160話「タイムリミット」
ドワーフの里を後にした俺たちはレオーナに戻るために移動中。道中は行きよりもそれなりに快適になっていた、氷水石があるおかげで暑さも幾分か凌げたというところで熱地帯を乗り越えて草原に。
「いやぁ、今回の依頼もなんとかなって良かったのー!」
「だな。」
「………」
熱地帯を超えたことによって気分はこれまで以上に爽快、一面緑の草原があの地獄のような大地と打って変わって癒しをもたらしてくれる。だがそんなウイニングラン気分の俺たちの中でもミィーナの顔はなぜか曇っている。俺たちとは真逆のような感じだし、何か嫌なことでも思い出したのか?
「ミィーナ?」
気になって思わず聞いてみる。ミィーナは俺たちの会話は聞こえているようで、なにかを決めた顔をしてこう言った。
「3人とも、ギルドに戻ったら話したいことがある。」
「話したいこと…?」
「………うん。」
「わかった、」
ミィーナの顔は至って真剣だ。楽しい雰囲気の中に鋭く冷たいものが刺すような感じがする。
(………。)
心当たりがないわけじゃない。ミィーナは俺たちに何かを隠している。プレンサと毎度のことな何かを話していた、俺たちを抜きにしてでの会話のように聞こえたから、多分二人に関係すること、もしくはミィーナに関係することなんだろう。
淡い希望かもしれないが、もしかしてそのことなのか?
「ならばの!しっかり帰らないとな!帰るまでが旅じゃ!!」
「……そうだね。」
ミィーナの顔が少し柔らかくなる。もしかしたら俺の考えすぎなのかもしれない。
そう思いながら道を進んでいく。考えている時の俺は前が基本的に見えていない、だから次に気づく時は何かに躓いた時、それか誰かに呼ばれた時だけだ。
「のうゼル、あれ何かの?」
「?、あれは……」
エルザードが前方の丘を指差す。一面緑色な草原に随分と不釣り合いな黒い点々が見える。一瞬大きな岩かと思ったそれは、着実に動いていてすぐにその正体を予想した。
「……兵、隊?」
何かを掲げ大勢の武装した兵士たちが草原をゆっくりと行進していた。鋼色に光る鎧は草原の大地を耕すように踏み鳴らしている、なんだか不釣り合いで険悪なイメージがする。
「────っ」
「ミィーナ?」
ミィーナが露骨に顔を背ける。目の前の兵隊と何か関係があるのか?まったく予想ができない。
「のう、なんかこっちに向かってきている気がするんじゃが。」
「まさか……、」
っと言葉に漏らすがエルザードの予想は正しい。草原を進行する兵隊達はもしかしなくてもこちらに向かってきている。俺たちが歩いている道先からズンズンと足音を立てて隊列に狂いもなく向かってくる。それはまるで遠征隊のようだ、だが遠目からでも感じる視線、それが紛れもなく俺たちに向いていることを薄々感じ取れる。
「あれは?」
その時視界に映る大きな旗、草原の風に揺られながら何回も靡いてはその金色と赤色で彩られたなんとも高級的な紋章が垣間見える。
「あの旗、どこかで───」
「───あれは王家の旗。」
見たことある。そう呟こうとした時、ミィーナが答えを言った。
「王家?」
「王都フラッグリンにいる、"獣人国"の王家、その紋章。」
ミィーナの言葉にもう一度あの大旗に目を向ける。たしかに王都で見たことあるデザインだった、そしてそれが王家の旗。つまりあれは王家の兵隊ということなのだろうか?
気づきも考えもしなかった、だがそれ以前に疑問が泉のように湧き出てくる。
なんで王家の兵隊がこんなところに?
なんでミィーナはやけに詳しいんだ?
「おい、なんだか歓迎されてない感じじゃぞ。」
「。」
近づいてくればくるほどわかる。あの兵士たちの目に宿るものは忠義とたった一つの意思、こちらを標的とすでに捉えている目立った。それも最初のうちに気づけば良かった、目の前の驚きに気を取られ過ぎていていつもの勘の良さがどこか抜け落ちていた俺はここでようやく行動に移すことができた。
「────逃げるぞ!」
直感から弾き出される答えを口に俺が走り出すと同時にエルザードも訳を聞かず走り始める。どこに逃げるのか、どこへ行かのかは決めていない。だが何から逃げるかはこの際既知の領域だ。
「!ミィーナ」
「ゼル、私──。」
「っ!」
ミィーナの手を強引に取って走り始める。彼女の言おうとしていたことは気になるが、今はそれどころではない。敵対するかどうかなんてあの目を見れば明らかだ。だから今はあの量と戦うわけにはいかない。
ミィーナには悪いがここは嫌がなんでも逃げなければならない。
「のっ!?まずいぞゼル!」
エルザードの声に後ろを少し振り返る。兵隊は逃げるこちらを追いかけるスピードへと変化する。兵士たちは重いであろう鎧を鳴らし、騎乗した兵士はその機動力でこちらを追い詰めようとする。
「───っち、何がどうなって!」
思わず愚痴がこぼれる。握っているミィーナの手に力はない。まるでここで置いていって欲しいような感じだ。それについて詳しく聞きたいところだけど今は本当にそんな場合じゃない。
「ぬぉっ!?」
前方のエルザードの声を出して勢いよく立ち止まる。
「どうし───っ!」
エルザードに問いかけようとした時、目の前には自分たちの後ろにいた兵士たちと同じ甲冑を身につけた部隊が待ち構えていた。瞬時に誘い込まれたと理解した時には、後ろにいた騎馬兵が追いつき俺たちの周りを取り囲んでいた。
「……ッ。」
エルザードがすぐさま戦闘体制を取ろうとするが俺はそれを一旦止める。攻撃してこない以上はいくらその目に敵意が宿っていてもこちらから攻撃してはいけない。無用な争いを避けるためと自分の中で言い聞かせていた言葉が、今回ばかりは冷静さを生み出すきっかけとなっていた。
そして間も無くして俺たちは大勢の兵士たちに取り囲まれた。何もしてこない兵士達、互いに睨み合う戦局の中ミィーナを守り囲むように背に俺は分析を行っていた。
(この兵士達は王家直属の兵士か?そして俺たちはまんまと誘い込まれた?なら、あとはなぜ?誰が?どうして?)
