135話「貴族の心」
辺境伯クロージャー・フォン・ギリドリスの護衛を開始して数時間が経った。日は完全に昇り時間的に俺たちが目覚めるような空模様へと変わっていった。馬車は依然として王都への道中、ゆっくりとしかし着実に道に沿って向こう側にある都へと向かっていく。
もちろんまだ見えなてないんだけど。
(にしても護衛任務だからてっきり敵がいるのかと思ったが。)
ここ数時間は安定していると言うか、なんの障害も見当たらない野生の魔物一匹でさえ出てこない。まぁそれはエルザードのおかげもあるけど、でも護衛というには警戒していたが意外に気が楽になった。
でも今は仕事中だ。しかもクライアントが間近にいるのなら気を抜く理由にはならない。楽になってはいいが抜いては本末転倒だ。
「三名方、少し先で小休憩をいたします。よろしいですかな?」
「はい。」
運転手が俺たちに告げる。それもそうか、確かどっかで人間は生物で一番長距離の移動を得意とするとか聞いたことがある。だが馬もゆっくり歩いてはいるがその限りではない、馬を休めるという意味でも休息は必要か。
っとそんなこと思いながら少し先の分かれ道で休憩を行うこととなった。運転手が馬に水を飲ませたり休ませていたりする間も俺たちは決して休憩を緩めない、なんならこういう時にこそ狙ってくる輩が居なくもないとか思ったりする。いやきては欲しくないんだけどさ。
「君少しいいかい?」
「ぇ、あはいっ!!」
外の空気を吸っていた辺境伯が俺に声をかけてくる、咄嗟に背筋を正してまるで教師に指摘されたように固まる。
「そんなに気を負わなくていい。世間話をしにきたんだ。」
「世間話を…?」
俺と話して面白いことがあるのか?少なくとも友人とかいう間柄じゃないと俺はまともに話せる自信はないんだが。
「君のことはプレンサから聞いている。それとあそこにいる竜のことも。」
「!」
辺境伯はエルザードに視線を向ける。そのエルザードはただいま護衛兼日向ぼっこに勤しんでいる。とてもじゃないが偉い人に見せられる態度ではない。まぁ向こうはこっち気付く隙すらないんだけど。
「彼女から君たちの活躍も聞いている。そして君たちの手助けもしてほしいとな。」
「手助け?」
「あぁ、彼女がそんなことをお願いするだなんて珍しくて驚いたが。そうか、、確かゼルと言ったかな?」
「はい、」
「今の私は君の護衛対象である以前に君と世間話をする人の獣人でもある。私に答えられることがあったら質問でも答えるつもりだ。」
「!」
それは、聞きたいこと、知りたいこと、知らないことやわからないことがあるのなら試しに聞いてみてくれ。っと言っているということか、貴族、それもかなり偉い立場の人だ。
もしかしたら今まで不明になっていた点などを詳しく聞けるのかもしれない。
今聞きたいことは……
エルザード以外の竜についての心当たり。
人間という存在。
王都の内情について。
プレンサとの関係。
白い槍について。
なにか異常事件。
貴方自身について。
順に聞いていこう。幸い時間はまだまだありそうだ。
「実はエルザードは自分の同胞を探しているんです。なにか心当たりとかありませんか?」
「竜種か。あくまで噂程度に過ぎないが今も生き残りがどこかにいると聞いたことがある。」
「そうですか。」
「すまない、私はこう言ったことには少し疎くてな、だがもし詳しく知りたいのなら王都で竜の研究をしている者がいたはずだ、彼の元に行けばわかるかもしれない。」
「そんな人物が。」
「それなりの地位にいたはずだ。……そうだな、尋ねるときは私の名前を使ってもらって構わない。きっと応じてくれるだろう。」
「いいんですか?」
「プレンサから言われていてね。彼女の手助けをしてほしい、手を抜かずにな、っという意味も入っているんだよ。それに、私も君たちのことは目をかけている色んな意味でだがな。」
監視対象でもあり、ってところか。だが今のはいい情報を得た。王都に行ってみた時にその人物を訪ねてみるのもいいのかもしれない。
「本程度でしかわかってないんですけど、人間って貴族様の視点から見てどんな感じなんですか?」
「……そうだな。私から見たら獣人やエルフと何も変わらない、同列の存在だ。だが王都の中にはそうじゃない者もいるそこは変わらない。祖先が人間に苦汁を飲まされ以降この大陸外に行っても人間に対して深い嫌悪感を示している者もいる。もし君の正体が世間で大きく広まれば君を政治の道具とするものもいることになるな。私の知る限りそういうのに目がない奴らはでは大勢いる。」
辺境伯の立ち位置はあくまで中立といったところ。やはりそうなのかというのが感想だ。人間はこの大陸では許容できない存在、これからも正体を誰かに明かすのは本当に気をつけたほうがいい。幸いなことにも魔法の一部に偽装を強くするものがある、王都で活用してみるのも手だ。
