143話「心外な話」
聖域の泉へ向かう俺たち、レオーナからさほど離れた場所でもないのでうまくいけば1日の往復で戻って来れる距離だった。聖域と聞いていたからてっきり隠された秘境だとか、大陸の末端にあるとかを想像していたが、どうやらそうでもなく、ごくごく普通に平原の中にある森である、と道中でのミィーナからそれを聞いた。
道のりは至ってシンプル。聖域の泉に誰かが行くなんて今では少ない、行くとしてもそれは呪いを解呪するため、そう今の俺たちのような連中らしい。
「………」
ミィーナと俺は適当な話を道中でできる間柄にいつのまにかなっていた。これにはエルザードが何か言ってくるかと思ったが、今のこいつは何も言わない。
黙りこくっているというわけでもない、単に話す気がないから話さない。こいつはそういう奴だ、だが今はそれがひどく可哀想に見える。
「───」
と言っても俺もどう声をかけたらいいのかわからない。付き合いはそれなりにこなしてきたつもりだがここまで一方的に黙っているエルザードは見た事がなかった。時々垣間見える本気の殺意や、いつものようにおちゃらけているイメージとは一転。今回は俺が今まで見た、どのエルザードにも当てはまらない気がした。だから、どう対処したらいいのか俺も困っていた。
(理由は、ある程度見当がつくが。)
そう、見当はつく。だがそれがエルザードにとってどういうふうに見えているかは別の話だ。第一俺が口挟んでいいのかどうか。
(いや弱気になっても仕方がない。とにかく、)
話を切り出すところから始めないといけない。ちょうどここに昨日あたりにミィーナが届けてきてくれた手紙がある差出人はサーノルド、エルザードと一緒に内容を確認したいと考えていたから、まだ開けずじまいだ。これなら必然的にエルザードと会話できる体制に移行できる、
理由があるのなら、あとはタイミングだ。
「この辺で休憩にしよう。」
俺が切り出し、エルザードもミィーナも従って休憩時間に入る。数時間も歩き詰めだといくら大丈夫でも疲れないわけではない。そして今のエルザードは別に無鉄砲や前が見えていないというわけではない、真剣であり同時にすこし盲目的で焦りがあるだけ。いやこれだけでだいぶらしくないのだが。
「エルザード、サーノルドから手紙が届いた。一緒にみよう。」
「うん。」
エルザードはサーノルドの名前を聞いてますびくともしなかった。これは相当な。っと思いながら彼女の隣に座った。
エルザードのことにも興味があるのだが、まずはサーノルドからだ。
内容はこの間の触診で分かったこと、そしてその触診を経てエルザードが言っていた竜力に関してもしかしたら関連性のあるものが出てきたからその報告というものだった。
前提として竜力は竜種が生み出せる万能パワーのようなもの、これはエルフ達が使っているマナの代用やそのほかにも副次的な様々な効力が望める。いわゆるこの世の不思議パワーの元素に当たるものだと。
そしてそこからサーノルドは仮説を導き出した。この竜力はどこまでが元素なのだろうか?っと、というのも人間の間には神と呼ばれる信仰の対象がおり、その代行者が扱う神聖という力があったそうな。この神聖は神の力という記述があるが、もし竜力でも同じ事ができるのなら、それは呪いをなどの特殊なものを付与、逆に解くこともできると。
「なに……?」
驚きで声が漏れる。まだ仮説の域だとしても本当にそんな事が可能なのだろうか。
話を戻そう。サーノルドはこれらの仮説を実証するために調べ物を続けると書かれてある、そして一番下には俺たちに向けての依頼がある。
『聖域の泉に竜力があるのか確かめてほしい。』
っと書かれていた。話の文流からなんとなく察せられる。つまり呪いに関して竜力は有効なのか、そうじゃないかを知りたいという事だ。
聖域の泉の水は呪いを解呪できるとあるが、その元素が竜力ならば、エルザードは単騎で解呪行為が行えることとなる。
