175話「混乱の渦」
大きな門を潜った先にあったのはどこかエルフの里に似たメルヘンチックな世界だった。具体的にどこが違うかというとまず最初に感じるのは雰囲気だ。向こう側は常に自然に囲まれ全てが寛容で寛大、それこそ森という存在が自分たちを受け入れてくれる感じだ。
対してこの妖精の国はというと、まるで幻想を眼前に押し付けられているような妙なせん妄的な感覚がしてならない。不愉快さはないが、どこか気を許して仕舞えば吸い込まれて二度と出られないような真相意識的な恐怖がどこかに存在する。ぶっちゃけ警戒しすぎな自分が生み出した被害妄想という線も否定できないのだが。
「わぁー、人間!人間!」
「獣の耳!、獣人だー!」
「ツノが生えてる変なのー。」
「あおーい、まるーい!動いてるー食べられるー!」
指先一つほどの大きさの小さな光を纏った妖精たちが俺たちの周囲を飛んでいる。この国の国民なのだろうか、聞いていた印象よりも可愛い気がする。だが一周回って可愛らしすぎる気がする。
「ピー!」
「エルフルが食べないと言っておる。」
「そうなのー?」
「悪いスライムじゃない?」
「じゃないー?」
「ピ!」
なんだかエルフルは周りを飛んでつついてくる妖精たちを鬱陶しく思っているらしい。普段温厚極まりないのが冗談みたいだ。
「悪いけど、あんまり突かないでくれ。」
「えー。」
「はーい。」
「わかったー。」
そう口では言うが妖精たちは突かないだけで依然としてエルフルの近くを離れようとしない。危害を加えないだけで、まだまだ興味は尽きなようだ。」
「ピぃ〜。」
エルフルがやれやれと言いながらついてくる。俺たちは道なりに沿ってひたすらに不思議な森を進んでいく。道中いろんな妖精たちが過ごしているところを目撃した。彼らにも名前とかがあるんだろうか?とか考えながら。
「のう、我ら何しに来たんじゃったっけ?」
「え、そりゃ観光だろう。」
俺は当たり前の答えを呟いた。ここ妖精の国には観光に来た。それ以外に特にやることなんかはない。
「どうしたのエルザード?」
「む、うむむ。なんだか他にやることがあったような気がするんじゃ。」
「ピー?」
「これ、ボケてはおらんぞ。」
エルフルがおそらくエルザードをおばあちゃん扱いするような言葉を使ったのだろう。だが実際問題その通りだ。せっかく妖精の国まで来てやかましいことは考えたくないものだ。それこそここで長いことのんびりするつもりなのだから。開始早々に変なことを思い出されたらせっかくの休暇が台無しだ。
「まずは全体を見て回ろう。そのあと宿屋とかを見つけてしばらくここに滞在するか。」
「じゃの。あ、通貨とかどうなんじゃろここ。」
「さぁ、物々交換とか?」
俺たちは楽しげな会話をしながら、妖精の国を観光した。朝昼晩の時間の概念はこの不思議な世界でも適用されているらしい。だがいずれの時間も飽きることがなかった。妖精の国には不思議な木の実だったり料理だったり、アトラクションだったりといろんなものがあった。
それこそ気づけば数日が経過していたのだった。
「いやぁ、この妖精の国もだいぶ楽しんだな。」
「そうだねー。なんかこう楽しいのもすごく久しぶりな感じがしたよ。」
「じゃな。もうしばらくここにいても良いのではないか?」
「あぁ。ところでエルフルを知らないか?」
いつからか、エルフルの姿が見えなくなってきたことを思い出し、口にしてみる。だがミィーナもベットで転がるエルザードも何も知らないような感じだった。
「まぁしばらくしたら帰ってくるじゃろう。たかだか数十日じゃ、それにしばらくここには滞在するじゃろ?」
「まぁな。こんなに居心地がいいところだったら、いくらでも居たい気分だ。」
「気分って、実際にいてもいいんじゃない?」
「うーん、確かにな。あれ?」
