57話「平和の終幕」
「〜!〜〜!!ーーーー〜ッ!!」
うるさい。私は外から聞こえる大きな声で目を覚ました。確か昨日は荷造りして村の人たちに挨拶して、それで早く寝たはず。でも今は夜はず。なのになんでこんなに騒がしいの?
目をこすりながら外から射す。明るい光が気になって私はカーテンを開けた。その瞬間私の目は一気に覚めた。
「え───。」
窓から見えるのどかな村の風景はそこになかった。あるのはただの大炎上。村は火の海になっていた。そしてそんな火の中を闊歩する聖騎士の姿。間違いない、あの日私たちを人魔戦線で襲ったトーマスの聖騎士たちが村の人たちを、罪のない人たちを追い回して虐殺していた。
「な、にこれ………。」
自分はまだ夢の中にいる。これは悪い夢だ。そうに違いない、でも防音魔術の隙間から聞こえてくる火の音も悲鳴も私の耳にはハッキリ聞こえていた。夢なんかじゃない、本物の恐怖。
「アマミヤ様!!」
扉を開けて。王女様が入ってくる。顔は険しくて頬は汚れている。息は切れてるし、目尻には小粒の涙を浮かべている。声は涙声に差し掛かってる。だから──私は、飛び出した。
王女様の言葉を聞くよりも早く、体に力を入れて神兵武装を着用する。そして隣の部屋まで駆け込んで私は大きな声で名前を呼んだ。
「天馬!!」
「…………ぁ、ゥ、ァァ。っ」
布団に身を包んだ天馬は震えていた。おおよそ人には出せないような呻き声に近い声を出しながら。怖いんだ、戦うのが、戦いの音が、戦いの兆しが。その心はまだ、癒えていないってわかった。だから、
「ごめん、天馬……!」
私は魔術を使って布団にくるまっている天馬を縄でぐるぐる巻きにする。そこにちょうど王女様がわけがわからないような顔をしてここに来た。
「アマミヤ様!ナリタ様は!」
「連れて行くわ──!ゆっくり話している時間はないっ!貴方は荷物を持って、話は道中で聞く!すぐにここから脱出するわよ!」
「──はいッ!」
天馬を片腕で担いで、階段を降りて行く。外の火の明るさがのどかな雰囲気の始まりである宿屋の一階をひどく照らしていた。私はマーズのことを思い出して一旦立ち止まってしまった。
「アマミヤ様!心配ありません、ライ様が逃げる時間を稼いでくれています!」
「───そうね、ごめんなさい!行くわよ!!」
王女様の言葉には希望が詰まっているようだった。でも私はなんとなく察しがついている。いくら靁でも万能じゃない。火が村全体を焼いているのだとするのなら。
(逃げれない人だって──……ッ!)
後悔の気持ちを振り切って、私は燃え盛る煉獄の中を突っ切る。ここじゃないどこか、ここじゃないどこかに逃げれば私たちはまだ生きている。たとえコイツ一人になっても。
「つい先ほどあの聖騎士達が現れたのです!理由はもちろん勇者様方を捕えることでした、ですが村の人達は知らず、名前を出されてもそんなはずじゃないとっ、それで──!」
「皆殺し。っ何にも考えてないわけ!戦いに勝つためだったらッ!!」
「──彼らは国王の命令には絶対服従の聖騎士隊、聖騎士団長のポルネスは揺るぎない忠誠心を持っています!それこそ、支えるためならなんでもするような人です!ライ様が時間を稼ぐと言って、戦っていますが……長くは持たせられないとっ!!」
(トーマス以外にも大物がいるってこと……っ。靁が押されるほどなら、私にできるのはせいぜい足止めくらい!!)
