51話「夢につかまって。」
気がついたら一人、真っ暗闇に立っていた。左を見ても右を見ても何もない。あるのはただの暗黒空間。
「ここは、どこだ?」
そう口にするも、あたりは全く響かない。どっかの空間に取り残されているとかそういうのじゃないらしい。でも、こんな空間に俺は見覚えがなかった。
「───いや、ここは城だ。」
突然口が開いて、そう思った。
するとあたりは見覚えがある城の風景へと様変わりしていた。周りは賑わっていて誰もがオシャレな服装をしてパーティをしている。いつのまにか俺も勇者の服装の上に赤いマントを肩にかけて、パーティチックになっている。
ここまでの事例は普通に不自然のはず、でも俺はそれを自然であるって勝手に解釈して、感じていた違和感は少しずつ薄れていった。
「天馬、何ボーっとしてんだ?」
目の前に現れたのは靁、雪島靁だった。タキシードを着用して洒落込んでいたから思わず一瞬誰かと目を疑った。ただ目の前にいるのは紛れもなく靁で、とても幸福そうな顔をしている。
「なんだ?俺の顔に何かついているのか?」
「いや……なんからしくないって思って。」
「らしくない?あぁ、まぁ確かにタキシードなんて着ない方だからな俺は。ただ流石にパーティで普段着はまずいってことで、参加している。お前らみたいに神兵武装があるわけでもないからな。」
「そっ。か、」
らしくない。ってそういう意味じゃなかったはず、靁はもっと違う。今の靁はもっと違っているはずだ。何か強い激情にかられ続けて、それで心を閉ざしたようなそんな顔をしているのが当たり前なのに。
(何思ってんだ俺、そんなのフツーじゃないだろ。)
そうだ、いくららしくなくても今の靁は幸福そうで、不自由なさそうだ。だから──どうだって良い。
「おっと、それじゃあ俺は正治とでも話してくるよ。お前には相手がたくさんいそうだからな。」
「ぁ、相手??」
俺の全体を見て何かを予見した靁は軽く手を振りながら集団の中に入っていく。その言葉に頭を真っ白にしていると、自分の腕を背後から掴まれた。
『勇者様ぁぁぁっ!!!キャー!!』
腕を引っ張られて振り返るとそこには一面ドレスを着たよりどりみどりの女性陣がいた。いつのまにか包囲されていたことに、靁の言っていた"相手"っていうのはこれか!っと自分の中で納得する。
「私と踊ってください!ぜひ!」
「いいえ、私と!」
「ここは公爵の娘である私と!」
「私ともお願いします!!」
これはまずいって思う。なぜかって?あまりに人が多すぎるからだ!ていうか両腕引っ張られて今にも鎧というか服が引きちぎられそうだ、それとスッゲェ混乱する!
(靁────!)
なれない対応に、俺は咄嗟に助けを求めようと靁の姿を見る。でも帰ってきた返事は
(頑張れ。)
苦笑いしながら、そんなふうに聞こえる顔をされた。
(靁ーーッ!!)
ただ一人残された俺は、さらに押し寄せる女性陣の対応にあたふたしていた。もう脱出手段はない、ここで乱暴に振り払ったらなんか後が怖いって俺の直感が叫んでいる。それこそもうどうしたらいいかわからない時だった。
「────天馬っ!」
俺を呼ぶ声。振り返ってみるとそこには夏がいた。その姿を見た女性陣は全員驚きながら一歩引いた。夏は全身を真紅のドレスで包んでおり、その気迫は誰も近づかせないものだった。
夏が一歩進むたびに、全員一歩下がる。あれだけ叫んでいた人たちは全員黙って夏に自ずと道を譲っていた。それどころか、夏の姿に魅入っている人までいたと思う。
「な……夏。」
俺は息を呑んだ。夏の姿は確かに綺麗で、なんだか見ていると照れ臭くなるような感じだった。でもそれ以前になんか、その底知れない恐怖を俺は感じていたと思う、こう怒られる的な。
「、踊るわよ。」
「え?」
夏に引っ張られて包囲網を抜け出した俺たちは場所を切り替える。女性陣達は俺達二人の姿を見てなんだか少し微笑んでいた。
「───おいっ、どこまで引っ張る!」
夏に引っ張られて誰もいないテラスまでやってきた。外は真っ暗で、分厚い鎧を着ていたのにも関わらず過ごしやすい気温だった。室内の照明が外の世界とグラデーションになっていて、その中間で俺たちは止まった。
「………ここなら良いわね、奏!音楽ちょうだいっ!!」
夏の声の方を見てみれば、大きな台の上でグランドピアノを自由に演奏していた奏の姿があった。すごく楽しそうに演奏していた奏は要望を聞き受けると頷いて曲を変え、ロマンチック溢れる曲をゆっくりと弾き始める。あたりは社交的な雰囲気から一気にダンスパーティ的な雰囲気へと様変わりだった。
(奏も、いるのか……。)
ちょっと違和感を感じた。でもそんなことはないはずだ、奏は元々いる。なんでいないみたいなふうに一瞬思ったのか……。
「……勇者ナリタ。」
「え、ぁあっ!!?」
「私と一曲踊ってくださる?」
「……わか、も…もちろん。」
ニコッと微笑む夏の手をとってダンス俺たちはダンスを始める。
おかしい、ダンスなんて生まれてこの方やったことなかったはずなのに、体が動きを覚えている。
リズムに乗って、ゆっくりと魅力的な夏を音に乗せる。ザワザワしていて、なんだか全てに違和感を感じていた心もいつのまにか静まっていた、俺はそのままダンスに集中して楽しむ。
ホール内を奏でる音楽は延々と続き、そしてひとしきりの時を過ごした後に止んだ。最後に夏と繋がっている手を離して、互いに距離を少し取る。
「悪くなかったわよ。」
「ど、どうも。」
少し恥ずかしくなって、夏にそう言った。夏はそんな俺にどこか違和感を覚えたのか不思議そうな顔をした。
「どうしたの?」
「いや、その……なんでもない。」
「変な天馬ね。」
ふふっと笑う彼女にドキッとする俺。なんだろう、やっぱり俺も含めてなんだか、やっぱりいつもと違うような気がする。でも、
(悪くない。いやむしろ良い。)
そうだ、こんなので良いんだ。俺たちの話は。靁は勇者じゃないけど正治と談笑して、奏は自由に演奏して、夏は俺の目の前にいて、俺はこの風景に幸せを感じている。
あぁ、これで良い。誰かから求められることも、責任感も感じる必要はない。ただただ幸せな世界。
こんな世界がずっと続けば、いやずっと続くだけでよかった。
(だから。)
だから、だから、だから、、だから、、、
(だから────)
目を覚ました。体はボロボロの傷だらけでさっきの風景とは違って目の前には残酷な世界を連想させる天井。空気は重く心は失落している。そしてさっきの幸せはどこにもないこと、今のは自分が見た哀れで儚くて、無意味な夢だったことを自覚する。
(だから──もう、誰も俺を目覚めさせないでくれ。)




