43話「憎悪に地獄を焚べて」
この日がやってきた。俺の前に整列するのは万全の状態の兵士たち、隣にいるのは頼れる俺の仲間達。剣を引き抜いて俺は高らかにこう言った。
「これから勇者オトカゼを奪還する!!ここから先は地獄と言ってもいいほどの苦痛が待っているそれでも俺たちと共に来てくれるかッ!!」
「もちろんです!」
「勇者様!に勝利を!!」
「作戦の成功をっ!!」
俺の声に負けないぐらいの決意が兵士たちの中から聞こえてくる。掲げられた武器はその決意の表れのように見えた。
「全体、部隊配置!!目指すは魔族将軍コーズの大砦──俺たちはこの戦いに勝って、勇者オトカゼを救出そして長年の戦局を一気に覆す!!みんな俺についてこいッ!」
『オォォォォ────ッ!!!!』
「進軍開始ぃッ!!!」
馬に跨って、まっすぐ砦の方角に向かって突っきる。道中の魔族は軒並み蹴散らして目指す目標はただ一つ魔族将軍コーズの砦。
守りを捨てた攻めの一点突破この作戦が成功しなければ俺たちに勝ち目はない。でも今はプレッシャーの酷さより必死な気持ちの方が体を前へ前へと突き動かし続ける。
あの時、奏を守れなかった悔いを今ここで完全に晴らしてみせる。
「天馬!」
夏の声で気がつく。自分がさっきまで砦を覆う壁だと思っていたのはまさかの武装した下級魔族の横並びの隊列であった。一寸違わない横一列の部隊配置、そしてその中に一際大きな影が一つ。
一目で分かった。今までの魔族とは比べ物にならないくらいの強さを秘めていること、そしてその巨人のような体は伊達ではないということ。
「────アイツだ!」
「俺たちを、待っていたのかッ!!」
威風堂々とした立ち振る舞いのその魔族将軍は俺たちの方をじっと見ている。俺は馬を止め、敵と向かい合う。
相手はこっちを攻撃しない、こっちは相手を攻撃しない。あるのはただの覚悟と戦場を分断する覇気のぶつかり合い。
(プレッシャーがッ。これが魔族将軍………バークーサーから感じられたものとは全然違う、狂気の中に豪快な精神、そして敵ながらまっすぐな闘志を感じられる。)
暴れ回る能無しではなく。戦士としての誇りをまだ話してもないのに感じられる。一歩でも前に進めば、あの巨大な敵と戦うのか。そう考えただけで溜飲を飲む。
「靁。」
「───なんだ?」
「俺は、今正直怖い。」
「………そうか。」
「お前は?」
「…………悪いが俺に恐怖は、もうない。」
靁は自分の胸に手を当てて答えた。その顔はなんとも無機質だった。だから俺は大きく息を吸って剣を握って、力一杯戦場に聞こえるように言い放った。
「全体!進軍!!!俺たちの力を見せてやれッ!!!」
一歩踏み出すだけで体に重圧がのしかかった。今決めた決意が揺るぎそうだった。でも俺は勇者として1人の人間としてその一歩の次の一歩を踏み出して敵へと突撃した。
「我が精鋭たる戦士達よ……敵は武器を構えた、ならば我々はその意思を汲み、この戦を受け入れ、そして奴らを蹂躙するのだッッ!!!」
『オオオオオオオオオ!!!!』
耳を塞ぎたくなるような咆哮がコーズの口から発生する。その言葉を聞いた魔族達はいつもクランクインやバークーサーが引き連れているような奴らとは違う、一人一人が魔族ながら高潔な立ち振る舞いをして武器を抜き、構え、まるで人間の聖騎士のように理性的に俺たちを殺しにかかった。
「靁!頼む!!」
「任せろ───ッ!」
靁は部隊を引き連れて、戦場から離脱して目的地までまっすぐに向かって行った。それを逃さんとばかりに魔族達は靁を追撃しようと翼を広げ、連携の取れた包囲で一気に畳み掛けようとするが。
「────さッせッるッかぁぁぁーーーー!!」
剣を大きく振り、勢いをつけ飛び立つ。そして空中に舞う魔族達を獅子王剣によって残らず燃やし叩き落とす。
「まだダァ!!」
「!」
足を掴まれ崩れ落ちる魔族に道連れにされ、受け身も取れず地面に叩きつけられた。ただ自由落下程度問題なかった俺はすぐに掴まれた腕を斬り、周りを見渡す。
戦いは始まったばっかりだ。でも魔族の方が圧倒的に優勢、兵士たちは新しく入った者も多いが明らかに魔族の統率具合が桁外れだ。
「全員、3対1で戦え!こいつら普通じゃないッ!!」
全員に命令を下しつつ、1人で魔族を片っ端から倒しながら魔族将軍を探す。勇者は雑兵を倒しても意味がない狙うはトップ!