サーノルドも考えなしで言っているわけではないはずだ。きっと何か確信があって聖域の泉に行ってほしいと書いたのだろう。
それにしても
「すごい偶然だな。俺たち、これから聖域の泉に行くんだから。」
そうだ、偶然にしてはちょっとできすぎくらいだと思ってしまう。
「……」
エルザードは相変わらず黙っている。ボーッとしているわけじゃない、ただ手に持った紙を静かにそして丁寧に読んでいるだけだ。だがいつものオーバーリアクションだったりの彼女を見てきた俺からすれば実にらしくないと感想が出る。
やはりここは思い切って聞いてみる事が確かだろう。
「エルザード、なんか元気ないけど大丈夫か?」
「んぇ…?あぁ、」
まるで今自分も初めて気がついたみたいな反応をするエルザード、ちょっとピンときていない様子だった。
「いつもは、いろんなことにお喋りなお前が珍しく黙っているだろ?」
「……そうじゃな。」
「なにかあったのか?」
純粋に今やっていることに不満がある。というのもある様子だが、それ以外にも俺がこいつのそばにいない間きっとなにかの出来事があったんだろうと予想する。別れる前は少なくともまともに話せるだけの余裕はあったはずだから。
「……どう話したものかのぉ。」
エルザードは今の自分の気持ちを伝えるのに手こずっている様子だった。徐に視線を逸らし、大きく息を吸ってため息のように吐き出す。
そしてしばらく経って
「我、怒っておるのかもしれん。」
「怒っている、」
「うん。なんじゃろう、そう……子供を利用する大人に対しての怒りというものかの。」
エルザードはそう語った。真っ当な感性をしているものから出させる真っ当な結論。倫理を重んじるものならエルザードに同調するものだろう。
「うまくは言えんのじゃが。我、子供のあやつらが呪いの首輪をつけられ、誰かに命令され断ることもできずに誰かを殺しに行っていた、あやつらを見て………その怒りが湧いたんじゃ。だって考えてみておくれよ、親というのは常に子供を守るものじゃろう?つまり、大人というのは子供を守るもののことを指すのじゃ。そのはずなのに、あの子供に首輪をつけた大人はそうじゃなかった。」
「…………。」
「我は嫌なのじゃよ。なんでそんなことをするんじゃ、誰もが平和に生きれる時代に、なぜ誰かを憎んでしまうような事ができる。なぜ大人達は、これを知っていて無視したんじゃ?」
「無視。」
「……いや違うな。無視ではない、じゃが───前持って対応できなかったのか、と。辺境伯はまだ呪いの首輪がどこかにあると言っておった。じゃが、自身の立場が危うくなるや、手の出しにくい相手ということもあってうまく立ち回れなかったようじゃった。きっとあやつにはあやつなりの考えがあって頑張って対応しようとしておるのじゃろう。しかし、起こってからでは遅いではないか。。」
エルザードは悲しく語った。彼女の言葉からはその情景が目に浮かんだ、意図して子供を利用する大人、そして救いの手を差し伸べれらる力があっても、それができないもどかしさを抱え続ける大人。
エルザードはそれらをこの短期間に感じたのだ。
「あぁ。」
そうか、っと俺はなんだか理解した。
エルザードは弱肉強食の古い時代から生まれた。だからこそ時に残酷な決断ですら彼女の時代では当たり前だった。そうでなければエルザードはここまで生きてはこれなかったんだろう。弱き竜としてきっと誰かに殺されていた。
しかしエルザードはその中でも異例だったのだろう。彼女は自分の力強さを誰かに自慢することはなかった、頂点に立とうなどという野望もなかった。
ただ仲間達と殺し合いをせずに平和に過ごす、生まれる時代が早過ぎたとも言える調和性を引き下げて彼女はその当時生まれたのだ。
それは今の俺たちの根幹的な理論にも当てはまる、倫理性だ。だが生物として知識を得た俺たちは私利私欲の限りを尽くしたいと考えてしまう、自分の幸福のために誰かを踏み躙ることを厭わない、仕方ないと言い訳をして誤魔化すような人まで現れる。
