174話「妖精って?」
「妖精って、どんなのなんだろうな。」
数日前の夕食、俺がこう切り出したことを今でも覚えている。恐ろしく素朴な疑問だった。基本的に俺は疑問に思ってもそれを口に出すタイプじゃない、だがいまいち妖精というものがイメージできなかったからかこの時ばかりは3人の前で言葉をこぼした。
「うーん。なんか、ちっちゃくて翼が生えていて、可愛い?」
ミィーナが自分も知らないけどこんな感じ?みたいな口調でそう言った。ちなみにそのイメージは俺も同じだ。だが俺が聞いているのは見た目ではない。
「ミィーナよ、ゼルが聞いておるのは見た目ではなく中身の話では?」
「中身、あぁ……それだったらなんか楽しそう?」
楽しそう。とは感情を表す単語であるため、人格的や存在的なものを表す物差しとしてはちょっと言葉選びが悪い。だがミィーナがこのように思うのも無理はない、だって俺も楽しそうっと第一印象がてらそのように感じたからだ。
俺が抱く妖精のイメージは、キャピキャピしていて楽しそうに毎日を過ごしていたり少しいたずらをするタイプのそんなやつらのことだ。もちろんそれだけではないこともなんとなく予測できるが、大体こんな感じというイメージではこれが最適だろう。
「やっぱりそんな感じだよな。」
「ムー、お主はそんなふうに思っておるのか?」
「そんなふう?」
まるで自分は違うが?みたいな態度でエルザードは切り出す。
「妖精というのは確かにお主らの抱くイメージのようにちっちゃくて楽しそうな生き物のように見えるが。それはあくまで見えているだけじゃ。」
極々とトマトスープを飲みながらエルザードは食事を続けた。
「そう見えるって、エルザードは逆にどう見えるの?」
「……ふぅ、そうじゃの。我にとってはあれはなんというか純粋じゃ。」
「純粋?」
裏表がなさそうという意味では確かにそうなのかもしれない。楽観的なやつは基本的に純粋無垢であることが多い、妖精をそのイメージに当てはめるのなら曰く、何も考えていないとも言い当てることができるだろう。
「……何が違うの?」
少し考えたミィーナが口にする。
「そうじゃの。お主らが抱く純粋というのはまさしく、バカとかアホとか考えなしとかそこらへんじゃろう?裏表がない──。」
「あぁ。」
思わず頷いてしまったが、エルザードのその言い方はとんでもなく悪い。
「うん。じゃが一言付け足すと妖精達のそれは度合いが違うのじゃ。」
「度合い?」
エルザード曰くのバカとアホと考えなしに度合いなんて存在するのだろうか?
「いや、根本的にと言ったほうが良いか。奴らには倫理がない。」
「倫理?」
エルザードが次から次へと疑問を生み出すせいか俺とミィーナはエルザードが強調する言葉を復唱するだけの生物になっていた。
「我らには倫理がある。例えば人が死んだら悲しいじゃろ?そして人を殺すことは悪いことじゃろ?」
「当たり前だ。」
「じゃがなぜじゃ?」
「なぜ?」
それは命を奪う行為がとてもいけないことだからだ。どんなことがあっても命を奪うと言うのは、この世でかけがいのない何かを壊すことに等しい。それを口にしようとした時。
「…根本的に命を奪うのは起こりうることで、避けようのないこと、そしてそれが動物であれ人であれ、命に価値をつけないのなら我らがやっていることは、いけないことじゃろう?」
「ぁ。」
もっともらしいことを言われてしまった。確かに、倫理がないという前提条件をつければ俺たちは命を簡単に奪っている。動物だって家族がいて、人だって家族がいる。どちらを奪ったって失った命の数は同等だ。問題は俺たちがそこに価値をつけているから、自分と同じ見た目をした生物が死ぬのが嫌という倫理を持っている、そしてその命を贔屓してしまう倫理も持っている。だから自分たちは特別であり、決して自分たちと同じ知的生命体の命を奪っていけないと考えるのだ。
