56話「嵐の前の静けさ」
この村で過ごし始めて数十日が経った。私の体の傷は完全に癒えて、今じゃ靁と一緒に村の雑用とか困りごと解決をしている。こういうことをしていると、メイビェにいた頃を思い出す。でもあの時と違って、ここの人たちは勇者だから私たちを頼るんじゃなくて、ただ都会から来ただけのすごい人として頼ってくれる。
(似ているようだけど、全然違う。肩にのしかかる重圧も、何もかも。)
「ナツお姉ちゃーん!遊んでー!」
「はいはい!今行くわよ!」
この世界の子供とも遊べるくらいには仲良くなった。すっごく平和だ。まるで高校生の私に戻った時みたいに。
「ねぇ、今日はどんな遊びを教えてくれるのー!」
「そうね。今日はケイドロなんてどう?」
私はドロケイ派だったけど、あえてケイドロって言って子供達にルールを教えてその日は昼から夕方まで楽しんだ。小学校中学校高校ってどんどん学年が上がるごとに、こんな子供っぽい遊びも全然しなくなった。ただ周りの期待に応えたり、自分の夢を追いかけるために勉強に励んだり、ちょっと色々考えることが多くなったりで、ここ数ヶ月の間で一番自分の中で充実した期間だったと思う。
でも、それも突然終わった。
「夏。厄介なことになった。」
いつもみたいに村の手伝いをしている時に、急足の靁が私に話しかけてきた。事情を聞いた私は、息を呑んで。この平和な時がもう終わるんだって、そんな気がした。
「勇者様ぁ?何言ってんだアンタ、どこぞの貴族さんかどうかしらねーけどさ、ここにはそんな大層な人いねぇよ。」
「そ、そんなはずはありません!確かにここに勇者様が来た神聖の痕跡がっ!」
「しんせい?何が何だかさっぱりだ。んま、とにかく邪魔しないんなら好きに見て回ってもいいぜ。ここにはなんもねえけどな。」
「……ありがとう、ございます。」
民家の影から私たちは王女が村の中へ入っていく姿を見ていた。靁の言っていた通りこれはすごく厄介なことだ。
「どうする?」
「……方法は三つだ。一つ目は夜を狙って仕留める。」
「三つ目で。」
一つ目を聞いた私は残り二つの内容を理解した。二つ目はここから逃げる。そして三つ目はたぶん………
「………あまりいい策じゃないぞ。王様は俺たちを殺すとトーマスに命令していた、王女もその類かもしれない。それこそ、いい餌だ。」
「でも、天馬を助けられるかもしれない。そうじゃなきゃアンタ三つなんて言わないでしょ?」
「………相変わらず、揚げ足取りがうまいな。わかった。適当に誘い出して捕獲する。交渉と環境作りはお前に任せる。」
「私の部屋まで運んで、一応防音魔術を施してあるから。」
「了解───!」
靁はすぐに行動を始めた。私もできる限り道中で誰かに会わないように静かに宿屋に戻って、そして自分の部屋にたどり着いた。
「〜!〜〜!!」
「早くない?」
そこには椅子に括り付けられて目と口を塞がれた王女様とそれをただ黙って睨んでいた靁がいた。私もかなり急いで戻ったはずなのに靁の方が圧倒的に行動が早かった。なんか悔しい。
「大魔族だからな、基礎的な能力なら、お前達勇者にも引けを取らない。」
「便利ね。大魔族、」
冗談を軽くいうと靁は少し不敵に笑った。そして王女様の目と口を塞いでいた、布を外した。
「何をするつもりですか──貴方達──は!」
「久しぶりね。王女様。」
「勇者アマミヤ様!ご無事で何よりです!!っでもこの魔族は!!」
やっぱり、すぐに食いついた。そりゃ勇者の正反対の魔族がここにいれば誰だってびっくりする。でもやっぱりわかるものなのね見た目がいくら人間に似ていても、魔族だってことは。ちょっと残念。
「……アンタは知らないだろうけど、こいつも元勇者よ。」
