156話「凍る世界への切符」
ドワーフの里で数日を過ごし、ミィーナの体力は完全に回復した。この灼熱の地帯で行動を円滑に進める用の装備の新調まで行い、万全の体制になったところで俺たちは聞き込みを開始した。ドワーフの里で調べることができるエリアは大きく分けて二つ、鍛冶場の仕事場エリアと、俺たちが過ごしている休憩所エリア。
どっちもドワーフが多くいる、本人達の口から聞けば多くの情報が手に入るだろう。
「むむ。いい話が聞けないの。」
っと思っていた時期が俺にもありました。あいにくのこと、あまりいい情報は手に入らないものだ。ちなみになにも有益な情報がないという意味ではない。正確には答えてくれるドワーフの大勢が曖昧な回答、直感的なものを頼りにした言葉ばかりのためプレンサの説明同様に直で聞いてもフィーリングを織り交ぜた予想程度が限界なのであった。
『あぁ?それは、あれがこーであれだ!めちゃくちゃ寒くて暑いんだよ!』
『いやいや寒いだろ?そしてぇ、、寒いだろ!』
『ほらこう、コワゴワーみたいな、グラコワーみたいな!』
曰くこんな感じ。
「まさか、プレンサのあのわかりづらい説明がまさか現地よりはるかにマシだったとは。」
「こうして思い返してみるとひどいね。」
表現力のなさとでもいうのか。いやそれは失礼すぎる、おそらく彼ら彼女らにとってはこれが今までやってきてできる限りの伝え方なんだろう。ただし文化の違いでそれがかなりわかりにくいだけ、うん今はそう思うことにしよう。
「とりあえず、寒くなっているというのがわかったが。まだまだ我らにとっては暑いんじゃよなー。」
「とりあえず、次で最後だ。それができないなら手探りで調査を開始して記録するしかない。」
「勘弁して欲しいの〜。」
現地民との協力も進捗のうちとはよく言ったものだ。俺たちは最後の希望をかける思い出、このドワーフの里の中で一番腕が立つと言われている鍛治師バートンの元を訪れる。
一番の腕を持つということはそれ相応の経験、そして相応に優れた感覚を持っているということ、彼の言葉からならよりこの異常事態に関する情報が聞き出せると俺たちは思っていた。
「ギルドから話は聞いていたが、獣人にエルフにドワーフにスライムか。……ここまで嘘まみれだと逆に笑っちまうな。」
バートンは俺たちを一瞥すると笑顔を見せながら笑わない。彼の目にはおそらく俺たちの正体がわかっているのだろう、その審美眼は魔法程度で誤魔化せるものではない。
「……フーっ。」
つけていた葉巻を外し白い息を噴き出す。この部屋の空気はとてもいいものじゃない。だがいざ立ち会ってみた彼の風貌、雰囲気もあってかそんな不快感は微々たるものであった。
「俺は最初からギルドを信用しちゃいない。──俺は俺が信用に値するものしか信じない。」
「それじゃあ、貴方の信用を勝ち取るには?」
「簡単だ。他のドワーフも満場一致で認める物。それは武器だ。」
バートンはそれ以上なにも言わなかった。武器を使ってどうしろとも武器を見せろとも言わない。
「なにを言っているんじゃこやつは?」
「……。」
「なにか、こたえんか!」
エルザードの言葉にバートンは目を瞑ってなにも話さない。その表情からは示さねばこちらも示さないと語っているようだった。
武器。物であるのなら、心や信念やそう言った類のものではない。自分が持っている変えができない武器、それなら一つだけある。
「………。」
「……っ!?」
自分の手に槍を出す。一瞥をしていたバートンは目を見開き驚愕したのち、立ち上がりゆっくりと俺の方へと迫る。
「それは……!」
「これが、俺の武器だけど。」
バートンは槍に触れるように近づくが、完全には触れきれずその全体を常に驚きの表情で見ている。先ほどあった匠の雰囲気は一瞬にして冒険家のような未知なるものを追い求める好奇心の瞳へと変わっていた。
「───386年、これまで数多くの武器を見てきた。絶世と呼ばれた剣、持ち主すら飲み込む魔盾、今は亡き王者の弓、血の悪魔が用いた変幻自在の武器。だがここまで完成されたものは初めて見た。」
386年。それはドワーフの平均的な300歳の寿命を超えた年齢だった。その後長きにわたる人生の中でこの鍛治師バートンはあらゆる武器をその目で見てきたのだ、その中には人の手に渡ることもできず人が知り得ないほどのかず多くの武器達があっただろう。しかし俺のこの槍はそれら全てを凌駕していたのだ。
