30話「死を免れ変性し。」
「夏!!靁は!?」
夏からの連絡を聞いた俺は戦線を飛び出して奏が担当する方面の前哨拠点へと来た。靁が魔族との戦いによって瀕死の重傷を負ったと聞いたからだ。
「……もう出ていったわ。」
夏が首を振って、血まみれのベットの上を見る。そこには置き手紙のような紙切れが一枚残っていた。日本語で「すまない」とだけ書いてある。
「……どのくらい重傷だったんだ?」
「少なくとも生きているのが不思議くらいよ。初めて見た時は死体と……見間違えたくらい、、」
「───今すぐに連れ戻す。」
「無理よ。アイツはもうここら一帯からすでに抜け出してる。それに────」
夏は息を大きく吸って、震える手を押さえなが話始めた。
「────嘘に聞こえるかもだけど、靁のやつは、もうっ。傷がほぼ完治してるわ……。」
「は!?瀕死だったんだろ!いくら勇者でもそんなに早くは………!」
俺はこの時夏が何か冗談を言っているのかと思った、でもこいつの恐怖いや何かに震えているような様子からすぐにそうじゃないとわかった。
「…………ねぇ、天馬。アンタこのあいだ靁がどうやってクローンド山に登ったのか考えてたじゃない。」
「あぁ。」
俺は溜飲を飲み、夏の話を聞いた。
「もしかしたらだけど、アイツ自力で登ったんじゃないかしら。」
「………いや、無理だろ。だって人間には、」
「人間には無理でも。いける生物が、いるわ。」
「─────まてよ。そんな、はず。ないだろ………っ、そんなはずないだろッ!!」
脳裏によぎった一つの考えを高速で否定して、夏の肩に手を置く。そんなはずない、そんなはずあってたまるか、アイツが何をしたっていうんだ。
「………ごめんなさい。でも私、見たのよ。アイツの傷がどういう風に治っていくのか、、アレは人間の治り方じゃないわ──あれは………っ。」
「──────。」
この場に奏がいない理由を考えていなかった。もし夏がいるなら奏もここにいてもおかしくない、なのにいないってことは。夏が言っていることは、本当、、、なのか。
人間の治り方じゃない、あいつらのように肉が蠢いて獣が肉を貪るような醜い音を立てて体が再生するような。そ、う。それはまるで
「──────あれはっ、魔族の治り方よ……ッ」
<──|||──>
置き手紙を置いてテントを抜け出し、人間領に向かって風魔術で低空飛行をしながら移動する。夏と音風の治療によってだろうか、俺の体はすぐに回復した。だが、
(痛覚が、鈍いな。)
試しに自分の体を少しつねってみるが痛くない。ただ少しの違和感があるだけだ。この事象に俺は疑問を感じていた。
「なんで痛くないんだ?」
これではまるで───そう考えた時だった。
[ド─────グン]
「ァがッ……………っ。」
激痛が全身を駆け巡り、金縛りにあったみたいに体が止まる。風魔術が止まり慣性を残したまま俺は頭から地面へとダイブする。
「───っ、がァァッーーくッ!!」
体中の血管に異物が入り中からズタズタ傷つけられる感覚、体温が失われ冷たくなる指先。呼吸ができずひたすらにその場でのたうち回る。
それが数分間、今まで感じた痛みの何よりも恐ろしくそして生を実感する時間だった。
息を吸えたのはその後だった、喘息のような呼吸、汗が容赦なく流れ続ける。
俺は自分に何が起こったかわからず、立ちあがろうとした時、ふと違和感を感じて左腕を見た。
「─────────っな、ぁ。」
その左腕は人のものじゃなかった。それは今まで俺が殺してきた奴らの腕、鎧のような皮膚が形成され、腕から突き出る無数の血の結晶はまるで剣先のように鋭かった。肉に突き刺さり、激痛を覚悟するが、そこには変わらず痛みはなく、ただ俺の心には恐怖だけが存在した。飲み込んでいた恐怖に内側から裂き貫かれる、というのだろうか。目の前の腕がまさにその体現だった。
「───そ、うか。」
全てを悟った俺は左腕で地面を叩き体を持ち上げる。体は鉛のように重く起き上がるのでさえ精一杯だった。頭も半分以上機能をとめている、目は虚で本当に目の前が見えているのかさえ怪しい、だがこれらもいつかは元通りになる。
だって俺は
「魔族─────に……」
なってしまったのだから。