「え?」
「勇者じゃない。」
「え………?」
「ややこしいから黙ってなさい靁。──つまりね、」
私は靁と私たちの関係、そして天馬が今どういう状況か、そして私たちが人魔戦線で何があったのかを王女様にご丁寧に教えてあげた。
「────そんなっ。お父様がそんなことを。」
「よっぽど世間知らずだったようね。」
「仕方ない。使えない勇者なんて広めておくだけ王様にとっては毒だからな、全く。」
「……ごめんなさい。お父様が、貴方に大変失礼なことを。」
「お前の謝罪一つで解決するんだったら、天馬も夏も命懸けじゃない。勝手に親の罪を肩代わりするな。」
「………そう、ですよね。」
口が悪い。今のを簡単に要約するなら、「自分のせいだと思うな悪いのは親の国王だ」ってところね。前々から少しまどろっこしいところあったけど、闇落ちしてからはそれがグレードアップしたみたいね。
「──靁、アンタ。口は悪いけどそんなフォローできたのね。」
「どのツンデレが言うか……っ」
「ツンデレ!?私が、そんなわけないでしょ!!」
ツンデレって、あのツンデレ?!ていうか私誰にデレてるって言うのよそれ!ていうか、誰にツンしているのよ!?
「ツンデレ?」
「こっちの話だ。それより、王女はなんでここに来たんだ?」
靁の雰囲気が一気に変わった。回答次第では扱いを変えるって。言葉せずとも伝わる。
「私は──勇者様方が心配できました、でもただで来たわけではありません。お父様とトーマスさんが、勇者様を魔術でもう一度戦いに出そうというのです、しかも強制魔術を使って……それを伝えに来ました。」
「……強制魔術か。トーマスほどの腕の魔術師なら効果は薄くも勇者には効くだろうな。」
「アンタは実際に速射型の魔術で頭を吹き飛ばされたもんね。」
「直撃だったら死んでたな。ただ、そうなると最悪戦うのは俺になる。俺なら洗脳魔術程度なら効かないだろう。」
(……靁、アンタは──またそうやって。)
靁の言葉には迷いがなかった。
多分こんな選択を今まで何回も続けてきた、絶対アンタは口には出さないけどそんな言葉の裏が伝わってくる。
「……王女はすぐにここを出た方がいい。お前まで、俺たちに付き合う必要はない。」
「──いえ、私もいかせてください。」
「お遊びの旅とは全然違うわよ。」
「……私は、お父様のもとにもう帰れる心ではありません。今まで見て見ぬふりをして、お父様のことを容認してきたのは私の罪でもあります。ですから、せめてここから先は本当に王族としての使命をまっとうしなくてはいけません!………それに、私も。自分が本当に戦うべき敵を見定めなければならないと、貴方を見て思いました。」
王女様の視点は靁の方を向いていた。確かに、こいつを見ていると魔族っていうのは本当になんなのかっていうのを考えさせられる。前まではただ人間を襲い続ける最低な生き物って印象しかなかったけど。もしかしたら、靁は──。
「レナ、お前はどうだ?」
「異論はないわ。ただ、王女様が城を勝手に抜け出して、追っ手がない方が不自然なはずよ。もしかしたらここもすぐに見つかるかも。」
「よし。なら明日にはここを離れよう。お別れを今のうちに済ませておけ。俺は準備をしてくる。」
靁は部屋を出て行った。私は王女様がまだ縛られていることに気がついて、急いで解放した。
「ていうことで、これからよろしくね。」
「はい。申し訳ありません、私のせいで。」
「気にしなくていいわ。ここに、ずっと居られないってわかってたから。」
でもずっとここにいたい。私は心の中ではそう思っていた。こんな平和な時間がずっと続けば、何も苦しまなくてもいいと思っていたから。




