145話「泉の水と源」
「───やった、か。」
グリンドルムが撒き散らしていた邪悪な気配、身の毛もよだつ恐怖はピタリとなくなった。そして泉には水が溢れ出ており、周りの雰囲気も一変。美しい風景へと様変わりしていた。
鳥が歌い出し、隠れていて離れた生物達も戻ってきたようだった。おそらくこの感じこそ本来あるべき姿なのだろう。
「やったのおぉぉ!!!」
エルザードが身体中に枝やら葉っぱやらをつけて手を振りながらこっちへと戻ってくる。
「ぷっ。」
口元を隠し笑いを堪えたのはミィーナであった。その姿に俺も思わず笑いそうになるがギリギリのところで止まる。
「?なんじゃお主ら?」
エルザードが何もわからない顔で俺たちを見る。そのアホさ加減のお陰で余計に笑いが抑えられなくなりそうなところを、ミィーナがエルザードに近づき頭や体についている葉っぱや枝を取り除いた。
「エルザード、どうしてそんな体に色々つけてたの……?」
大笑いしないようにミィーナはエルザードに聞いた。自分から落ちる葉っぱや枝の量にエルザードは驚いている様子であった。
「いや!これはあの怪物を通り過ぎた後そこらの茂みに激突したせいなんじゃよ!」
「それであんなんになるのか?」
「なるじゃろう!」
いやならないって。だって頭に小さな茂み乗っけているみたいな姿だった、本当は遊んでいたんじゃないか?とか聞きたい気分だけど、まずは労いの言葉が先だろう。
「エルザード、よくやったな。ミィーナもありがとう…!」
「私は特に何かしていたわけじゃないけど、」
「グリンドルムの注意を引くのを手伝ってくれただろ?」
「それは、まぁ。」
この戦いで活躍しなかった者は誰一人いないのだ。多少大きく活躍したかしてないから、要はその点。でもグリンドルムに立ち向かっていけるほどの勇気がある、っという点においては全員同じだ。
正直あんな恐怖と悪性の権化に2回目であったにも関わらずよく立ち向かっていったと思う。
「そうだ!ゼル、特に不調はないか!?」
「……なんで?」
「いや、お主この前ぶっ倒れたじゃろ!」
「ぁ。」
そう言われてみるとなんだか眠くなってきて、、ない。特にない。
「………いや大丈夫だな。って──槍が!」
「?、?!おぉ!?」
前に体にきたあの疲労感はまるでこない。そして自然と自分の体を確認すると槍がその手にはしっかり握られていた。無意識だったのにも関わらず俺は槍を持つ手を離さなかったのだ。
「槍が、消えてない?」
「本当じゃのう!つまり、ゼル!!お主ついにモノにしたか!!」
「………。」
槍を手に持って改めてその重厚感を感じる。見た目からして金属製のような何かだと思うが、それにしては軽すぎる、俺が持っているナイフより下手したら軽いんじゃないのか?
「どれどれ、我にも触らせ───」
エルザードが俺から武器を手で取り、その両手で持ってみたところ。
[シュリリィン]
「ぁ。」
「ああああ!?!」
槍は見事に消え失せた。まるでエルザードの手には渡りたくないと槍自体が言葉を残したように。せっかく維持できていた槍はなんの変哲もなく再びなくなったのだ。
「な、ぁ。ゼ、ゼル!我は─!」
「いや待て、」
エルザードがワナワナと自分の犯した罪に絶望しかけたその時、手に再びあの違和感が戻った。
[シュリリィン]
「なにぃぃぃ!?!」
一番大きなリアクションをしたのはエルザードであった。もしかしたらと思って、槍を出したあの時の感覚と同じことをしたらなんと俺の手には再び槍が握られていた。
「これは、」
試しに、逆のような感覚のことをしたら槍は跡形もなく消えた。そしてまた出すようなことをしたら槍は出てくる。
「槍の出し入れができるようになったの?」
「多分。」
「なんと、」
エルザードの言った通り、俺はどうやら槍をものにしたらしい。なぜらしい、なのかというと実のところ俺はそんな気がしないからだ。
すごく説明しずらいがこの槍を見て、この槍を手に取ってこの槍の出し入れができるようになって俺はこの槍について知らない間に知識が増えている。