今さっきなんで俺は、気分なんて言葉を無意識に使ったんだろう。別に俺たちは何かどこかへ行く目的なんか最初からなかったはずなのに。だったら気分ではなく、ずっといたいとかそういえばいい。
「どうしたの?」
「いや。なんでもない。」
気にしても仕方がないことは極力考えないようにしよう。そう思いその日を終えた。
そしてまた数日、妖精の国はとてもいいところだ、ここに住んでいる人はみんな親切で優しいし闘いなんて望まない、まさに平和の塊だ。
「王様が来るよー。」
「王様!帰ってきたー!」
「王様だー!」
妖精たちがある方向へと向かっていっている。口々に喜びの声と王様という単語を口にしている。
「王様?」
「どうやら、妖精王が帰ってきたらしいぞ。」
「帰ってきた?」
片手にプランドパルンクを持ったエルザードが口をもごもごしながら、答えた。
「なんか最近どこかへ行っていたらしいぞ。我らも行ってみるか。」
「そうだな、おーい。ミィーナー!」
ミィーナを呼んで俺たち三人組は妖精たちが密集している広場へと向かっていった。多くの妖精たちがその場に集結していて、ざわざわと喜びの声をあげている。俺たちもなんとか彼ら彼女らの合間を縫って、その中心にいる人物をその目にとらえた。
「あれが……」
大きな蝶の羽、ここにいる妖精の誰よりもメルヘンチックな王様、正直王子様とか言ってもいいのかもしれない。妖精たちに笑顔で手を振りながら、ゆっくりとした足取りで前進している。
「王様ー!」
「王様何しにいっていたの!」
「なに。大したことじゃありません、少し邪魔者を除きにいってきただけです。だから慌てずに、よしなに。」
そう王様は口にして妖精たちを宥めていた。妖精たちは彼の周りに集まってひたすらに喜ぶだけでそれ以上のことは聞かなかった。ふと俺の視線が妖精王と合った。パチっと音がしたような気がした、妖精王は俺の姿を珍しそうに下から上まで見ながらそのままの足取りでこちらに向かってきた。
「これは──ご客人かな。初めまして。」
「初めまして…」
「私は、妖精王ヴァル。この度は妖精国への入国、誠にありがとうございます。」
丁寧にお辞儀をする。第一印象は王子様なのにその声色や言葉遣いは王女様のような印象を受ける。不思議そのものだ。
「こちらこそ───。」
「ふむ。この国は十分楽しんでいただけたようですね。」
「ええ。」
「ですが少々長居し過ぎてしまったようですね。」
妖精王は真面目な顔つきで、懐から袋を取り出しその中に入っている金粉を俺たち三人組の頭上に撒いた。俺はその金粉が手に落ちるのをじっと見ていると。妖精王は同時に指パッチンをした。
瞬間パチパチと音を立てて、俺たちの目がチカチカする。同時に眠っていた記憶が一斉に掘り起こされた。
「……あ、れ!」
「どうですか。魔法は解けました?」
妖精王は懐に袋をしまって、俺たちの様子を見ていた。
「あなた方がここにきた目的は?」
「真実の鏡を、そうだ!真実の鏡を見にきたんだった。」
「ふふ、大丈夫そうですね。」
そう妖精王は静かに笑った。俺はこの時ビックリしていた。まるで夢から目覚めたように靄がかかっていた記憶は全て解き放たれて、今ではなぜここにきたのかを思い出した。どうして、さっきまで妖精の国にずっといようだなんて思っていたのか分からなかったからだ。
「ぴー!」
「うお、エルフル!いつの間に!?」
「ピぅー!!!」
「なぬ!ずっといた??」
「えぇ、そのスライムはずっとあなたたちのそばにいましたよ。それも見えていなかったのでしょうね。」
「……いったいどういうことだ?」
「。ここではあれですので移動しましょう。みんなはいつも通りに過ごしてくださいね、それと彼らに鱗粉はくれぐれも使わないように。」
『はーい』
俺たちはヴァルに連れられて、大木の中に作られた客室のような場所に案内された。
