163話「気迫」
王都に辿り着いた俺は気持ちの整理をつけながら、フランドベレス家の方角に向かっていた。いまさらなんの気持ちの整理をつける必要があるのか?それはプレンサがあの後語ったことが関係している。
『獣人国の英雄?』
『そう。30年前に起こった魔物達が大暴れするスタンピードという現象が起こってな、あるとあらゆる魔物達が大地を踏み鳴らしてな。当時、冒険者ギルドがなかったことから国が直々に対応に出ることとなったんだが、数100年ぶりのスタンピードだった故に兵士たちの練度は足りてなく、国が危ういことになりかけた。』
『そんなことがあるのか?!』
『あるとも。歴史だけ見て言えば私たちは数100年の間まともな戦争というのをしていなかった。実戦経験がないのなら質も落ちるものだ。そして話を戻すが、その時魔物のスタンピードを止めたのが私とクロージャー、そして大金星を上げた現在のガイアス・フォン・フランドベレス、ミィーナの父親だ。』
『ほお。』
『功績を讃えられた私たちは貴族になった。そしてその中でもガイアスは一騎当千の活躍をして公爵という最高位の爵位まで授かり名実共に国に支える騎士となった。私も彼の強さには感服せざるおえないほどにな。それほど圧倒的なんだ。』
『……気をつけろってことか?』
『彼は気性が荒いわけではないが。それでも私やクロージャー以上に戦士として完成されている。命をかけないにしても衝突は覚悟したほうがいい。』
プレンサのその言葉を思い出していた。魔物達から獣人国を救い、元々貴族じゃないにも関わらず公爵という身分を与えられた本当の戦士。俺の直感は不覚にも最悪な結果こそがいくべき道だと告げている。故に俺の心は今猛烈に震えている、武者震いというのだろうか。
「ゼル。」
「わかっている、」
これはあくまで最悪の可能性だ。でも最善の可能性なら俺は話し合いでなんとかしたいと考えている。力を貸してくれなんて言い方はできない、だがそれでもミィーナの両親なら一言言ってやりたいことがある。
今はとにかくそのためだけに上流域の道を進んでいく。しばらく進めば立派な豪邸が連立する場所に出てくる、公爵家は一番王城から近いところにあるはずだ。
だがその前に関門がある。
「失礼。ここから先は上流域でも身分ある方しか通れません、身分証明書などございますでしょうか?」
随分と紳士的に対応する兵士、下手に見た目で追っ払わないやつよりかなり信用できる。じゃなくて、今はそう招待状がある。
「これで。」
「………確認しました。どうぞ、フランドベレス公爵家は右手側にございます。」
「ありがとう。」
わざわざ細かい場所まで言ってくれるなんて実に親切だ。これではこの間王都に侵入して屋敷を丸焼けにしたことを気軽に話すことなんて到底できないだろう。もちろん墓まで持っていくこと確定なんだが。
「フランドベレス、ミィーナの親と言っていたが一体どんなやつなんじゃろうな。」
「さぁな。」
ミィーナの性格を準拠するなら厳しくも決して自分の譲れないものを持つ高潔な人物なんであろうが、如何せん冒険者としてのミィーナの行動を見るに、あれが貴族になった姿がまるで想像できない、考えれば考えるほどなんだろうかミィーナは冒険者の方が性に合っているように思えてくる。
だが実際に彼女は公爵令嬢で俺たちが向かうべき先はそのミィーナの両親である。何が出ても大丈夫なように常に気を張るが、不安は全然押し殺すことができない。
「ここ、か。」
屋敷に辿り着いた俺たちはその豪邸を真正面から眺める。サーノルドの豪邸やら上流域でいろんな屋敷などを見てきたつもりだが、そのいずれとも違う。穏やかで高貴な雰囲気を纏いつつ屋敷全体に武装化が施されているかのような緊迫感が常に俺たちの精神を削りきている。この屋敷何かの拍子で剣を持ってこちらに切り掛かって来ないだろうか?そう馬鹿馬鹿しい感想が漏れるほどの厳格なイメージがある。
「……失礼。」
俺は門番に声をかけて招待状を渡す。門番は無言のままにそれを受け取り裏表と中身を確認せずに小さく頷くと門を開き俺達を敷地内へ招き入れた。屋敷までの道のりに案内はない、自分の足で行けというのか、いやそもそもアポイントメントもとっていないならこの対応が相応しいだろう。なにせ俺たちは貴族でもなんでもない。自らの足で地面を踏んで進むまでだ。