「止まって!」
足音を聞き取って私は朽ちた民家の影に身を隠す。そして逃げる村人達とそれを追う聖騎士達を見た。
「皆殺しだ!偉大なる我らの王に逆らった、反逆者を皆殺しにしろ!!」
「ああああ゛ッ!?!!!」
「助けて──助けて──助けてぇぇぇええええっ!!!」
男も女も全員皆殺し、転んで足が止まった人。恐怖で足が止まった人。絶望で足が止まった人。みんなみんな、恐ろしいほど迷いのない白い剣で突き刺された。
「………っこんなの、……こんなのッ!!」
「ダメ───今飛び出したら。無駄になるッ」
「………私は──、王族、なのにッなんで、なんで殺されるところを…!なんで死ななきゃいけないの、罪のない人たちは!!」
王女様の今にも飛び出そうとする体を腕で抑制する。私も、彼女と同じ気持ちだ今飛び出してあの盲信者どもに報いを受けさせたらきっと、どれだけ嬉しいんだろう。
でも、違う。今はそんなこと、できない。コイツのためにも靁のためにも!
「っ行くわよ───ッ!!」
私たちは聖騎士達が他所へ行ったことを確認するとまた走り出した。走っている間は無我夢中で何も考えられなかった。でも一つ、一つだけ、考える余裕があってその時、私はこう思った。
(……靁、あんたはこれを見ても──もう、何も感じないの……?……!)
何も感じることができない。今のアイツには無差別的な殺意だけがあって、嬉しい顔も悲しい顔も、怒っている顔も、全部私たちに合わせてくれていることくらい、なんとなくわかる。昔から不器用なアンタが何かを演じるなんてこと、一番苦手なの、私たちがよくわかっていたから!
(だから、だから──それが悔しい!)
アイツだけ辛い思いをしているなんて、悔しすぎる。だから、もし今の強くない私でもできることがあったら、アイツが望む天馬を取り戻すためだったら今は、今はなんだってやってやる!大切な友達をほっといていけるほど、私は弱くない!!
「見つけたぞ!!勇者だ!!!」
「っ──しまった!」
私たちは聖騎士に見つかった。すぐ別の方へと逃げようとするもそこにも聖騎士がいた。火の音と金属が揺れる音がやけに目立って聞こえていた。激戦の兆しはない。つまり、
(靁……っ!)
「包囲しろ、相手は勇者だ!」
聖騎士達は私たちを一気に包囲した。四方を固められただけじゃなくて、屋根の上にも聖騎士達は陣取っている。完全な八方塞がり。
「ご苦労です。みなさま。」
甲冑をかぶっていない一人の金髪の美男性が姿を現した。綺麗な顔立ち、優しい声。私がこの世界に来て最も警戒するタイプの人だった。
「聖騎士団長──ポルネスっ!」
「ご紹介預かり光栄です。カテナ様。本日はお日柄もよく、大変お暑い日でございますね。」
礼儀正しく挨拶する姿は、もし背後に煉獄が広がっていなかったらそのうちに秘める最低最悪な心を見抜けなかった。でも、私は知っているコイツが村の人たちをただの忠誠心で皆殺しにした人だと、そして私はそんな人を聖騎士だなんて思わない……!
