌いになっても逃げたくなっても、俺は誰かを助けたい。いろんなところに行って、いろんなものに触れて、生まれ変わっても、記憶がなくなっても、理性がなくなってもきっと、いや絶対──ずっと誰かを助けたい。友達じゃなくても、知らない垢の他人でも、敵であっても、味方であっても、助けたい。
(助けたい。助けたい!助けたい!!)
勇者だから、成田天馬に相応しくないとか、イメージじゃないとか、そんなの関係ない、たとえ助けようとする奴に嫌われても、たとえ助けを求めていなくても、俺はそいつを助けたい。目の前で助けられるなら助けたい!
「………あぁ、そうだ。俺は────ずっと、誰かを助ける。人になりたかったんだ。」
「ナリタ様……………っ」
「なら、やることなんて最初から決まってるよな………!」




