176話「狂妖精」
ヴァルの提案に乗った俺たちは、彼と共に妖精の国の中心から離れて彼の手伝いをすることにした。全ては真実の鏡のためを思ってすることだが、彼の切実な願いにしっかり応えるつもりでもいる。
「妖精の凶暴化はいつぐらいから始まったんだ?」
「そうですね、だいたいここ基準で15年前、詰まるところ半年前くらいからですね。」
「そんなに昔なのか?!」
「えぇ。ですが、そもそも頻度自体が最初の方は少なかったのです。日帰りで帰れた時が懐かしいですね。今では補給のため以外には滅多にあそこへは戻れませんから。来客の対応なんてできないのです。」
彼はそも当たり前の口調で語った。妖精の基準で言えば一年二年というのはそこまで長くないのかもしれない。みるからに寿命で死ぬなんてことはなさそうだし、それこそ死んだってまだ次がある思考なんだから。
「むむ、半年前か。」
「どうした?」
「いや、我らが出会ったのもだいたいそのくらいじゃったなと。」
「なんなら半年より前なんじゃない?」
「む、それもそうか。」
初めて会った時のことを頭の中に思い浮かべる。
最初はエルザードのことをあまりに知らな過ぎてただのおばあちゃんだと思っていたこともあった、だが今思えばかなり思慮深い人で、今では自分の生きる目的を持って行動を共にしてくれている。
会ったばかりのエルフルは、生まれてまもない幼さがあったものだが、今ではその振る舞いがとても頼もしく見える。マスコット枠からの脱却はまだまだ先であるが、それでも先頭では俺に次いであらゆるサポートをこなしてくれている。
ミィーナとのファーストコンタクトは最悪そのものだった。エルザードは常に警戒を絶やさなかったし、俺自身も彼女の厳しい姿勢にどこか苦手意識を持っていたに違いない、だが今では大切な仲間として共に行動している。あの頃に比べればミィーナもかなり丸くなった方ではないのだろうか?もっとも俺たちがその要因であると驕れないが。
「凶暴化した妖精はかなり危険です。正直提案しておいて、巻き込んで申し訳ないと思ってます。」
「今更何を言う。我らは真実の鏡のためにここに来てお主の誘いに乗った。これ以上になんの意味がある。それに困ったものを助けるのは我らの職業柄じゃ。」
「それは実に頼もしい限りです。」
「かなり危険と言っていたけど、具体的にはどれくらいなの?」
「そうですね……こう言ってはあれなんですが、まず姿形がかなり魔物に近いです。前にも言いましたが妖精とは純粋で温厚な生き物です。ですがそれをまるっきり反対にした姿があれと言ってもいいでしょう。」
「……あまり想像つかないの。」
「そうでしょう。ですが、貴方達ほどの実力者ならきっと見た瞬間にどれほどの戦いをすればいいかわかります。」
妖精王は俺たちをかなり買い被った言い方をする。それほど自分の審美眼に自信があるのだろうか。それとも彼も態度や性質は人に近いが、実際のところ妖精特有の純粋さがその言葉を誘発させているのか、穏やかな態度からはまるで予想もつかない。
国と形容するだけあった、俺たちの道のりはかなり長かった。彼にとってこのくらいは長くないと思える領域なのだろうかっと、途中で息を切らしながら考えたこともあった。彼は感覚的に凶暴化した妖精の居場所がわかるらしく俺たちはひたすらに次いていくしかなかった。
そしてこの妖精王は意外にもお喋りなのか会話が絶えず行われていた。どこから来たのか?どこ出身のなのか?どういった人生を辿ってきたのか?
まるでヒューマンドラマに極めて興味があるみたいに浮かんだ疑問か聞き逃さず俺たちに絶えず質問を繰り返していった。俺たちも自分の主観混じりにそのことを話すため、途中でそれはこういった事情があったのだ。や、それは違う。なんかちょっとした論争にもなったものだ。それをこの妖精王は一つのドラマと捉えるかのように微笑みながら観戦していた。
少し不服だが、この人は根本的に妖精なんだなとか思った。だって普通の人間だとか獣人だとかドワーフ、エルフはここで止めたり、仲裁に入るがするが、あの顔から滲み出てくるものは面白いからこのまま見ていようという一貫した思考であったと俺は記憶している。まさしく純粋だ。
そのくせ自分に火の粉が飛んできそうになるとたちまち話題をうまいこと変えるのだから、困ったものだ。場をかき乱すのは正直エルザードの得意分野だと思っていたが、実際はこの妖精王ヴァルが頂点ではないかと俺は思っている。
「さてそろそろ見えてきそうです。」
「そろそろ?」
エルザードが首を傾げた時だった。真っ黒の顔森が森の向かい側から押し寄せてきた。その数はまるで津波を連想させる。無数の羽の音と、コウモリの声が耳障りにも響き渡り、押し寄せる群れに目を閉じる。ぶつかると、俺が思った時コウモリ達は俺たちなど障害物に数えるまでもなく避けて通り抜けていった。先ほどのは幻覚や幻想だったのかと、俺が振り返り浸っていると視界の恥からだんだんと暗くなっていっているのを感じた。
夜が来たのではない。時間的に早すぎることもそうだが今のは何かの境界線を超えたような感覚だった。気づけばあたりの森は枯れ落ちた秋の夜へと変わっていた。
「なんじゃ…?」
「黒秋の森、私はそう呼んでいます。」
「黒秋の森?」
