171話「振り返り」
「買ってきたぞー。」
「エルザード、ありがとう。」
王都から数キロ先にある小さな街。宿屋に俺たちは身を隠していた。ちなみに今聞こえた会話は壁の向こう側からだ。
「さて、まさかここまでするとはな。」
俺は手に持つ指名手配書の部分を読んでいる。公用語で書かれたその文章には特徴がびっしりと書かれている、まるでこれを作らせた人の怒りがそのままトレースしてあるかのようだ。
で、紛れも無くその特徴というのが俺たち3人組なんだがな。
「ピー!」
「そうだよな。エルフルが入ってないの不公平だよな。」
エルフルの頭に当たる部分を撫でながら俺、エルザード、ミィーナの手配書をもう一度見る。手配書にはかなりの金額が記載されていた。人攫いの重犯罪者的なことが書かれている。まぁ間違っちゃない。
俺たち3人と一匹(エルフルは実はエルザードの服に同化していた。)はミィーナを連れて逃亡した。その後数日以内にこの手配書が国土全域に広まることとなった、幸いにも絵心は完全になかったあくまで特徴だけとなっている。つまり今の俺たちは完全にお尋ね者状態なのだ。
(まぁ、俺の魔法があるからいくらでも誤魔化しきくから、積極的に隠れる必要ないんだよな。)
「ゼルー。ミィーナが終わったぞー。」
「わかった。下で会おう。」
扉を叩き俺たちを呼ぶエルザード、俺はそれに応えてエルフルを小脇に抱えて宿屋の下の食堂スペースに向かった。辺境の宿屋であってもかなり悪くない内装だった。
「どうじゃゼル?」
「おぉ。いつものミィーナだ、」
出た時ドレスのミィレーナだったため、エルザードは先ほど服を買いに行っていた。戻って着替え終わったミィーナは完全にいつもの俺たちが知っているミィーナそのものだった。
「大丈夫?似合ってる?」
「あぁ。似合ってる、」
「うん。やっぱりお主はこうじゃないとな。」
「ピー。」
流石に武器などは没収されたため見た目だけであるがそれでもいつものミィーナだ。変に着飾ったドレスやら髪飾りなどは取っ払いショートの髪をそのままの少しアグレッシブな服を着た女の子。それが彼女である。
「さてと、しばらく時間はあるな。」
「そうだね。ねぇ、3人とも……」
俺がそう口にすると合わせてきたのはミィーナだった。どうやら何か話したいことがあるようだった。
「なんじゃ?」
「……3人にはもう隠し事したくないから、この際しっかり心のうちを話そうと思って。」
「……言いたくないならいいんだぞ?」
「うぅん。なんか私だけ黙ってたから、しっかりとここで話さないと、仲間なら──必要だろうし、それに知りたくない?」
「うん。実のところ我知りたい。」
「……エルザードに先言われたけど、俺も興味はある。」
「ピィ!」
ミィーナの口から語られる過去、実のところ両親二人から聞いた話はちょっと断片的であったりする。それが本人の視点から語られるなら、この際しっかりはっきり知れるだろう。
「じゃあ話すね。」
そしてミィーナは話を始めた。
「まず知ってるかもだけど、私の本当の名前はミィレーナ・フォン・フランドベレス、立場的には公爵令嬢になるかな。」
「のう、もしかしなくともミィーナという名前は。」
「うん、ミィレーナから取ったんだ。そのままでも良かったけどなんだかちょっと高貴すぎじゃないかなって?」
ミィレーナ、ミィーナ。確かにレを消すだけで一気に溢れ出ていた貴族感がなくなる。
「うん。確かにかなり高貴な名前だと思う。」
「だよね、よかった、変えておいて。」
「それで、腰を折ったのは我だが続きは?」
「あ、うん。それで私はフランドベレス家に生まれて、ちょうど一年くらい前まではしっかりと公爵令嬢をしてたの。」
「しっかり?というかミィーナいくつだっけ?」
「17。しっかりっていうのはホラ、ピアノ弾いたりダンスできたりとか。あとしっかり社交辞令も。」
「つまりあのパーティーの時みたいな感じかの?」
「そんな感じ、でも正直ちょっと疲れちゃうんだよね。」
「そりゃあ……」
誰にとってもいい顔しなきゃいけないなんて疲れる以外ない。逆にちょっとで済んでるミィーナはだいぶ訓練されていると見て取れる、これが元貴族の娘の思考か。
「でもある時思ったんだ。あんな風に過ごしていて、それでも外の世界の人たちを助けられるのかなって。」