「王都ってどんなところなんですか?辺境伯からの視点で。」
「……善悪渦巻く混沌の沼とでも言うべきか。権力闘争は今大きく二分している詳しいことは言えないがな。もしふとした拍子に貴族の仲間入りを命じられているのならキッパリ弾いた方がいい。いても全く楽しくない場所だからな。」
っと言う辺境伯。しかしそれはまるで自分がそうであったみたいなセリフだったため思わずこう聞いてしまった。
「…でも辺境伯、貴方は貴族だ。」
「────ハハハハ、それもそうだ!ならこう思ってくれ私はかなりの大馬鹿者なんだ、確かにあそこは嫌いだが同時にチャンスを掴む場所でもある。この地位は上り詰めたのは実力だがいつか、君たち若者のためにより良い未来を作れるように努力する。」
辺境伯はどうやら楽しさを犠牲にしてでも果たしたいことがあるらしい、かなりの信念を持った人物だ、思わず応援したくなる。第一印象からそうだったがやはりかなりいい人だと俺は思う。
「ギルドマスター、プレンサとはどういったご関係で?」
「古い友人なんだ。昔はあちこち回ってよく冒険をしたものだ、ある時武勲を立ててしまって共に貴族になってしまって彼女はギルドを設立。私はその上に立って彼女の見張りをしているわけさ、おとなしい私と違って彼女はかなり行動的でね。色々な貴族から目をつけられている、」
「だから見張りを?」
「建前だ。こういっておけば彼らから信頼のある私はいつまでも古い友人を続けながら守れる。厄介な立ち位置だと自覚はしているがな。」
辺境伯とギルドマスターの二人には自分が想像もつかない関係がありそうだ。こういってはなんだが二人は性格的にかなり気が合いそうだ、プレンサはそうでもなさそうだが、辺境伯は彼女を語っている時がこの質問の中で一番楽しそうだった。
「───っということがあったんですが、何か槍……もしくは心当たりはありませんか?」
「……。」
「辺境伯?」
「……かなり前に聞いたことがあるんだ。何もないところから武器を取り出す人間の御伽話を。」
何もないところから武器を取り出す。状況的には俺の槍と一緒だ。もしかしたら関係性があるのかもしれない。
「それで、その御伽話は?」
「……すまない。あまり記憶が鮮明じゃない、だがこの言葉だけは覚えている。たしかそういった特殊な人間のことを彼らは"勇者"と語っていたと。」
「"勇者"……?」
なんだろう。どことなく聞き覚えのある言葉だ。だが何か思い出してはならないような気がする、なんでだ?
「あぁひどく特徴的な名前だったから覚えている。だがすごくすごく古い御伽話だった気がする。もしかしたら王都の図書館に並ぶこの御伽話があるかもしれない。──私も君の話を聞いて興味が出た、空いた時間があったら探してみよう。」
「ありがとうございます…!」
辺境伯が興味を持ってくれた。それにしても王都の図書館か、行ってみて何か目当てのものが見つかるといいが。
(……なんだろうさっきからするこの胸騒ぎは。)
何かに抑圧されたみたいに心が沈んでいく。さっきまで聞きたかったことが全く聞きたくなくなるような、それこそ催眠術で感情を押さえつけられているようなそんな気持ち悪い感じがする。だが、それで理性を同行できるのならそれはとうに終わっている。
カリスもこのことには疑問を持っててくれたわけだし、感情なんて後回しでしっかり探してみよう。
「なにか、このところ異常事件はありませんか?通常じゃ考えられないような。」
「……どんな些細なことでもいいのならドワーフの里で何やらすこし奇妙なことが起こっているらしい。君の求めているものに当てはまるかは別だが。」
「ドワーフの里で。」
「何が起こっているのか情報が回ってこないのだがな。こういう言い方はしたくないのだがそのうちギルドが調査に出て詳しく分析するかもしれない、依頼として昇華した時はプレンサを通して君に伝えることにしよう。」
「ありがとうございます。」
ドワーフの里で何が起こっている。それがどこにあるかはまだ全然知らない。いろいろ情報が出てくるまで待つとして、里の場所はどこかの機会で調べた方がよさそうだ。
「なに、私のことが知りたいと?」
「はい。俺──私は、辺境伯とここまで話しましたが貴方のことはまだ一部しか知らないので。」
「……そうか、君はとても誠実な人間だな。」
「そうですか?」
「そうとも。真っ向から本人に自身のことを聞きたいなんて言う真面目な輩を私はみたことがない、プレンサであっても恥ずかしくて言わないだろうな。」
そんなに変な質問なんだ。うわ、もしかして質問ミスってるかこれ?