「凶暴化する妖精達が住む危険で凶悪な森です。ここ数年で一気に範囲を広げました。こんな邪悪溢れる危険な空間では妖精達はすくみ上がって、希望を失った亡人となってしまうのです。」
「………」
妖精王は心のうちにある恐怖を無理やり押さえつけるように手を強く握って俺たちに説明した。俺は森の空を見る、暗いのに明るい世界。どこかで聞いたハロウィンと呼ばれる催しが開かれた世界に似ている。秋のはが地面を埋め尽くし眠った木々が怪物のように見える。そして明るさが若干残りつつも夜だと脳が処理する薄紫色の空。
だが恐怖というよりかは恐怖を覚えさえようとする風景に俺は見える。要はそう見えているだけで実際にここは安全だと客観視してしまえば大したことのない風景で空間なのだ。
「なんか不気味じゃのう。」
「うん。」
「ピッピィー」
三人はこの風景にまだ慣れてないのか完全に警戒しきっている、どうやら俺がおかしいだけのようだ。
「行きましょう進んでいれば、彼らと再会しますから。」
「再会。」
彼のいった言葉はまるで失ったものを拾いう直すかのようなニュアンスがあった。ここには討伐のために来たのではなく、彼は救いに来たのだと俺はここで再認識した。
黒秋の森を進んでいく。周囲に幽霊が潜んでいるのか、たまに声に似た風の音が聞こえてくる。
「……っ。」
そしてそんな不気味な自然現象が続く中、ミィーナは顔をだんだんと青くしていった。俺は流石に最近は鈍感と呼ばれている自分から脱却したつもりなのでなぜミィーナがこんな感じになっているのか見当がついていた。
「えっと、ミィーナ?」
「なっ!……にゼル。。」
もう完全に怖がっている、隠す気もない。おかしいな彼女は別にこういう系が苦手ではないはずだが、もしかして野生の勘というやつとかで極度の怖がっているのだろうか?どちらにしても安心させる必要がある。
「…実は、少し恥ずかしんだけど。怖いからちょっと手を握ってもいいか?」
もちろん嘘だが、彼女は強がりな一面があるのでこう言わなければいけない。
「え、。エルザードは?」
「……馬鹿にされそうだから。」
しょーがないのーお主はー、怖がりだからのーとか絶対言ってくるエルザードをミィーナも想像したのか頷いて、俺の手を震えながら握った。ちなみに片手でのつもりだったのだが、彼女は凍える体を温めるかのような距離感で俺の右手を両手で握っている。力んでいるからか、爪が食い込んでいる気がするが、ここは我慢しよう。
そんな調子で、俺たちは森の中を進んでいく。俺の手を握ったミィーナはすっかり大丈夫になっていった。これならいつ襲われても彼女が臆病になることなんてないだろう。
「皆さん。きます。」
「なぬ?」
そうエルザードが何を?みたいなニュアンスで聞き返した時だった。何かが全速力で走ってくるような音が聞こえてくる。それは明らかにこちらに敵意がある、直線的な軌道で向かってきているのだと早すぎる足音から推測する。だが、どこからくるかなど俺は耳がそこまで良くないのでわからない。そうして武器を出そうとした時
「───グルアアアアア!!!」
「!?」
目前にあった大木を突き破って赤い目をした漆黒の獣が襲いかかってきた。俺は予想外の登場に目を奪われて真っ先に反応できなかった。
「どりゃ───!!」
その時エルザードが前に飛び出し、引き出した竜腕で獣を真横にぶっ飛ばした。勢いを完全に殺され怯んだ隙に妖精王が風を使った魔法のような攻撃を手刀から切り出す。意外にも格闘的だ。
「グルゥ!!」
しかし獣はそれを悠々を回避する。互いに睨み合うような戦闘体制へと移行したのだ。
「……マズイ。」
妖精王が呟く。何がマズイのか一瞬わからなかったが、それはすぐに答え合わせへと移った。自分たちを取り囲むような足音が聞こえてきた。葉っぱを駆け、いつの間にか黒い獣は黒い獣達となって俺たちを包囲していた。
「最初の一体は囮でしたか、賢くなりましたね嬉しくありませんけど。」
「これが、凶暴化した妖精?」
「えぇ、その一部です。私はダークウルフと呼んでいます。ちなみに狼型の妖精はいません。」
ということはこの漆黒の狼は元があの妖精達だったということか。それならば前に言っていた魔物のような姿なるという彼の言葉に納得するしかない。
「くるぞ。なかなか数が多いぞ!」
うなりをあげていた獣達が一斉に襲いかかる。黒い体に赤い瞳、そして反転させたように白い歯。凶暴という名がそのまま形を持ったかのようだった。俺の槍はその獣達を追っ払うかのように振るわれた。理由は簡単だ、戦闘が始まる直前に
「できれば峰打ちでお願いします!!」
と妖精王が無茶なことを言ってきたからだ。俺からすればあなたの技がこの中で一番殺傷性が高そうなんだが、っと言いたかったが暇なく向かってくる狼を相手にそんな隙はない。仕方なくできる限りの峰打ちを遂行している最中だった。
「っ。」
あまりの数の暴力に、反射的に槍先の刃が狼を掠めたのだった。しまったと心の中で思ったが、次の瞬間黒の狼は形を保てなくなりその黒い外装を煙のように消した。そして残ったものは疲れ果てて眠っている妖精であった。
(今の手応え。)
目の前の事象に驚くと同時に、俺はどこか核心的な推測が脳裏に浮上した。しかしそれを話すのは今ではない。目の前の獣を対処しなくてはならないのだから。