殺し合いで物事を解決してきた時代生まれのエルザードにとって、今の世はさぞや平和なのだろう。だからこそ、その平和を維持することこそ大切だと誰よりも理解している、それはこの時代に生きる獣人やエルフやドワーフの誰よりも。
だからこそ、その平和を破壊するような外道な行いを許し難いとする。そして、それが純粋な暴力で解決できないこと、話し合いですら高度な読み合いが発生し、時には平和を崩しかねないほどの不安定さがそこにあることも理解している。
だがエルザードという竜は脆弱さを知らない。なぜなら彼女は生物として完成度が高い。ゆえに戦闘面においては正面衝突以外での敗北は規模的にない。人質を取られようが、口で何を言われようがその爪で切り裂けば良いのだから。
だがそうでない者は、そうなれない者は彼女があまり好きではない小賢しく立ち回ることになる。エルザードもそれを分かっている、しかし文句が出ないわけではないのだ。弱ければ生き残れないと知っている彼女にとって、評価はどこまで行っても"そこまで"となるのだ。
長い眠りから目覚めた竜が見た世界はとても輝いていたのだろう。高度の知的生命体が平和な世に生き、力ではなく摂理を持って平和を築く世界が。だからこそ平和の裏で悪を進む者達をエルザードは許せない、そしてそれを見て見ぬふりをした者も。
「なんか、やっぱり我はまとめるのが下手じゃの……そんな怒りを抱えておったから、多分いつもと違ったのじゃろう。」
「そうか、、なら尚更頑張らないとな。今の俺たちができることを。」
「……そうじゃの!」
そう、俺たちは俺たちのやるべきことを、信じる道を進むしかないのだ。それこそが今できることであり俺たちが旅を続ける目的、誰に縛られることもなく誰かのために戦う。
自分たちのやれることをする。それこそが今の俺たちがこの世界の平和に貢献できる唯一の方法なんだから。
「さて、行くか。」
かなり元通りになったエルザードとミィーナエルフルと共に俺たちは聖域の泉へと足を踏み入れた。その場所は森の少し深くにあった。エルフの里に比べればちっちゃな森だが森全体からは何やら神秘的な感じがする。
間違いなくこの先に聖域の泉があることを示している。
「この先だ。」
道が途切れ、俺たちは泉へと辿り着く。神秘的な光景が広がっているのだろう、っと予想していた俺たちは裏切られた。
なぜならその泉は何も神秘的ではなくひどく懐かしい、悪夢のような感情を蘇らせられたからだ。
「────っ」
「──な。」
「こ、やつはっ!」
「ピィッッ」
その泉は黒く。黒く。黒く。染まっていた、おおよそ人が触れられる者ではない、人が見てはいけない悪。そうそれはまるでいつぞやのあのエルフの世界樹で見た。
怪物、、グリンドルムに似た気配だった。
[パチ]
真っ黒な泉から目が浮き出て開く、ギョロギョロと眼球を動かし俺たちの姿を捉えると、泉からまた多くの眼球が浮き出てこちらを一瞥する。目と目が合うと怪物は、まるで液体状の生物のようにグググっと体を起こし、多くの目玉でコチラを不気味に睨め付けながらその体全体を起き上がらせた。
まるで水の巨人。流体的なフォルムは悪性の塊。その数多くの目に闇へと引き込まれそうになるが、精神をグッと堪えて相手がコチラに明確な敵意があることを見抜く。そして
「戦闘準備!」
全身の毛が逆立つ、悪意に対しての防衛的殺意が湧き出てくる。だがあの時ほど俺も無謀ではなく、そして臆病ではない。声を出し周りと何より自分自身を鼓舞する。
そうあの時とは違う、こいつがなぜここにいるのかとか疑問は全然尽きないだが、向こうが攻撃するのなら戦うだけである。
「!!」
全員声は出さないが各々戦う構えを取る。慎重に、だが大胆に戦わなくてはならない。こいつは、何よりこの世界にいてはいけない存在だからだ。