[ダン──タダダダダッバァン!!]
銃声が絶え間なき響き渡り、それと同時に鉄が跳ねる音が聞こえてくる。1人は知っている、この中で銃を使うのは1人だけ、ならそれを弾き返しているのは決まっている。
「暴風剣!!」
群がってくる下級魔族を全員吹き飛ばし、戦う正治の元へとすぐさま駆けつける。穿たれる銃弾、目で追えない速さのはずなのコーズはそれらを弾きながら正治へと接近する。
(直撃だけを弾いているのかッ!)
正治の狙いはいつだって正確だ、本命を撃つためにわざと別の場所を撃つなんてことはよくある。でも、この魔族将軍はそれを見ただけで自分のどこに狙っているのか、それを正確に理解した後、致命傷に繋がる弾丸を弾いている。
「───獅子王剣!!」
「フゥンッ!!!」
「ッ!!」
炎を纏った剣が鎧に突き刺さる前に、その巨体からは想像もつかない速度でコーズは動き、牽制をした。
(……っ!)
コーズの斧でいてハンマーのような鈍器は1秒前にいた地面を大きく抉った。もし反応が遅れていたらそのまま俺はミンチになっていたのかもしれない。少なくとも防御して無事で済むタイプの技じゃなかった。
「───ィィィエェェェェァァァッ!!!!」
「ッ!まずっ」
「天馬──目を閉じてっ」
ターゲットがこっちに向いて、振り下ろされる武器。直撃するっと理解しても回避が間に合わない。そんな時、正治の声が聞こえ俺は指示に従って目を閉じた。
[バシュィィィン!!!]
目を閉じても感じる強烈な光。これは正治の閃光弾だ!
「──銃身換装、砲身モード……ッ!!」
[ドグゴォォォォッッッッン!!!」
目の次は耳を裂くような爆発音が間近で起こる。目をゆっくり開けて見てみると正治の銃身が変形し、まるで大砲のようになっている。銃口から煙が出ており、左を見てみればコーズが吹き飛ばされている。
「正治!」
「天馬、囮をお願い。今度こそ決める…!」
「…………今のは、なかなか良かったゾ!!だがな、甘い、甘いゾ勇者達よ!」
今度こそという言葉を聞いてまさかと思っていたがそのまさか。コーズは吹き飛ばされていながらその体はほぼ五体満足、傷一つついてすらいない。なんなら鎧は正治の攻撃によって焦げてはいたが、へこむほどではなかった。
「───っ。どこまでやれるかわからない。でもやってやる!」
<──|||──>
天馬に援護してもらった俺たち救出部隊は音風がいるであろう建物にたどり着いた。偵察の時に来た建物と間違いないことをこの目で確認した後、武器を手に取る。
「目的は救出だが、道中にいる魔族は殲滅する。」
『わかりました…!』
「よし………全員突撃!」
扉を蹴破り、真っ先に見えた何かをしている魔族の首を一瞬にして切る。それを皮切りに率いていた部隊員は一斉に攻撃を開始言葉通りに魔族を殺しにかかった。
「ヤメロ!ヤメロ!」
「うるさい──。」
戦う気がない魔族が前に立ち塞がったがそいつの首掴み壁に叩きつける。気を失うような力加減でやっていないからか痛がっているように見える。
「人間はどこにいる?ここにいることはわかっている。」
「ア゛……グギィッグ!」
「─チッ。」
戦闘要員じゃないのかこの程度で泡を吹いて死にそうになっている。もちろん俺はそれで解放してやるだとか逃してやるだとかの精神はない。すぐさま首を切って適当に捨てた。
「お前達、尋問しろ……捕まっている奴らの居場所をしゃべらせろ!」
「は、はいッ?!」
兵士たちは魔族を殺す片手間で尋問し始める。そしてその時だった。
「タチサレ!タチサレェ!」
「……魔族?子供か?」
子供の魔族が庇うような動きで大人の魔族の前に立つ。その姿は勇猛だろうが、そんなこと関係ない。
「邪魔だ。」
[ザシャァ───]
「オマエ!オマエタチハッ!」
「なんだ、魔族のくせに愛情なんかがあるのか。死ね。」
[ザ……バシュュンッ!!]