「それで飛び出したわけじゃかの。じゃが、お主婚約者がおったではないか、しかも王子じゃぞ、王太子じゃぞ!」
「エルザード、それどっちも同じ意味だ。」
「そうだけど……なんか、ね。政略結婚だったし、向こうは私に気があるかもしれないけど、私はなんだかピンとこなくて。」
かわいそうに王太子。君の愛はなんかミィーナには届いてなかったらしい、それどころか今の表情からミィーナも王子のことあんまりいい印象抱いてないっぽい。まぁ政略結婚で無理に連れ戻すわ、しっかり話してなさそうなところを見るに、信用されてなかったっぽいな。
いや本当にかわいそうに。敵ながら同情する。
「むむ、愛がないのなら仕方ないの。」
「お、う。」
「それでね、17歳の誕生日の後こっそり抜け出してね。それで冒険者になったんだ。」
「急にアグレッシブだな。」
「もともとお父様から鍛えられていたから、お淑やかさも大事だけど自分の身は自分で守れるようにしないといけないって。」
なるほど、なんかあのお母さんのお淑やかさとその本当に貴族だったのか?と思える近接能力はお父さんであるガイアス譲りだったというわけか。なんか心なしか仮に王妃になってもミィーナは女傑として完成しそうだなとか考える。
「なるほど、それで今に至るまで冒険者と。。」
「うん。最初の方とかは本当に自分の目で見て自分の体でいろんな人を助けられるようにしたいって思ってたの。でも───。」
「でも?」
「3人に出会って、一緒に旅っていうのをしてかな。なんだか今まで役目だとか役割だとかで冒険者をしてたのに、いつのまにか旅をするってことがしたくなっちゃってて。」
「………。」
「だから今の私は民を救うとか、そんな大層な願いじゃ無くて……まだまだいろんなところに行っていろんなものを見て旅したいって気持ち。それが本心だと思うの、もちろん人助けをやめたつもりはないけどね…っ!」
「そうか。良かったの、自分で自分を見つけるのは大変じゃ───それが見つかったのはまさに幸運じゃな。」
「…うん、二人と、ゼルが私に幸運を運んできてくれたんだよ。」
「そういわれるとなんか照れ臭いな。」
エルザードが変なことを言うから、その流れでなんだか照れ臭い感じになってしまう。ミィーナ自身も柄にもないと思っているだろう。
「……エルザードは同族探し。ミィーナは旅か。そう考えると俺は───何にもないな。」
「ぬ?人助けがあるではないか。」
「それは、なんと言うか罪滅ぼし的な意味も強いんだよ。俺の先祖がやったわけだし。」
二人の話を聞いてみて改めて事後分析する。俺のあの人助けをしたいという心は紛れもなく本物だが、言った通りそれは罪の意識からくるものではないかと今更にして思う。
「でも私たちより立派だよ?」
「うんうん。」
二人はそう言ってくれる。だが俺としてはどこか納得しない気持ちがある。二人は自分の願いだ、だが俺のこれは贖罪から来るものだ、自分で心の底からやりたいことがあるわけではない。それが俺が納得してない理由だ。
「ピー!」
「む、エルフルがそれなら僕にもないと言っておるぞ。」
「………エルフルは、俺たちと一緒にいたいがそうじゃないのか?」
「ピー。」
「それは、、確かにっと。」
「そうなんだ。」
エルフルの言葉がわかるのがエルザードだけなので、俺とミィーナは言われた通りに納得するしかない。となると、本当に俺だけ何もない状態なのか、俺にあるものとすればあの槍とちょっと人間離れした能力くらいだ。肝心の自分の気持ちだとか、なんなら昔の記憶すら無い。
「───。」
「のう、なら真面目にお主の記憶探しでもやってみるか?」
「え?でも……」
「別に、思い出せるならなんでもいいんじゃろう?ならわざわざ今は遠くにあるだろう人間の大陸に行かなくとも何か方法くらいあるじゃろ。」
「……そしたら、ゼルも自分のやりたいこと見つかるかもしれないしね。」
「………そうか。」
昔の俺は何か目的を持っていたのかもしれない。忘れていたことだが今こうして、しっかりと思い出すことができればそれが俺の新しい生きる目的になる。自分だけの目的に。
(それに、考えてみれば記憶を取り戻すのも大事だよな。)
忙しかったり記憶がなくても日々が楽しかったりしていてすっかり忘れていた。
「よし。なら──記憶探し、次はこれの旅にするか!」
「うん!」
「絶対探し出そう。」
「ピー!!」




