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【この残酷な世界で俺は生きている】  作者: 半分死体
チャプター9「テンプス・パルウム」
182/184

182話「眠話」




 不思議な出来事が起こった。

彼が鏡に触れるとまるでその中に吸い込まれていくように呑まれた。目の前で起こった出来事に気づくのは時間がかかった。だって、そんなこと起こらないと思っていたから。


 「───ゼル」


私は声を漏らして、鏡へと走った。そしてその中の世界を見ていた。全身黒ずくめで嫌な気配を漂わせている影、それとゼルが対峙していた。


 「なんじゃ!?何が──!!」


 「なんですか、今のは!」


エルザードに続いてヴァルが声をあげて私の近くに来る。彼の必死な声からこの出来事が意図しないことだと気づいた。だがそれでも自分たちは何もできないという現実を薄々受け入れていた。


 「なぜ鏡の中に!」


 「わかりません、こんなことは初めてで!」


 「中には入れないの!!」


私は彼に怒鳴った。目の前で戦っているゼルは見るからに不利だった。鏡を叩き割ろうという極端な思考が過ったが、かえって事態を悪化するかもしれないという恐怖から移せなかった。鏡の向こう側には私たちは写っていなかった


 「っ、わかりません…!」


彼の無責任の言葉に怒りが湧いてきたが、そんなことよりも焦りが勝った。鏡の向こうの彼に必死に呼びかけようとも声は一向に届いていないようだった。仲間のピンチに駆けつけられない自分を悔やんだ。私たちは黙ってその光景を見ていることしかできない。


 「見ろ────!」


エルザードの希望を帯びた声が聞こえる。目を凝らしてみれば、彼が黒色の人影に一撃を入れていた。肩から暗黒の粒子が漏れ出ている。小さな攻撃でも命中には変わりなかった。自分はその時一瞬安心を感いることができた。ゼルならば負けるはずないと、


 「え。」


しかしそんな気持ちは次の瞬間には困惑と焦燥へと変化していた。暗黒の粒子がゼルの脳に入っていくと、彼は武器を地面に刺し、苦悶な表情を浮かべながら苦しんでいたからだ。私は言いようのない怒りに包まれた、叫んでも意味がないというのに彼の名前を大きくもう一度叫んだ。

エルザードは目の前の事実に処理が追いついていないのか、ひたすら固まったままで表情は曇っていた。ここにいるヴァルや、エルフルも同じ気持ちだと思う。でも私は目の前の事実に対して感情が先に来た。


形容し難い怒りに飲まれたように、私はいつの間にか涙を浮かべて彼の名前を叫んでいた。それは応援だったのか、心配だったのか、もうよくわからない。彼の顔色は敵に傷をつけるたびに悪くなっていった、その様子に心が落ち着いたことは一度もない。

喜ぶべきことなのか、悲しむべきことなのか私には判断がつかなかった


 「─────ま、ゼル!!」


彼の動きが止まった。黒色の人影が止めと言わんばかりに大鎌を真横に振り翳し首を狙う。息が止まる、悲惨な結果を予想して先んじて涙が溢れ出てきた時、


 「………は、ぁっ?」


黒色の人影が動きを止めた。そして一瞬にして無気力になって塵のようになって消えていった。ただその塵は全て蒼白なゼルの中へと入っていった。

先ほどまでなんとか耐えていた彼の顔がより一層ひどくなり、涙か唾液か汗か区別がつかないほど顔から水分を流し続け、地を這ってこちらに向かってくる。


彼はあそこから出ようとしているのだと思った時、私は我慢ならなくなって鏡を叩き始めた。


 「ゼルっ!!」


 「ミィーナ!鏡が割れてしまうぞ!」


 「割れてしまえば!戻ってこなくなってしまうかもしれませんッ!!」


 「でも───ゼルが!!」


彼が一歩一歩進むたびに、その体がゆっくりになっていく、苦しそうな顔でこちらに向かってきている。それを助けたいと言う気持ちが抑えられない。何度も、何度も貴方に助けてもらったのに、いま私はみんなに止められててすら伸ばせない。手すら伸ばせない。

そんな自分に対する罪悪感が、後ろの静止を振り切ろうと必死になる。でも伸ばした手は鏡につくことはない、目の前の貴方が苦しんでいるのに。悪くなって、戦い方も荒々しくなった。でもその動きはどこか───。


 「ゼル──ゼル!!」


 歩みがまたゆっくりになる、俯いた顔から垣間見える表情はとてもじゃないが形容できない。私に彼の気持ちの全てを理解できるほどの感受性がない、でもそれでも貴方を救いたい一心で叫んで伸ばし続ける。


 「ゼル──っ!!」


彼の伸びた手が鏡に触れた気がした。鏡はそれを写したら最後、眩い光を放ち始めた。そして私達を光の中に包み込んだ。その後焦燥の中で私はおさまった光を見た。


鏡の前で倒れているゼルの姿があった。3人のことを吹き飛ばす勢いで私は駆け出して彼の元へと寄り添った。結局、私は彼に対して何もできなかった。叫んで手を伸ばして、それでいま眠ったままの貴方に声をかけ続けている。


 (あぁ。)


自分でも知らなかった気持ちを知覚する。私は、思った以上に貴方のことが大切で大事でかけがいのない存在だったんだ、て。




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