183話「眠った人間」
ゼルは眠りについた。エルザード曰く、昏睡状態だと言っていた。私は眠ったままの彼のそばでずっとその姿を見続けている。穏やかな無表情のまま、彼は静かに寝息を立てている。でもこんなに近くに私がいてもちっとも目覚める気配はない。
「ミィーナ、交代の時間じゃぞ。」
「う、ん。」
「我に任せよ。お主、もう5日も寝ておらんじゃろ。」
「う、ん。」
生返事しか返せない。私のこの気持ちは睡眠不足が祟って起こされているのか、それとも自分の無力さに打ちひしがれて起こされているのかよくわからなくなっていた。
エルザードはこう言っているけど、今の自分が満足に眠れるなんてちっとも思わない、それどころか眠ることがどこか怖い気持ちにもなったりする。
「大丈夫じゃ、ゼルが寝ていることなんて稀じゃがよくあることじゃったろう。今回は少し長いだけじゃ。」
「う、、ん。」
ゼルが眠りについてざっと2ヶ月ほど経った。そのうち1ヶ月は妖精の国で過ごしていたから、正確な時間の流れとしては1ヶ月と数日間といったところ。眠ったままのゼルを一番近くの街の宿まで運んで、今はあまりある路銀でこうして彼の覚醒を待っている。
妖精王ヴァルは私たちに何回も謝っていた。自分が妖精王として不甲斐ないばっかりにと、何度も口にしていた。悪いとは思うけど、私もその通りだと思った。
妖精王がなんだ、いままで助けてもらったのに全然恩を返せてないじゃないかって、でも口には決して出さなかった。だって彼がゼルのために色々な手を尽くしてくれたことを私はこの目で見ていたのだから。
でも結局、試した1ヶ月ではゼルは目覚めなくてヴァルは申し訳なさそうに外の人を頼った方がいいと言い、私たちを送り出してくれた。
そこからは、エルザードと一緒にこういった不思議なことに詳しい人たちをいろいろと回った。ただ誰もが専門外のことだ、やゼルの様子を見たけどよくわからず申し訳ないと頭を下げる人、本当にいろんな人にゼルを見てもらったけど結果は何も変わらない。
彼はこうしてあの時のまま眠っている。
「ねぇエルザード。」
「なんじゃ?」
「ゼルを、治せないの?」
「……無理じゃな。アレは一回きりじゃ。」
私が脳裏に思い浮かべたのは、エルザードの能力だった。それでゼルをこの眠りから解放できるのではないのかと、希望を一瞬抱いた。でも帰ってきた答えは案の定だった、これじゃ私はただ言ってみただけということになる。
「それに、仮に使ったとしてもこやつはおそらく眠ったままじゃ。」
「どうして、言い切れるの?」
「我の力は病まで治すことはできない。仮に不治の病があって死が目前まで迫っていたとして、我ができるのは精々の延命治療だけなのじゃ。」
エルザードの言葉には、すでに実証したことがある。っという意味が含まれていた。でもその声は寂しげだった。
「眠るのは、違うの?」
「我は違うように見える。他の奴らも言っておったじゃろう、ゼルのこれは本当にただ眠っているだけなのだと、起きれないのには何か訳があるのかもしれないが、ただただ眠っていることに変わりはないと。いつかは起きるものなのだと。」
「いつか、、それっていつ?」
「わからない。」
「………このまま目覚めなかったら?」
「………。」
「ゼルはどうなるの?」
「…………。」
エルザードの沈黙は続く。私は自分の声色を確認する。それはまるで何かに縋るようで決して正気ではない。かなり疲れていると自分で自覚して今の発言を反省する、この気持ちは別に私だけのものではないのだ。
「ごめん。寝てくるよ。」
「うん。お休みなのじゃ。」
エルザードがすれ違いざまに一言告げる。時刻はまだ昼過ぎだった。私は昼食がまだだったのにも関わらずそのままベットへと潜り込んだ、目を閉じれば眠れるかもしれないと思って嫌々でも目を閉じる。
意外にもすぐに寝落ちた。本当に疲れていたんだろう。5日間もずっと起きていればこうなる。でも私はそんな自分がどこか許せなかった。
(ゼルが苦しんでいたのにも、何も出来ず、こうして寝ているなんて、さ。)
意識が途切れ途切れになって完全になくなる。体は癒えても心はあまり癒なかった気がした。




