134話「心がけ」
約束通り早朝のギルドに到着した俺たちはミィーナと合流。そのあと貴族の護衛を開始する地点へと赴き、向こう側から向かってくる貴族の馬車を待った。
「あれか?」
「そう。」
まだ朝日が登ったばっかりの薄暗い青い空、その中を真っ直ぐこちらに向かってくる馬車。こんなに早く起きたことはなかったからかなんだか不思議な感じだ。
なんで早朝なのか?っとミィーナに聞いたところこういうのは変な輩に先手を取られないためと語っていた。変な輩というのは文字通りの意味なんだろう。辺境伯は人柄は良さそうなイメージはあるがどうやらそれをよく思わない連中もいるそうだ。
そのための護衛なんだろう。
(……)
馬車がこちらに向かってくる間、エルザードは大きなあくびをしながら待機をしている。ミィーナはまっすぐな瞳で馬車をずっと待ち、俺はそのミィーナを見ている。
そして言われたことを思い出す。
(気にかけてやれ、っか。)
この言葉を言われたのはつい昨日のことだった。その日は朝らから夕方まで依頼をこなしていつも通りの日常を過ごしていた。習得したばかりの魔法をすこし練習がてら使い、なんてことのない一日を過ごしていた。
だが、それも彼女ことギルドマスタープレンサに呼び出されるまでだ。
「急に呼び出してすまなかったな。」
「いや、いえ。」
敬語がなれない俺は言い直すがプレンサは顔で別にどちらでもいいという。俺は少し肩の力を緩めてここから先の話が特に緊張する必要のないものだと構える。
「ふぁぁ……!」
もっとも隣にいるエルザードは大きなあくびをして退屈そうだ。やっぱり竜にとって人間の睡眠時間は短いのか、、ってそれはさておき。
「君たち、どうやら次は王都に行くらしいな。」
切り出しはまるで世間話だった。
「うん!貴族の護衛での──えと名前は。」
「クロージャー・フォン・ギリドリスだ。」
名前を覚える気がないのか、それとも覚えられないのか。どちらにしたって最近のこいつは平和ボケしすぎているような気がする。
「そうじゃそれ!」
「あぁ彼の依頼を君たちが、なるほど。確かミィーナも同行するな?」
「あぁ。」
「……そうか、なら一つ私のお願いを聞いてくれないか?」
「お願い?」
ギルドマスター直々のお願いと聞くとなんだか身構えてしまう。だがプレンサの変わらない雰囲気にそんな気は次の瞬間には溶けて無くなっていた。
「簡単なお願いだ。その、顔見知りとしてどうか彼女を気にかけてやってはくれないか?」
「ミィーナを?」
話の流れから王都関連かと考えたものだがそうではないらしい。それにミィーナ、なぜミィーナを?っと疑問が先行する。
「王都は、実は彼女にとってあんまりいい思い出がないんだ。きっと行ったのなら気を落とすことがあるかもしれない、その時にどうか、な。」
「ミィーナがかの?あやつが気を落とす?」
不覚にもエルザードの意見には同意だった。
「落とすさ、彼女は誰かに自分の弱みは見せない、だがその分うちに溜め込みやすい。君たちといる間はかなり肩が軽そうだからな。」
「そうか?」
「あぁ、そうとも。」
プレンサはなんだかその事実がとても嬉しそうだった。にしてもそうか、確かにミィーナからも俺達は信用できると口で伝えられていた、あぁ間違いなく本心だったんだろう。
「そんな君たちに彼女を少し任せたい。いやこの言い方だと変だな、ともかく……気にかけてやるだけでもいいんだ。頼む。」
プレンサは至って真面目だ。ならこちらも答えないという選択肢はない、何よりミィーナはすでに俺たちの知人で友達だ。そんな友達の不幸の可能性をみすみす見逃すなんてあり得ない。
「わかった。任せてくれ、」
「助かる。」
「うん…!しっかしギルドマスターは大変じゃのう、その様子じゃ他のやつにも気にかけてやっているのではないか?」
「……あくまで手の届く範囲でだ。今回もそんな例のうちというわけさ。」
っとプレンサは語るが、なんだろう。そんな気はしない、プレンサがミィーナにむけているものは困っている友達を心配するようなものに似ている。もしかしたら二人の間には何か関係があるのかもしれないが。
余計な詮索はやめておこう。時間が経てば知れるかもしれないが、今は少なくともその限りではない。
っとこうした経緯もあって、俺は今回の依頼の中でミィーナを気にかけるようにする。本人に悟られないようにできるだけ、自信はないけど。
「来た。」
ミィーナが俺たちにもわかるような声で伝える。さっきまであくびをしていたエルザードもなんだかピシャリとする。それに釣られたわけでもないが俺の肩にも力が入る。
馬車が俺たちの目の前で止まる。運転手が帽子を軽く外し挨拶、その後馬車に括り付けられた扉が開き中から優雅な服装を身に纏った貴族が登場する。
「おはよう、私は辺境伯のクロージャー・フォン・ギリドリスだ。今日は王都までの護衛をよろしく頼む。」
獣人のナイスマンが男らしい声で挨拶をする。なんというかエレガントというかダンディだ。レオーナの街の感じと同じと考えていたが、それより思った以上に紳士的だ。
実力派だとか武闘派だとか聞いていたから、びっくりだ。出てきたのは正反対の紳士ときているんだから。
「本日護衛を担当させていただきます。ミィーナ、ゼル、エルザードです。以後お見知り置きを。」
「うん、三人ともよろしく頼む。」
ミィーナのお辞儀に俺も慌ててお辞儀をする。エルザードはそのことがまるでわかっていたのか先んじて頭を下げていた。このわがままがまともにしているところを見ると複雑だ。
それにしてもやはりエルフルは名乗るほどでもないペット扱いなのか。
「さて、堅苦しいのはこのくらいにしよう。私も何かと社交辞令なんてものは嫌いでね。道中は私の暇つぶしに付き合ってくれ。」
「…はい。」
暇つぶしというと、会話だろうか?っと想像しつつ貴族様は馬車へと戻った。運転手に馬車を王都へと言うと進み始める。俺たちはこれに徒歩で着いていく。馬車はゆっくりと進みながら長い道を進んでいく、この道の先は王都だ。
道中には何が待っているのだろうか。