「………。」
「。」
エルザードもエルフルも俺も黙っている。黙らざるおえない屋敷に近づくたびに遠目で感じていた雰囲気はより一層強まるばかりだからだ。
足取りが重くなり空気に重量感がもたらされる、そんな中長い道のりを進んでいると。
「お客様。」
執事服を着た使用人に呼び止められる。俺たちは振り返ったまま黙っている、まだ会話のターンは向こう側だ。
「僭越ながら、ここから先は私めが案内させていただきます。道中にで本日のご用件をお伺いいたします。」
「どうも。」
使用人と共に俺たちは道を歩いていく。老人のような見た目をしているがその眼光はどこか鋭いものがある。この屋敷にいる者は全員ナイフのような切れ味を持っているようだ。
「本日のご用件は?」
「フランドベレス公爵にお願い事がありまして。」
「なるほど。」
言葉と共に招待状を執事へと見せる。執事は招待状を少し手に持って確認し俺へとそっと返す。その言葉に私情は含まれていない、ここにいる人達はそれぞれが役目通り動くばかりで面白みなんてものはない。そもそもここにそれを求めること自体が間違えてあると叩き込まれているようだ。
「少々お待ちください。」
長い道のりを経てやっと室内にたどり着き、そこはエントランスホール。使用人は俺たちに待てと言って一人でどこかへ行ってしまった。自由に回ってみていいなんて許可はもらってないので文字通りその場から動かず暇な時間で室内をじっくり見回す。
「………。」
厳格な外側とは打って変わって内側はシンプルなデザインだ。それどころか場違いだと思うほどの豪華な花などが至る所に飾られていたり、目前の肖像画には女性の姿が描かれている。どこか見覚えがあるとよく観察していると。
「ごきげんよう。」
「ごきげんよう、」
反射的に返してしまった、俺は改めてその人物の装いを本人からバレないように観察する。ドレスを見に纏い、その雰囲気は優しいさを纏っていながらもどこか威厳的に見える。そして脳裏にミィーナの顔が過ぎる。
(この人は、もしかして。)
瞬きを一回し、確信する。おそらくこの人は
「申し遅れました。私はフェアルス・フォン・フランドベレスでございます。」
(ミィーナの母親か……!)
逆なのであろうがミィーナにとてもそっくりだった。もちろん声色やその髪型は違うものの、顔のパーツや髪色の点で言えば本人にとても似通っている。文字通りミィーナをイメチェンさせて大人にしたような感じだ。
だが俺が知っているミィーナはこんなこと言わないし、似合わないし、こんな雰囲気到底出せそうもないので普通に別人だとすぐに認識できる。
「本日は我が家に何か御用でしょうか?」
「えぇ、はい。」
ここでミィーナの母親と出会うなんて願ったり叶ったりの状況なんだろう。本来なら両親ともどもにあれこれやら聞きたいことがそしてお願いすることを考えていた、もし今がそのタイミングなら逃すことできない。
「お客様、準備が整いました。おや、奥様もこちらにいらしていましたか。」
「サイレス。ごめんなさい、少しお話をしていて。」
「滅相もありません。奥様もご一緒にどうぞ、ガイアス様がお呼びでございます。」
「主人が?」
俺達はミィーナの母親であるフェアルスさんと共に執事のサイレスに連れられて一室の前まで案内された。
「ガイアス様、奥様もお連れいたしました。」
「ご苦労。入れ。」
「失礼致します。」
扉越しだというのに身の毛が逆立ってしまうほどのプレッシャーが全身を駆け巡る。思わず息を呑んで同時ない執事と奥方に挟まれながら俺たちは部屋に入った。
部屋の中心には二つの椅子がある。片方は空席、おそらく俺たちが座る椅子。そしてテーブルを挟んだ向こう側には。
「─────。」
まるで獅子のような獣人が腕を組みながら堂々と座っていた。その気迫たるやライオンオーラ、鋭い眼光は俺たちの姿を捉えたまま品定めをする商人より鋭くその瞳は獲物を捉える前の狩人のそれによく似ている。グリンドルムに対して抱く殺意や感情と似たようなものが込み上げてくる。だがそれを発しているのは紛れもなく俺が知っている獣人という種族で、そして獣国の英雄と揶揄される男なのだ。
身体中の血の気が一気に引くような感じがした。そんなことはないと思うが相手はすでに俺たちを殺しにかかるような気を出しているのではないだろうか?