「完成された…?」
「まるで最初からこの形であったかのようだ。あらゆる武器は鍛造され生み出される、だがこれは存在が具現化し武器という形をとったように見える。」
「形をとった?バートン、なにが見えている…?!」
「……く、」
バートンは目元を隠しながら再び椅子へ座る。その様子は老衰間近の老木のようだ。
「……悪いな、こんなところで老体が震えてきたとは。」
バートンの手は震えている。体が自分の寿命をようやく悟ったように、彼の体はようやく衰退の道に踏み込み始めてしまったのだ。
「だがお前とその武器のせいではない。俺も死に損ない続けて、惨めに終わるかと思ったが……ハ、それでやっと満足できたらしいな。」
「バートン。」
「すまない、これ以上は語れない。その武器は俺の目で見極められるものではない、ドワーフというのは常に武器について誰よりも知ってなければいけない。だが俺はそれが何かの幻想のように見える、この世に存在するかしないか、その境界の終着、ある概念が独り歩きをして、そして形を持つことができたなにか。こう口にして言えば武器がどうかも怪しい、俺には……その程度しか、語れん。」
「………。」
バートンの言葉は全て真実のように聞こえる。彼の口からこぼれ落ちる言葉はその元にあった風貌や雰囲気根幹すら覆していた、そしてその結果を弾き出させた俺の槍は、それだけすごい。いや"なにか"なんだろう。
「………少し落ち着かせてくれ。お前達にこの事態を正しく伝える。」
バートンは椅子から立ち上がると部屋の奥へと入っていった。俺たちはその場で立ち尽くしたまま、彼が再び戻ってくるのを待っていた。
待っている間様々な憶測が俺の頭から飛び出てきた、だがいずれも答えはない。
なぜこんな武器が俺の手元にあるのか。なぜそれを俺が持っているのか。なぜこんな不思議な力があるのか。
疑問は尽きることを知らずに、いつのまにかバートンはなんとか落ち着きを取り戻し再び椅子に座った。先ほどまで後生大事に持っていた葉巻はその手にない。
「黒い怪物。それがこの異常事態の元凶だ。」
「黒い怪物……」
「グリンドルムか?」
「なんで呼ばれているかは知らん。だが俺にはあれが到底生き物だとは思えない、そもそも生きているのか死んでいるのか、お前のさっきの槍と同じような気配がした、最も正負かは全く逆だがな。」
バートンが語る黒い怪物の要素は俺たちがグリンドルムを見て感じた感想にとても似ている。
おそらく間違いはないのだろう。
(グリンドルムがここにいる。)
そう思うとなぜか手に力が入ってしまっていた槍の感覚をより知覚する。握られた拳の中に槍が握られている感覚、それを錯覚していた。
「黒い怪物が氷水石を貪り食っていた。多分そのせいなんだろうな、アイツのことはよくわからねでだが食ったものを自らの力とすることは、想像できる。」
「つまり、氷水石の力で。グリンドルムが?」
「わからねぇ。」
わからないことはわからない。だが可能性としては十分だ。今までのグリンドルムも捕食することによってその力の一端を自らのものとして扱うようになっていた。ならば今回の事件の首謀者はやはりグリンドルム、そしてここにいるやつは。
「……場所は里の採掘地帯、今じゃ立ち入り禁止になっている封鎖エリアの一端だ。いつからか馬鹿でかい穴ができている。」
「じゃあ、そこに元凶であるグリンドルムがいるってこと?」
「そう見ていいじゃろう。それにしても冗談半分じゃったが、ここにきても奴と出会うとは思い出すだけで嫌となる、お主の気持ちが少しはわかるのゼル。」
「だろ?その気持ちを胸にでも刻んでおけ。」
刻むスペースがあればの話だがな。
「……お前達、あの怪物をなんとかしようってのが?いや、そうか。」
バートンは理解したように立ち上がり、壁にかけてあった道具やバックを持ち始め荷物を整え始める。まるで遠足前日の子供のようだ。
「バートン?なにをしている?」
「勝手で悪いが、同行させてもらう。俺はドワーフだ、なにがあっても自分の仕事場は守らないといけない。今まではそれができないがお前達とならできると確信した。」
「ゼル?」
「いや問題ないだろ。」
見たところ戦闘面においても素人ではない。なんならグリンドルム以前にガイド役が必要だとか考えている頃だった、ならこのバートン以上の適任はいないだろう。
「少しの間だが、世話になる。」
「……こちらこそ、よろしく。」