「だがその誠実さは時に武器になる。いっときも離さず持っているべきだ。さて、私の話だったな……どこから話せばいいか。」
辺境伯は悩みながら答える。今まで答えるのに考えることはあっても悩むところ見たことがなかった。思い切りのいい人物だと知っていたがなにやら今は意外な一面を俺は見ているらしい。
「私はもともと庶民の生まれでね。なんでことのない小さな村だった。農業の手伝いをして金色の畑を走り回っている時は自分が風になった気分だった。どこまでも行けるようなそんな気持ちに浸っていた。」
辺境伯の話の切り出しは最初からだった。彼は特段詩人ではないのだが言葉からはその光景が脳裏をよぎる。
「ただある時に村に旅人が現れた、村には宿屋なんかなく、旅人は村の手伝いをしたり私たち子供と遊んだりして入れ替わるように頼んで家を使って穏やかに過ごしていた。私や村の子供たちは彼から色々な大地の話を教えてもらった。雪山、荒野、森林、洞窟。時に、私の世界は村の中にしかなかったが、彼の話に幼い私はその彩に心が躍らずにはいられなかった。彼がまた旅に出て村を去った後でさえその輝かしい言葉や風景は確かに私の中に残り続けた。そして、青年になった私は村を飛び出して旅人になった。いつか帰ってくると両親や友人と約束して。」
旅人に憧れた少年はこうして旅人となって世界に羽ばたいていった。まだみぬ世界。彼の村に来た旅人から聞かされた断片を探し求めるように色々なところを走り回ったのだろう。
「そこからは色々なところ見て回った。時には恐ろしい危険に犯される時もあったが私はそれでも冒険を辞めようとは考えなかった。自分が納得するまで気ままに、どこへでもいった。この時旅の途中で出会ったのがプレンサだ、彼女との旅の記憶は私にとっても輝かしい。」
「そこからは一緒に?」
「それは長い間な。そして長い長い冒険を終えた私たちは途中で大きな武勲を立てて国王から貴族の名誉をもらった。だが残念なことにそこで私たちの冒険は奇しくも幕を閉じた。」
「断りはしなかったですか?」
「しようと思ったが。プレンサが受け入れたからだ、彼女は私よりもよっぽど世界を見ていた、私はただ冒険心しかなかったが、彼女の目にはいつも誰かを助けるという意思があった。
いろんな地域を見て、いろんな困っている人、苦しんでいる人をよく見ていたからな、彼女はそこから冒険者ギルドを設立した。世界を見て誰かを助けに行ける自由の翼を拠り所とするそんな居場所を。彼女は自分の人生を、貴族という身分を、自身ではなく他者の幸福に使ったなら、相棒であった私もそれに付き従うのが道理だ。彼女のやりたいことをやれて、彼女を守ってやる。それが当時私という男ができる最善だった。そしてそれを今でも続けてこれだ。」
「貴方にとってプレンサはかけがいのない人物なんですね。」
「あぁ。私の唯一の親友だ。」
辺境伯の最後の言葉には誇りや何やら悔いが残っているような言葉があった。もしかしたら辺境伯はプレンサに向けての何かしらの後悔みたいなものがあるのだろうか。
いやあるのだろう。ならお節介かもしれないが。
「いつか、ギルドマスターとまた冒険に行けたらいいですね。」
「……あぁ、冒険はいつだっていいものだ。」
最後はにこやかにそう語った。話していたせいでかなり長いと思える時間は幕を閉じた、ここからはまた王都に向けて辺境伯の護衛だ。