「さて、お話でもしましょう。」
「うん。まずじゃ、何が起こっておったんじゃ?」
「簡単に説明しますと、貴方達は妖精たちの鱗粉にやられて魔法をかけられていたのです。」
「魔法?」
彼の口にする魔法は俺がいつも使っているあれとは少し違うような印象を受けた。多分実際問題別物なんだろう。
「妖精達の羽から出る鱗粉は体内に入れるとせん妄状態となってしまうのです。この国がここ地位と感じて、ここを離れたくなくなってしまう、嫌なことは考えられなくなり、そのきっかえさえも忘れて見えないようになってしまうのです。」
「ピー!」
「そうですね。貴方は魔物だったからゆえに忘れられ、見えなくなってしまっていたんだと思いますよ。」
「ピィ」
「お主、エルフルの言葉がわかるのか?」
「まぁ妖精王ですから。」
「えっと、その鱗粉って……」
「妖精国には常に舞ってますね。ですが私の鱗粉を使ったのでおそらく問題ないかと。次から外に出て大きく息を吸っても害はありませんよ。」
「ありがとう。」
つまり要約すると、俺たちは妖精達が自然に出す鱗粉を吸ったことによっていつの間にかこの国が好きになる洗脳を受けてしまって、本来の目的を忘れてしまう。戦いを止める思考になって、戦いの要因である魔物ということでエルフルのことも不意に忘れてしまって、約一ヶ月近くここで過ごしてしまっ
ったわけか。
「ってあ!!一ヶ月!!」
「ぬおおおお本当じゃ!我ら一ヶ月も無駄に!」
「ふふ。大丈夫ですよ。ここ妖精国は他所とは時間の流れが違います。ここでの一ヶ月は外での一日になりますからそんなに立っていませんよ。」
「な、なんと。」
そんな都合のいい時間差があったのかこの国は。
「前に来たエルフのカリスもここに10ヶ月もいたんですから。」
(いやそれは居すぎだろ。)
エルフののんびり感覚とこれがマッチした結果なんだろう。でも不思議なことにこれでも外では10日しか立っていないのだ。
「まぁ、全て私が国を開けすぎたせいですが。」
「お主、そんなに国を開けておるのか?」
「えぇ、ちょっとかなり厄介な問題がありまして。」
ヴァルは真剣な顔をして話し出した。
「最近はぐれの妖精達が凶暴化することが増えていて、その対応に追われているんです。」
「凶暴化?」
「皆さんご覧になった通りに妖精とは普通凶暴ではありません。確かに純粋ではありますが邪悪ではないのです。ですが、ここ最近はもともと普通だった妖精が突如として暴れたり、意図して凶暴的な行為に走ることがあるのです。」
「ほーう。」
「妖精は無力ですから、私が対処するということで。」
つまりワンオペで、それらの対処にあたっているということか。だがそれだとしてもハードワークすぎる。妖精の数に対して妖精王はただ一人だ、この人の言い方的に他にも大勢の被害者がいると考えられる、それらを一人で対応しているのなら、それは相当大変なことになるだろう。
「……だれか手伝ってくれればいいんですけどねぇ。」
しばらく黙った妖精王は俺たちの方をチラチラっと見ながら徐にそう口にした。まるでこっちの実力がわかっているから、助けて欲しいと願っている様子だった。さっきまでヘトヘトだったくせして今の彼はずいぶんと余裕があるように思える。
『………。』
しかして誰も声を上げないのである。もちろん引き受けたい気持ちは山々だが、どことなくこの人が信用ならないという共有の思考が俺たちにはあるらしい。
「もし手伝ってくれたら。普通じゃ、お見せできない真実の鏡をお見せましますよ。」
「しかたないノォ、引き受けるしかないようじゃぞゼル。」
「そーだな、引き受けるしかないか。」
「真実の鏡を見ることができるなら仕方ないよね。うん。」
「ピィー、ピィ〜ーーィ。」
「みなさん、ありがとうございます!」