「────こ、子供も…!」
「そうだな、子供であっても尋問しろ。無知以上の何かは持っているだろ、それに口は割りやすいはずだ。」
「いえ……子供も尋問するのですかっ!!」
1人の兵士が意を唱えた。俺は大鎌をその兵士の首元まで近づけ、こう続けた。
「は?お前達、死にたいのか?それとも仲間を殺されたいのか?」
「い、は…。え?」
「このガキの魔族が大きくなったら必ずお前達を殺しにかかる。お前が死ぬか、魔族が死ぬか、これは戦争だ。未熟な精神でここに来ているのならさっさと首吊って死ね。」
「………な、何がッ!俺だって、兵士で!!」
「兵士だからなんだ?目を見ればわかる新兵だな。戦場の地獄を、この世界の苦しみを知らない目をしている、自分を痛めつけて鍛えただけの心で全てを知った気になるな……!」
「──そこまでにしてください!こいつも、わかってますから!せめて武器を!!」
そう言われた時、自分が相手の喉を切り掛かっていることに気がついた。俺はすぐに武器を引っ込めて今の無意識中の出来事を頭の中で整理し始めた。
「────、そうだな……っ。(何をやっている、敵は魔族のはずだ。だが今のは、俺も魔族に染まってきているのか?──クソ。)」
「み、見つけたぞ───!で、もこれは!?」
声が聞こえ、俺はその方向に向かった。そして固まった兵士の目線の先を見た。
「───ッ!!」
そこには残酷な光景が広がっていた。人間、いや人間という尊厳を徹底的に破壊された人の形をした何かがそこにはいた。魔族によって使い潰されたその体は見るだけで吐き気を催し、表情からはもはや生きる気力を感じられない。
「───っ、なんて。」
「酷い。こいつらは!」
近くで剣に肩を貫かれて壁にももたれかかっていた魔族に兵士が剣を突き立てる。その目には怒りと憎しみが詰まっていた。
「ヤメ──テ、クレ。中にゴドモがっ!!」
「っ!!しね!しね!!しねぇ!!!この外道共!!死ねぇ!!!」
兵士は魔族の言葉に激昂し何度も、何度も、何度も、何度も何度も何度も剣を突き刺した。その姿は少し昔の俺によく似ていた気がする。だがそれももう関係ない。
「こいつは───死んでるか………。」
「………もう、死んでいるも、いいでしょう……ほんとうに、ひどい。かわいそうに…。」
「。。。」
首を切ってやろうとも考えたが、やめておいた。きっとすればこいつらがうるさくなる。
(………だが、こいつは────まさかっ、、)
目の前の一人の女だった人間の姿を改めて見て、俺の中で嫌な予感がひとつ浮かんだ。
だがそれは口にするのも悍ましいもので、俺が次に抱いたものは、
(……)
殺意でも憎しみでも、悲しさでもなく。ただ久しぶりに覚えた恐怖だった。