一番の謎が未だ明らかにならない中俺は冷静に見る。それでもやはり心の中にある焦りは消えないものだ。次の思考は常にこの状況をどう打破する?という単極的なものに変わっていたから。
周囲の兵士達が全く動かない中、俺たちに向かってくる存在の音が聞こえてくる。馬に騎乗し、ゆっくりとした足取りで向かってくる。兵士達はその気配を感じ取ったからかゆっくりと、その手に握る武器をどこか礼儀良く持ち直す。
「皆の者、ご苦労。」
奥から堂々としていながら若々しい声が聞こえてくる。俺は考える、おそらくその人物こそがこの状況を作り出した張本人であり、今の俺たちと水面下の敵対状態にある人物だと。そして繋げる、これだけの兵士を御貸すことができて尚且つ王家の旗を白昼堂々と掲げることができる人物、それはおそらく一人しかいない。
そしてその人物が今、兵士達という壁を開きつつこちらに姿を現した。
「…………。」
白金の鎧に包まれ威厳を体現したような馬に乗り相応の姿勢で俺たちの前に姿を現したそれは、若き獅子の王子であった。
「久しぶりだね。ミィレーナ。」
その人物は馬から降りるとミィーナをミィレーナという名前で呼び懐かしいような表情をする。しかしその視線その目が俺たちに向くことはなかった。
「──お久しぶりです。キングラッド様。」
ミィーナはそれに対して淡白に返す。まるで社交辞令のようにしかしそこには一切の感情がこもっていない、今まで見てきた彼女とは別人のようだった。
「よしてくれ、僕と君の仲じゃないか。それと、息災だったかい?」
「はい。」
「そうかよかった。ミィレーナ、君の両親であるフランドベレス卿も心配している。もちろんこの私も、さあ帰ろう。」
「………はい。」
「待て!」
次から次へといろんな情報がなだれ込んで、思わず思考が止まったりだったが、最後のその言葉は見過ごすことができない。彼女がゆっくりと歩き出そうとするその手を静止して、二人の間に入る。
「君は……?、そうか──説明は必要か。」
王子は合間に入った俺のことを一瞥すると、一瞬怪訝な表情を見せた後何かに納得したように向き合う。
「まず紹介が遅れた。私の名前はログレス・キングラッド。獣人国の王太子であり彼女、ミィレーナ・フォン・フランドベレスの婚約者だ。」
「───っ?!」
「こ、んやくしゃ。じゃと。」
「。。その様子だと本当に何も知らないようだね。私は彼女を連れ戻しにきたんだ。自分の婚約者である彼女を国に。何もわからないことが多いかもしれないけど今は納得して欲しい。」
「───、納得?」
「そう。もしできないというのならいささか強行手段を取らざるおえない。」
そう王太子が口にすると取り囲んでいた兵士たちが一斉に武器を再び構え矛先を俺たちに向けてくる。しかしその範囲にミィーナは入っていない。
「これは貴族間、かえっては国のことに関わることだ。君たちがミィレーナの知り合いだとしてもこれ以上は踏み込めさせられない。」
「白々しくいいおって。」
「……。」
いつもは手が出るエルザードもここでは極度に自重している。状況が状況だからか、流石に思うところがあっても下手に口を動こせない。
「ゼル、エルザード、エルフル。」
ミィーナが口を開く、しかし彼女は決して俺たちの方を向かない。それどころかゆっくりと王太子の方へと向かっていっている。
「ここまでありがとう。」
「…ミィーナ、何を言って──、」
「あなた達との旅は悪くはなかった。でも悪いけどここからはあなた達には関係のないことだから。」
そう言って歩く速度は少し速くなる。俺は引き止めようと、声をかけようと口を開くが。
「もう、関わらないで。」
「───────────。」
捻り出されたように聞こえたその言葉は俺の口を何事もなく塞ぐのに十分だった。そして王太子は俺たちを少し見た後ミィーナを馬の背に乗せて共にこの草原から兵隊を引き連れて去っていった。俺はそれをただ黙って見ていることしかできなかった。本心であろうが本心でなかろうがあの言葉を言われた俺はもはや何もできる気がしなかった。言葉通り、言われた通りに彼女にもう関わらないという選択肢を、取ったのだった。