「うん。じゃが妖精達はこういった倫理が欠如しておる。奴らは純粋、つまり心も生まれたままと同じなのだ。じゃから、命に対して贔屓はしない。一回は一回でそれ以上でも以下でもない。ただそこに知能が高いだとか生存能力が高いだとか飛べるだとか飛べないだとかの特徴があるだけと見ておるのじゃ。」
「つまり、なに?妖精は命に対して本当に平等ってこと?」
「うーん。命に対して執着がないといってもいいじゃろう。なにせ、奴らには明確な死がない。」
「不死身なのか?」
「いや、物理的に殺されれば死ぬのじゃが。死んでも次の代の妖精が生まれるだけなのじゃ。」
「次の代?」
「2代目、3代目とかいうじゃろう?あれと同じじゃ。妖精は増えることも減ることも決してしない。ただ命のサイクルが何倍も早くて死んだとしてもすぐに次の代の妖精が生まれる。生まれ変わりだけで今代まで生きておるのじゃ。」
「だから、明確の死がない?」
「うん。」
それは輪年転生が高速で行われているようなものだ。生まれてくるのに少々のの時間がかかっているだけで結果だけみれば、妖精達はその数が増えることも減ることも決してない。それを知っているから、失われる、死という概念が倫理として刻まれていない。
自分が死んでも次が生まれてくるだけ。だから、死を悲しむ必要はない。だから命という存在に純粋のままいられる。
「まぁ、そんなわけじゃから奴らは何か特定の命にこだわったりしないのじゃ。バカであれ、アホであれ、その純粋さは動物を仕方なく殺す我らと同じように、時に我らを殺す刃となることがあるのじゃ。」
「それって、俺たちが殺される可能性があるってことか?」
「少なくとも何か特定のものに執着がないからの。まぁ、実行できるかできないかは流石にわかるらしいがの、」
力があれば殺されないが力がなければ殺される。そんなニュアンスをエルザードから読み取った。
「となると、私達。ずいぶんおっかないところに行くんだね。」
「いいや、意外とそうでもないのじゃ。」
エルザードはスープをおかわりして、再び気にもたれかかって食べ始めた。
「奴らは純粋であるが、その頭領にいるのは我らと同じ感性の持ち主じゃとも。」
「頭領?」
「妖精王、妖精女王と呼ばれる存在じゃ。ちなみにこやつらは一代に一匹しかおらんし、女だったら女王、男だったら王になるというだけじゃ。」
「夫婦とかじゃないの?」
「当たり前じゃ。妖精はさっきも言った通り命のサイクルがびっくりするぐらい早い。その証拠に奴らは遊びで結婚やら恋人を作ることはあってもその実、子供なんかは作れんから王が二人いる必要がないというわけじゃ。」
今更っと聞いたが、なんだかそれは子供のごっこ遊びに似てかなり複雑な気分になる。まるでおままごとでいきなり寝取られだとか離婚だとかの昼ドラマを見たような気分に近い。
「で?その妖精王は?」
「文字通り妖精達の王なのじゃが、この王は我らと近い倫理観も持っている。本来なら妖精の中に倫理観が生まれ、それが続くこともまた変なのじゃが、妖精王は相応の力と人の倫理観を兼ね備えて代々生まれてくる。」
「へぇ。じゃあ人が妖精達を従えているみたいな構図なのか?」
「まぁそうじゃな。加えて、妖精王に従うという妖精の生まれ持っての性質があるゆえに、反乱なんてものは起こりようがない。そもそも考えないからの。それに妖精王は良き王であろうが悪き王であろうが、王としての責任はしっかり果たすタイプでの。決まって妖精達には命で遊ぶなと申し付けておるのじゃ。」
「へぇ。じゃあ行っても安全なの?」
「うん。概ね安全じゃ、喧嘩をふっかけられてきたらそういった感じなんだなぁとか受け流しながら軽く捻ってやるが良い。ちなみに妖精王は妖精を愛しておるから、勝手に殺すと怒るからの。」
「……まるで怒られたことがあるみたいな言い方だな。」
「いやその、ちょっと着地をミスって潰してしまったことが大昔にあっての。こっぴどく怒られるだけで済んだわい。」
それつまりわざとやったら怒られるだけじゃ済まないってことだよな。妖精王は俺たちと感性が似ていると聞くし、とにかく地雷を踏むような行為は避けよう。
当時の俺はそんな覚悟をしたのだった。




