52話「平和に逃げて。」
目が覚めた。知らない天井があって、私はボーッとしながら首を横にした。一人部屋、机と椅子があって、机の上には私の身につけていたアクセサリーそして奏からもらった髪飾りがあった。
(…………。)
その髪飾りに手を伸ばそうとすると激痛が走って、思わず引っ込めた。自分の腕を見てみればなんでそんな痛みがきたのか一目瞭然だった。丁寧に処置されてはいるけど腕は包帯でぐるぐる巻き、きっと包帯の中はもっと酷いんだろうって痛みから想像する。
「………ここ、どこ。」
痛みで意識がはっきりして目を見開いて私は呟く。答えてくれる人はいない。だから記憶を遡ってみる。たしか、天馬が私を抱えて走って、そして天馬が色々あって、目の前が光で真っ白になって。今に至る。
「天馬、」
天馬は大丈夫なの。天馬はどこに、どこにいるんだろう。そのことが頭の中で繰り返される中で扉が開いた。
「………起きたか。」
「……靁!」
赤と黒の服に身を包んだ靁が、包帯や水などを持って部屋へと入ってきた。戦っていた時とは違ってだいぶ落ち着いていて、変異していた左腕も聖布によって荒く何重にも巻かれて、おとなしくなっていた。
「ねぇ、靁!天馬はッ!」
「………アイツならとっくに起きてる。」
私の荒げた声に靁は落ち着いた様子で、近くの椅子に座って持ち物を近くの机に置いた。
「……無事、なの?そっか、よかった。」
「…無事かどうかと言われれば、難しいな。」
私の手を持ち上げて包帯を一旦外す靁、包帯が取れた腕はあざだらけで真っ青になっていた。ところどころ黒くなっていて、多分細胞が一部壊死しているんだと思う。正直見てもられない光景だから、私は靁の顔を見ることにした。
「安心しろ。勇者の肉体だったら細胞の壊死くらいなんともない、そのうち新しいのがそのまま生え変わる。」
「………ねぇ、さっきのどういう、意味?」
「───天馬の心はもう砕け散ってるってことだ。あれじゃあ戦うどころじゃない。生きることさえ難しい。」
「そんな、、、なの。」
天馬が、あの天馬がそんなになっていた。それを知らなかった自分が悔しい。友達ならそれくらい理解して救ってあげるのが普通だろうから。でも、結果的にそれは叶わなかった、もしかしたら私も天馬の荷物の一つだったのかも知れないって考えると、余計嫌になってくる。
「あまり自分を責めるな。」
「………。」
靁は私の顔を見ながら答える。私はただ黙ったままその言葉を受け取る。そして息を吸ってとりあえずで今考えつくことを靁に質問することにした。
「靁、ここは?」
「───ここは、人魔戦線からはるか離れた人間の村だ。少なくとも魔族が侵略してくる可能性は低い、国の兵士もだ。」
「兵士、も?」
「今の俺たちはお尋ね者だ。人間領では指名手配の張り紙が出されてるだけじゃなく、あの聖騎士どもも巡回している。おかげでここまでバレずにくるのがかなり大変だった。」
「…………ごめん。私達を、」
「謝るな、お前達に救われるところもあった。これはその恩返しだ。昔馴染みとしても。」
「………靁。」
靁の顔は至ってフツーで何も変わっていなかったけど、言葉はどこか温かみがあった前までの靁とはやっぱりどこか違うみたい。
「とりあえず、お前は休んでいろ。俺はこの村でしばらく仕事をしてお前達の体力を回復するまでの道具と金を稼ぐ。」
靁がそう言ったとき、腕の包帯は新しくなっていた。処置を終えた靁が部屋の扉を開けて出て行こうとした時、それを止めた。
「…………ねぇ、私達……また戦うの?」
「……戦うしかない。少なくともこんなところでは───、っ!!?」
靁が心臓部分を抑えながら、膝をついて倒れる。手に持っていた水や使用済みの包帯などがバラバラと地面に転がり、私は動けないながらも慌てて靁の方に視線を向けた。
「靁、靁!?」
「──大丈、夫だ。ただの発作だ。これだから、魔族は……クソっ。」
息を荒くしつつもゆっくりと立ち上がる靁、その姿に私は罪悪感を感じていた。
「とりあえず、とりあえず。今は何も考えなくていい。これは俺の問題だ、お前達はさっさと魔王を、倒すために休んでいろ……。」
靁はそれだけ告げると扉を少し勢いよく閉めた。私はその姿をただ見ているだけだった。