ただそれもカケラのように断片的だ。概念の外側だけ理解したような程度。つまりなんとなく感が強い。自分ですら本当に?っと疑いたくなるほど懐疑的だ。
「ん、多分といったか?」
「あぁ、今もなんとなくなんだ。」
「槍は扱えるようになったけど、そのほかはさっぱりってこと?」
「そんな感じだ………うーん。」
「……槍については聞きたいことがいっぱいじゃなぁ。ともかく、その感じだとすぐには分かりそうもないの。」
「あぁ。そうだ……泉!」
槍のことに気を取られていたが、本命はこっちだ。
「そうじゃ!そうじゃ!見るのじゃ、戻っておる!!」
「あの水が解呪できるやつなの?」
「……どーだろうな?」
四人で近づいてみる。泉は確かに神秘的でなんだか有り難そうに見える。が、それ以外はただの水と変わりないように見える。
「うん、普通の水じゃな。」
「おい!?飲んだのか!」
「なんじゃ、別に腹は壊さんじゃろ。」
その根拠はどっからくるんだか。
「でも普通の水だったら意味はないんじゃ?」
「………とにかく、渡された器に入れて持って帰ろう。」
もしかしたら呪いにだけ特攻的な効果を発揮するタイプなのかもしれない。とりあえずここにきて泉の水を持って帰れと言われたので、ビンにいくつか詰め込んで持って帰ることにした。
ちなみに水を入れたビンは重く、帰りは交代交代でビンを入れたバックを持って帰ることとなった。
冒険者ギルドに戻った俺たちはギルドマスタープレンサに瓶詰めにした水を渡した。
「ありがとう、これだけの量があれば問題はない。」
「一人あたり解呪するのにこれだけ必要なのか?」
少なくとも水入ビンは10個以上ある。人数で分配するなら2個以上のビンを使わないといけないことになる、聖域の水であってもやはり解呪は難しいものなのだろうか?
「いや、実のところ解呪を行う水はコップ一杯分で事足りる。この水を首輪に直接かければ自動的に首輪が壊れる仕組みでな。」
「む?ならどうしてこんなに必要なんじゃ?」
エルザードの問いにプレンサは真面目に答える。
「私は奴隷たちが、"これだけ"だとは思っていない。きっと今回私たちが保護した奴隷たちの他にも多くの奴隷がまだこの日の元に出てないはずだ。この水はその子たちのためでもある。あんまりいい策じゃないがな。」
プレンサの言うあまりいい策じゃないというのは、きっと根本的に物事を解決できないからである。これはあくまで奴隷を元の身分に戻してあげることができる行為であって、奴隷を根本から無くす行為ではない、そもそも首輪自体どこで手に入れられるかわからないのに出てきている時点で、奴隷は今も数を増やしていると予測できるだろう。
だからイタチごっことなるわけだ、これは。
「なるほどの。」
「今回は助かった。ただの冒険者にはいささか難しい依頼であったからな。」
「奴隷のことが明るみになってしまうから?」
「……誤った情報は早く伝わってしまう。今私たちが向かおうとしているのは奴隷の根絶だ。それなのに私たちが加害者呼ばわりされるのはその目標から遠ざくこととなる。」
一般の冒険者がこれを受ければ、プレンサ達が奴隷の保持者ではないのか?っと言う誤解が広まるのだろう。だから保持ではなく保護であることを知っている俺たちにこの依頼を頼んだというわけか。
「話は以上だ。ビンを持って帰るのは疲れただろう今日はゆっくり休んでくれ。」
俺たちは四人は冒険者ギルドを後にした。自分たちが持ってきた水がしっかりと機能していたのかどうか気がかりで解呪のところに立ち会いたい気分でもあったが、やめておいた。
「……三人とも少しいいか?ちょっと話したいことがあるのじゃ。」
エルザードが切り出し、俺たちは四人は場所を移す。以前ミィーナとエルフの里に関する依頼で話した、あの料理店に向かった。
そこは常にガヤガヤしていて変な話をするのに適している。
「話したいことはなんだ?」
飲み物を各々頼んだのち、俺がエルザードに聞いた。
「……他でもないあの聖域の泉のことについてじゃ。伝え忘れていたわけじゃないが、あの泉から微かながら竜力を感じた、」
