178話「黒秋のグリンドルム」
補給を済ませた俺たちは再び黒秋の森へと訪れた。目標をセットしたのならあとは電撃作戦、言葉通りに俺たちは動き黒秋の森の発信源の方へと向かっている。
「黒秋の森のことは熟知しています。今までは抑えることを考えていましたが───おかげで目処が立ちそうです!」
「そりゃあよかった。」
俺の口数は変わらず少ない。グリンドルムを倒すと考えるとそれ以外のことに全く頭が働かなくなる。悪い癖である。
「発信部には行ったことがないのにか?」
エルザードが至極真っ当な疑問を投げかける。
「行く必要がありませんでしたから。私の目的はあくまで妖精を助けることです。それとそもそも手に負えませんでしたから。」
彼は手に負えないながらも善戦して妖精達の救助にあたっていた。そもそも倒さないことを条件に立ち回っているのなら余計に難しいはずだ。だからこれは仕方のないこと。
「なるほどの。じゃが、我らが来たからにはあの黒色も黙ってはおれんはずじゃ!」
「それは実に頼りになります!」
黒色というのはグリンドルムのことだろう。エルザードは言い得て妙な言い方をする。彼女自身の性格がよく出ているような感じがする。
秋の落ち葉が舞い続ける。気づけば、黒秋の森はすっかり夜となっている。しかし不気味なことに薄いブルーライトで照らされているかのように俺たちの進む道は黒く光っている。意図的にこういう演出をしてでもないと醸し出されない、不気味な雰囲気を感じる。
「…。。」
「ミィーナ、」
俺は彼女の名前だけ呼んで手を差し伸べる。苦手なら克服する必要はない。それよりもグリンドルム討伐を真っ先に優先する。彼女に勝手に止まってもらっては後々面倒である。
「うん。」
ミィーナは返事だけして俺の手を握る。俺は彼女と足並みを合わせつつまっすぐ向かう。グリンドルム討伐において大切なのは手数の多さだ。誰かが注意を引いてそしてこの槍で確実に仕留める。今までやってきた方法と同じだ。
(………。)
改めて自分のことを考える。何だか今日の俺はらしくない気がする、グリンドルムに対しての執着が強く感じる。絶対敵というのであろうか?グリンドルムを前にしたら殺意を剥き出し戦闘しそうな勢いすら見られる、いつも冷静さを欠かず戦局を見極めようとする俺があろうことか衝動に駆られ続けている。
(妙だ。)
そう妙なのだ。今までグリンドルムと戦ってきだことはあってもここまで他のことに消極的になることはなかった。それなのにだ。
俺は今さっきミィーナのことを一人の獣人や仲間ではなく戦力的な数え方をしていた。他の3人も同じだ。
こうして理知的に考えてみれば違和感が生まれるはずなのに俺はそんな違和感にすら構うことなく進んでいる。少しずつスピードが速くなっているような気までする。
(奴がいる。)
体がその結論を弾き出す。第六感がすぐさま反射を起こした。地面から突如として現れた鋭い爪、それは深淵のように黒くそして禍々しいオーラを纏っている。
それが俺たちはめがけて振り下ろされる。音すらなく気配すらなく振り下ろされる。だが俺はすでに反撃に出ている。
「!!っ」
槍を手に持ち、振り飾れた鋭い爪を横に弾き飛ばしすぐさま切断する。他の四人はここでようやく爪の存在を認知した。
「なに!?」
「ゼル!」
驚きと心配の声、しかし俺には届いていない。目の前に倒すべき敵がいるのなら他に考える必要はない。鋭い爪がまた二つ地面から生えた。こうしてみればこの黒爪は黒狼が纏っているものと同じように見える。
ならば話が早い。
グリンドルムの邪悪な気配の中に存在を確認する。目の前の3本爪からは15体ほどだ。地面に潜って虎視眈々とこちらを狙っている本体を合わせれば150体くらいだ。今日の俺の感覚は冴え渡っている。
今ならどんな敵であろうとも敵うはずはない。
「!」
爪が振り下ろされる。だがそれらはすでに見切っていた防御する必要すらなく俺は爪が狙う地点を素早く避け、通り抜けるようにカウンターでその爪先から地上に出ている部分まで圧倒的な速度で切り付ける。
すると爪から何匹もの妖精が解放される。ここまでやれば本体が出てくるはずだ。
そう読んでいると案の定だった。全てを飲み込むベンタブラックのようなボディに煤塊を煙のように纏った存在がゆっくりと地面の大地を起き上がらせてその御体を表した。
(これなら───)
自分一人でも討伐できる。そう理解した俺はいつもなら後ろで指示役に回るはずがあろうことかあまり慣れてない近接戦闘に移行する。
「ゼル!!」
うるさい。そう思って槍をもう片方の手で槍を呼び出す。二槍流の心得なんかない、ただ本能のままに感じるままにきた攻撃に対して最も最適な回答を選び続けるだけだ。援護や護衛なんかは必要ない、この程度の悪性俺一人で対処できる。逆に傷ついてもらったほうが迷惑だ。
