184話「襲撃事変」
数十日がまた経った。ゼルは一向に目覚める気配を見せない、昨日もその前も一週間前と同じように、全く変わらない顔で全く動かずにただひたすらに寝息だけを立てている。私はその姿を何百回も見ていて、その彼の姿にだんだんと自分のいつも通りがなくなっていっている気がした。
「……こやつは。」
エルザードが呆れながら言葉をこぼす。今の彼女は心配よりも怒りに近い感情が燻っているようだった。無理もない。今のゼルは食事も排泄もしない。氷のように固まっていながらただひたすらにゆっくりと呼吸を繰り返しているだけ、例えれば呼吸だけする生物のようだ。
それが1ヶ月前まで平然と生きていたなんて嘘だったみたいに。
「お主には、聞こえておらんのじゃろうな。我らの声や、我らの気持ちなども。ちっとも聞こえておらんのじゃな!?」
返事はない。答えることができないよりか。彼女のいった通り聞いていないのが正しいのかもしれない。そう考えると私の胸にもエルザードと同じように怒りの気持ちが湧いてくる。
「ならば、、ならばいってやるぞ!お主の悪口を!!」
エルザードはダンっと床を足で叩きゼルのベットへと近づき、その掛け布団を握りながら訴えかけ始めた。
「我はお主の時に冷静な態度があまり好きじゃなかった!まるで側から見ているだけでそこで何もしないような態度がじゃ!!そのくせ、我には散々に頼ったり頼らなかったり、よくわからんやつじゃった!」
「お主が槍を出した時は助かったが、その結果がずっーと眠っていると知った時は怒ったぞ!!あの時我は泣いたかもしれんが、そんなことは知らん!お主は思えばこっちを心配するようなことばかり起こす、人間であるのに変に大胆だったり、たまに変なことを言ったり、弱いくせに我に気を遣って!そう思っていたらいつのまにか強くなって!!我よりいい判断をするようになって!追い抜かされていると思ったんだぞ!!」
「少しはこっちの気持ちも考えるのじゃ!」
最後にそう言ってエルザードは息を切らしていた、一呼吸も挟まずにずっと言いたいことを言っていた。それは罵倒の意味を込めていたのかもしれない。でも途中から彼女が泣きながらその言葉を綴っていて、今は掛け布団を握りしめながら涙を拭いて小さく震えている。
いつも堂々としていてる彼女は今や見た目通りの幼子のようだった。
(………っ)
その姿を見て、私も言いたいことがあると立ち上がった。エルザードの隣に立ちながらゼルの何も感じない顔に、だんだんと腹が立って言いたいことがふつふつと湧き上がった。
「私、最初貴方のことが好きじゃなかった、人間は恐ろしい生き物だって……私たちの種族を滅ぼしかけた悪魔のような存在だって、そう教えられてきたから。だから、貴方の姿を見た時は怖かった。でも同時に仇なんだと思った。隙を見て殺してやれば、少しはご先祖さまも浮かばれるのかなって。でも───」
「貴方は、何もない存在だった。過去もなければ、何も知らない。それでいてヤイバを向けられて、敵意を向けられていながら顔は平然としていた。それが嫌だった、私は貴方に敵とすら思われてないって、貴方が私を殺しにかかっていれば、私もあの時きっとナイフで貴方の首を落としたと思う。」
「でも、できなかったよ。貴方は私たちとは違って、そんなの全然知らずに生まれてここまで生きてきたんだって思った。だから、最初は殺さないだけでいい、って思った。この世界じゃ強くないとどっちにしても生きていけないからって。」
「でも貴方はエルザードとエルフルとで、私を助けてくれたよね。ただ知り合いだからって、ただ知っている顔だからって理由で。」
それが初めて誰かに助けられた経験だった。正しくは誰かに私が助けられたと感じた経験だったのかもしれない。それは確かに嬉しかった、自分のことだったから。
「………ふざけないで。」
そう、ふざけないで欲しい。
「ふざけないで……っ、貴方はいつも私のこと、私たちのことを助けてくれた。のに、私は貴方に何もしてあげられないなんて───ふざけないでよ!」
「いまも眠って……それなのに私は何もできなくて。」
言えなかった。助けてくれた貴方がいつのまにか大切な存在になっていたことを。エルザードの前だから?違う。まだこの気持ちが本当かわからないから?違う。今の気持ちがあまりにもぐちゃぐちゃすぎて、続けられないだけだった。
「いっぱい助けて、もらったのに……っ」
私も気づいたら涙が出ていた。身を挺して守ってくれたことも、あの諦めかけた時ですら私の手を引っ張って窓を突き破って、連れ出してくれた時も。お礼は言えたのに、恩返しなんてできたことがなかった。それが私の中で後悔になって今を模っている。
エルザードの手が私の背中に合わせられる。そこからゆっくりと撫でるようにさすってくれる。彼女も同じ気持ちなのか、それとも私のこれとは違って古い友人の状態に悲しんでいるのか。どちらにしても、その行動が私の涙をかろうじて止めたのには変わりなかった。
「なんじゃ?」
エルザードが何かに気づいたように窓の外へと目を向ける。私もそれに続けて目を向ける。すると先ほどまで激情に飲まれて聞こえなくなっていた耳がここでようやく機能し始める。
「号外号外!!」
それはおそらく新聞屋の人だったんだと思う。この人たちはよくスキャンダルだとかすごいことが起こった時にはこの言葉を多用する。
私は呼吸を整えて、気になるその言葉を一言一句この耳で聞き取った。
「大陸の端に!人間達が現れたぞ!!!」
「……………ぇ。」