「貴方、これは?」
「……私の隣で観ているのだ。」
背後にいる夫人の雰囲気が少し変わる。先ほどまで優しさを纏っていたはずのそれは一変し、目の前の獅子に向けられる。獅子は、睨まれたように目を閉じ自分の隣へと遠回しに言う。
「座れ。」
それはもてなしではなく命令に近いものだ。だが俺たちは相手に文句など言わないし言えない。なぜならここは彼のテリトリーであり俺たちのような凡人で平民は本来立ち入ることすら許されない場所なのだから。
椅子に座った俺たちの前に紅茶が出される。だが飲めるような空気でもない、出されたお茶にいい顔をしながら口をつける夫人を除けば俺とエルザード、エルフルも、そして目の前のガイアス・フォンフランドベレスの間に流れるものは嵐の前の静けさを象徴するなにかであることは言うまでもない。
「要件は。」
「………」
プレンサの招待状を机に差し出すとガイアスは丁寧にそれを掴み取り、何事もなかったかのように中身の手紙を見始める。
「プレンサから?」
「────。」
夫人の質問にガイアスは何も言わない。ただ黙って眉を一回動かすだけ、表情に大きな変化は見られない。
「……奴め、黙っていたな。」
ガイアスは全身から静かな怒りを出し手紙を真っ二つに破り裂く。そして机の上へ放り投げると俺たちの方にその視線を向けた。先ほどものとは比べのにならない威圧が俺たちの精神を磨耗させていく。今すぐここから逃げたいと本能が叫ぶがそれをグッと抑えながら、向かい合う。
「お前達の目的はなんだ?プレンサの顔に免じて聞こう。」
「─────、」
「どうした?」
覚悟をしてきたと言うのに、目の前の獅子の圧に押し負けそうだった。心が緩むことはない、そう思っていたはずだが目の前にいる獣人は間違いなく今まであってきた存在の中で格が違う。同行できる問題より、何もどうしたらこれが同行できるのか。っと逃げの思考へと自然と促される。
だがそれでも、俺は話さなくてはいけない。この人の前で俺たちのやりたいことを。
「………ミィーナの本心を聞きたい。」
「……ミィーナ?」
「俺たちの、仲間の名前です。」
ミィレーナ・フォン・フランドベレスとは言わない。俺たちが知っているのは冒険者で仲間のミィーナだけだ。そして彼女の口から本心を聞き出すこと、それ以上にやることはない。そしてそのためだけにここにきたのだ。
「………。」
「………。」
沈黙が流れる。誰一人何も言わず誰一人何も動かない。そんな時間が数分、いや数十分流れた頃だった。
「……残念だが、お引き取り願おう。」
「………断る。」
「なに?」
「…………。」
いつもの俺だったらリスク管理だとかなんだとか適当な理由を並べて帰っただろう。いや案外適当じゃなくて妥当な理由なのかもしれない。だが今回ばかりは人間として、心に従った行動をするべきだと思う。理知的だとかそんなのものよりも譲れない、それが俺たちには必要だから。
「……俺たちは彼女の心の声を聞きたいだけなんです。そのために、どうか協力させてはいただけませんか。」
「……。」
先ほどの険悪なムードをいっぺんさせる。俺は深呼吸の末にその言葉を吐き出すが相手の顔色は変わらない。俺に向ける意識は常に怒りと何かだ。
「───」
また沈黙が流れる。だが今度もそれを打ち破ったのは向こう側だった。
「お前は冒険者か?」
「はい。」
「戦ったことは?」
「あります。」
「ならば覚悟はできているな。」
言われなくてもできている。そう目で伝える。
「ついてこい。」