「!、サーノルドの仮説は正しかったってことか。」
「まあそうじゃの。我は知らんが、多分あそこにも竜が長い間いた、もしくは死んだ場所であるのだろう。竜力があまりに薄かったからわかることが少なかった。」
竜力は確か、竜種がその場にいても周りに放出されるとか前にエルザードが言っていたっけ。だから長い間いた場所には竜力が溢れていて、短い時間しかいなかったのなら微量の竜力しかない。
「竜が死んだって可能性もあるよな。」
「あるにはあるが、あの竜力の量じゃだいぶ昔に死んでおるか、そもそも小型じゃったくらいじゃ。じゃから、いろいろ派生しすぎてわかることが少ない、我も顔が広いわけじゃなかったからな。」
たとえ同じ種族であっても全ての竜を知っているわけでもない。それもそうか。
「さてそれは置いておいてじゃ。」
(おいておくんだそれ。)
「今回もう一つ大事なことがわかったから、我なりの仮説を立てておくことにした。」
「俺の槍か?」
「それも関係ある。さて仮説というのは竜力とグリンドルムの関係じゃ、」
「グリンドルムの?」
あの世界の敵と誰もが思ってしまう。悪性の塊に関係すること、そもそも生物かどうか怪しい領域であり、かつ不明瞭な点が多いやつに関係すること?
「そうじゃ、まだ数は少ないが我はこう仮説することにした。"グリンドルムは竜力の集まるところにいる"。」
『!』
盲点であった。エルザードの言葉を頭の中で思い返してみれば確かだった。今回そして前回の世界樹、どちらも竜力がある場所であった。そにてどちらもグリンドルムがいる。
「あくまで仮説じゃが、かなり信憑性があると思っておる。」
確かにこれは仮説だ。なぜならまだ情報が少なすぎる。一度あることは二度あるというが、そもそもグリンドルムの目的自体が明瞭になっていないのに、ただあいつらと竜力を結びつけるにはまだ確証が足りなさすぎる。まだ偶然という可能性も否定できない。
「……その仮説が正しいならグリンドルムがいるところに、竜力があるってこと?」
「そういうことになるの。」
ミィーナの問いにエルザードが答える。ただやはり本人も絶対の自信がないように見える。
「……そして二つ目じゃ。」
「二つも?!」
「うん。そしてそれはグリンドルムにはゼル、お主の槍が効果的というところじゃ!」
「槍が、?」
「今までグリンドルムの前以外では槍を出せなかったお主が、決まってグリンドルムでは槍が出せるようになっておる。そして攻撃が効きにくいグリンドルムに対してお主の槍は常に優位を保っておる。」
記憶を思い出す。俺は無我夢中で戦っていたが客観視してみると確かに俺の槍はグリンドルムの攻撃を弾き、ただでさえ攻撃が通りにくいグリンドルムに対して一方的に戦えていた。
「……じゃ、この槍は?」
「グリンドルムへの特効兵装と考えていいじゃろうな。」
「待って、仮にそうだとしてどうしてゼルが持っているの?」
「うん、むむ。たしかにその部分はわからんのじゃがな。」
「………いや、今はわからないならそれでいい。」
「む?」
そうだ。わからないならそれでもいい。俺はあの槍でグリンドルムという敵を倒すことができる、あの厄災のような気配を纏った怪物を倒すことができる。他の誰かができなくて俺にしかできないこと。誰だけができること。
今まで誰かを助けるという意思があってもできなかった俺に、初めて意味ができた気がする。
「この槍であの怪物を倒せるのなら。誰にも倒せないあいつを倒すことができるのなら俺はそれを受け入れるよ。」
「ゼル……。」
「そうか。ま、あまり重くとらえてもな、これら全部仮説なんじゃし。」
エルザードは放り投げるように話題を終わらせる。全部仮説の領域、それは俺もわかっている。でももしこれらが本当につながっていたのなら、っと考えてみる。
これらのつながりの裏にある何か、それは一体なんなのか?こうしたつながりが仮に偶然じゃないなら、何か理由があるものなら、
(俺は、どういった存在になるんだろう。)
その時、答えはすぐには出なかった。