「ポルネス、貴方がこんな人だとは思っても見ませんでした──ッ!恥を知りなさい!!」
「恥?何をおっしゃっているか理解できません。」
「なん、────っ!」
「おお、さては!!勇者に悪い魔術でもかけられて錯乱していらっしゃるのですね!えぇ!!そうに違いありません!下賎な勇者が行う実に高踏的な手でしょう!!なんと嘆かわしいッ!!」
「ポルネス──っ、貴方何を言って!!」
まずい雰囲気が漂ってきたことを察して。私は布団でくるんだ天馬を背負い直す。
「みなさま、騙されてはいけませんっ!!あれも全ては大罪人たる勇者が言わせている戯言、我らが王女に相応しくないお言葉を並べているのです、あぁ嘆かわしい!嘆かわしい!!我々は我らが姫を救わなくてはなりません!聖騎士達!姫の確保を、私はあの勇者をこの手で処刑させて見せます………!!!」
「───っ!!」
魔術を展開してすぐに攻撃体制に入ろうとする、でも聖騎士団長ポルネスが私に向かってまっすぐ剣を構えてやってくる。速いっ!それは勇者の動きにも匹敵するほどの速さ、天馬と戦った時にも、魔族と戦っている時にもこんな速さは感じたことはなかった。
「はぁ───ァ!!!」
剣先が首元を掠める。次に飛んでくる連撃を懐刀の細剣でかろうじて受け止めて、流す。同時に今まで以上に頭をフル回転させて魔術を練っていく。
「──ブリザードランサーッ!!!」
「ふ───ッ!!」
ポルネスの剣は鋭かった。ブリザードランサーと剣が正面衝突した時、まるで魔術の綻びを見つけたように、氷の槍は一瞬にして砕け散った。
(魔術を───技量で打ち消したッ!?)
「───この程度では相手にもなりませんッ!!大人しくやられるのです!!」
「……っ!───誰がアンタなんかにッ!!!」
魔術を次々と展開するも、回避と反撃の使い分けによって距離を詰められながら戦うことになる。おかしい、私が知っている中でこんなに強い人間の人は国にはいなかったはずっ!!
「ふふっ、私の真の力に恐れ慄いているようですね!」
「何が───ッ!」
ライトニングレイを発動し、上空から無数の雷の矢を降らせる、でもその合間を縫うような動きでポルネスは接近する。
「ポルネス様!姫様を保護しました!」
「王女様!?」
「───アマミヤ様、私はいいです!早く!!」
王女様は聖騎士に捕まって、私に逃げろと叫ぶ。もちろんそうしたい、でもこのポルネスの動きがあまりに早くて、逃げる隙間、反撃の隙が全然ない!
[パギィィィ──ッ!!]
「お覚悟ッ!!!」
「……っ!」
牽制用として酷使しすぎた細剣がここで折れた。鋭い剣撃がすぐさま次の攻撃を繰り出す、狙うは私の首。周りの熱を切り裂くような氷のように冷たい剣先が私の喉に触れようとしていた。
「!!!」
[ドォゴゴォォォォーーン!!!]
空から見覚えのある人影が姿を現して、私とポルネスの間を切り裂き、現れた。
「……っ靁!!」
「───悪い…ッ!待たせ──た!」
カタコトながらそう言う靁の体はすでにボロボロだった。右腕はそこには無く、体全身がすでに何度も何度も剣によって突き刺された後、その傷をゆっくりと再生している状態だった。
「また貴方ですか!往生際が悪いですよっ!」
「……この程度で俺を殺せると思うな。俺を殺せるのは──オリジナルだけだッ!」
靁はそう叫び、影を巧みに操って王女様を捕らえていた聖騎士を一撃で葬り、彼女を影で引っ張り救助した。
「─────我らが模造品だ…と!貴方にはどうやら徹底的な教育の後、不様に死ぬことが相応しいようですねッ!!」
靁とポルネスが互いに戦い始める。私の時と違って怒りをうちに秘めたポルネスの戦い方は荒々しくなりつつも、確かに動き全体が洗練されていた。
「夏───行けッ!!」
「!!」
私は呆然としている王女様の手を引っ張って、その場からまた走り始めた。道中行手を塞ぐ聖騎士は靁の影によって倒され、私たちはその場からなんとか逃げることができた。
聖騎士は追ってきているけど、私たちの速度的に追いつかれることはない。このままただただ走り続けて、振り切れれば問題なかった。
「────、うそでしょ……。」
背後の煉獄の明かりが目の前の丘の頂上を照らした。三つの人影が私と王女様を見下ろしている、魔族の象徴である赤い眼光が。
初めて見る魔族将軍、近衛魔将バークーサー、そしてとても見覚えがあった人影が一つ。
「………ウチムラ様──っ、」