グリンドルムの残りの爪の数は7本にまで減っている。バカなのか前足3本を先に攻撃使って見事俺に断ち切られてか、あまり準備なようには見えない。それどころかこちらをかなり警戒しているようだ。
(ちょうどいい。)
怖がっているなら逃亡の可能性があるが、奴は愚かにもまだ戦う気だ。ならば相手が逃亡という選択肢を出さないうちに片付ける。
鋭い爪が4本同時に俺に襲いかかる。空中で螺旋と円弧を描きながら生物的な完全不規則な動きで襲いかかってくる。以前の俺だったら不可能だっただろう、だが今の俺なら対処できる。
感覚が鋭いせいか、やつの次の動きまで読める。4本が切断されたのなら、すぐに再生。避けられたのならどこまでも追尾するように追ってくる。どうせこの二つだろうと、俺はどちらにも属さない行動をする。
「っ!!」
槍を力いっぱいに放り投げる。凄まじい回転が生み出す斬撃が未だ地に足をつけているグリンドルムの6本中3本足を砕く。ガクンっと体がアンバランスに下がったことでグリンドルムは動揺する。やつの表情はまるっきり読み取れないが、この鋭い感覚は貴様の一挙手一投足ですら手に取るようにわかる。
「は、はっ!!」
爪は方向転換が間に合わず地面に突き刺さる。それを丁寧に切断しながら強引にグリンドルムへと接近する。今までこの槍の使い方がイマイチだったと反省する、なぜならこの槍は投擲でも近接戦闘でもなく踊るように舞うように振り回してひたすらなら回転力と速度をつけて敵を蹂躙する武器なのだから。
まさしく対殲滅用の武器として満点だ。だから俺は止まらない、相手が防御であろうが攻撃であろうが、回避であろうがそれらは全て感覚が先に弾き出す。故に逃げ場ないと思うがいい。
次にグリンドルムが起こした行動は防御だった。ならばと俺はもう片方の残った槍を投擲した。そして新しい槍を出す、今までの二つはグリンドルムに投擲したままだ、だが別に槍は2本だと誰が言ったのだろうか?
(3本目!)
心の中でそう強く念じると、再び俺と槍のリンクが一つ解放される。硬化していた血流が一斉に流れ出し、一つの血管は綺麗さっぱりつながり本来の姿に戻る。
そう清々しい気持ちになりながら、俺はもう片方の手に4本目の槍を持ち、再び速度と攻撃性を増す。
まるで追い詰められた獣のようにこちらを凝視するグリンドルム。だが知ったことではない、貴様たちはこの世に存在してはならない絶対悪なのだ。ゆえに、それは精算されなければいけない、この神聖なる槍の手によって。
もう後ろにいる連中の声は届いていない。風のように嵐のように悪性を両断し続ける俺は紛れもなく殲滅兵器に成り果てただろう、だが今はそれで十分だ、このような良くない相手に対してはこの自分が何よりも本質出来だと思う。
それこそ自分のしたいことをやっているのだ、どこに後悔があろうか?いやない。
「これで───ッ」
グリンドルムは爪を使って防御体制を取るが、回転速度から繰り出される槍の猛攻や、隙を一切作らない剣撃はたちまちその爪どころか黒塗りの体を両断していく。ズタズタに切り裂かれ、内部を露出したグリンドルムのコアに容赦なく俺は槍を突き刺した。
そして次に暴れ出すことが予見できたためすぐさまもう一方の槍でコアの部分に大きな亀裂を入れる。そして切り外すという表現の通りにコアを真っ二つに粉々にした。
「──────。」
あっけない。あっけなかった。いつもの最後に見せる意地汚すらグリンドルムは見せずにただただゆっくりと俺の槍先から消えていく。同時に落ち葉が俺たちの目の前を埋め尽くす。落ち葉たちはまるで茶色の蝙蝠のように羽ばたき、黒秋の森という存在を撤収させ、空のどこかへと紛れて飛んでいった。真っ暗な闇な夜は終わり、いつもの平和な明るい青空が木々の隙間から見え隠れしていた。
「……。ぁ、」
俺はここまで呼吸を挟んだ。ほぼ無呼吸状態で戦っていたのかと錯覚するほどに、俺の気はびっくりするくらい勢いよく抜けた。先ほどの闘争と戦闘だけに目が眩んだ野蛮的な性格からいつもの俺にシフトチェンジしたのであった。
まるで目的がなくなったみたいに心には虚無の平原が広がっている。自分が自分じゃないみたいだが、考えれば目的がなければボーッとしてこんなことになるのは当たり前だ。
「。。。」
黒カスとなったグリンドルムが地面から消えようとしている。もはや戦意のない俺はこれなんの感情も覚えない、いずれ消え行くものになぜ視線を向けるのかと意外にもドライな感想だ。
「おわった。」
このような簡単な方法で終わってがっかりだが、こうして黒秋の森も、その根源たるグリンドルムもいなくなったのである。




