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【この残酷な世界で俺は生きている】  作者: 半分死体
チャプター3「プログレス」
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129話「黒怪」





 先ほど通り過ぎた怪物を追って俺たちは長い木の中をひたすらに走り続ける。近づけば近づくほど自分たちの足元は不安定になっていっている。その道には木を食い散らかしたような後が散見されていた。


 「──相手の目的はなんなんでしょう?」


 「わからん。じゃが、原因であることは確かじゃ。」


 (……原因。)


俺はなにか違和感を感じている。いや正しくは疑問だ。あれは怪物だ、ならあれがきっと今回の原因。なぜその思考になる、俺はあいつが世界樹を喰らった場面をしっかりと目撃したわけではないのに、うちに秘めるあの怪物に対する憎悪がそれの思考に強制的にシフトさせる。


より強いなにかによって心が変わっているようだ。


 (でも、それが悪いとは1ミリも思わない。)


哲学的な言葉になってしまうが、あれはそう。俺たちは生物の敵。と言えばいいのだろうか理性よりも本能があれの存在を否定し、あれの存在に憎悪を抱いている。


百人中百人があの怪物に嫌な感情を向ける。趣向性などでは決して覆せない悪。


 (悪意が塊になって産み落とされたみたいな感じだ。)


再び脳裏であの怪物の断片的な姿を思い出し、言葉にする。自分でも不思議だなぜこんなにハッキリと言葉にできるのか、理由も理屈もぐちゃぐちゃなはずなのに底知れない納得感がある。


なぜ合っているかわからないのに、正解だと、それ以上考える必要はないと体から説教されているみたいだ。


 (どちらにせよ、野放しには出来ない。)


その気持ちを抱いたまま、俺たちは真っ暗闇の中を突き進み続ける。カリスの魔法が暗闇を照らし、そして段々と何かの音を聞き取る。

何かを咀嚼している音、今まで強気だった俺たちの足は意図せずゆっくりになっていた。


 まず最初にその脚が見え、次に関節が見え、そして魔法の陽光に照らされその全身が姿を現した。まるで肉を引きちぎるように樹木を喰らい、喰らい続ける。

断片的だったその全身を見た時心の芯が震え上がる。


あれはなんだ?あれはなんだ?あれは一体?


その感情で一杯一杯になる。目の前の奴は世界樹を悪くする原因だ取り除かなければならない。さっきまでそう思っていたのにこの怪物を前にした時俺はその思考が瞬時にレジストされる感覚があった。


 (───っ)


それは恐怖であった。まるで人がシリアルキラーに出会ったときのような得体の知れない人の心に好奇心ではなく真っ向的な恐怖を抱くように、それは君臨しそして暴食を続けていた。まともな感性、まともな思考、まともな理性があればあるほどあれは怪物に見えて仕方ないだろう。なぜならあれはそう言った怪物、その塊の怪物。


人の中にある悪いものをこれでもかと積み込んだ。動き続けるものだ。


 「っ───お主ら!!」


エルザードが声を上げる。俺はその声でやっと現実に戻ってこれたような感覚がした。恐怖によって思考の渦に突き落とされたところをエルザードの声によって再び引き上げられる。


 「あやつは世界樹を喰らっておる。間違いない、やつが元凶じゃ!!」


エルザードも震えている。ただ年長の差か、種族の差かエルザードはその恐怖を飲み込んで戦える精神があった。恐怖に屈することなく武器を手に取って戦う勇気が。


 「はい!!援護させてもらいます!」


 「────っやる!」


 「───……っ!」


カリス、ミィーナが答えて俺は心の中で今一度覚悟を決め直す。わかっている、ここから先は戦闘だ、足を引っ張るわけにはいかない。


 「────?────!」


怪物が俺たちの方を一瞥する。戦う気だということを悟られてから暴食をやめこちらを見ながら戦闘体制に入る。ある程度の意思はあるがその怪物の動きはまるであらゆるものが内側で反発し合いながら蠢いているように感じる。ハッキリ言って気持ち悪い。


 「隠れていろゼルッ!!」


エルザードの言葉に身を翻し、遮蔽となる木片に体を寄せ呼吸を安定させる。情けない戦わないのなら今俺は誰よりも理性的で在らないといけないのに!


 「……ッ」


目を瞑ってみたくないものを見ることを理解して三人の戦いを見る。俺ができることは恐怖に怯えながらも戦いで有利に取れる戦術を考えつくことだけだ。


 三人は連携はバラバラでもそれぞれの腕から怪物に対してあらゆるアプローチで攻撃する。カリスは魔法、エルザードは物理、ミィーナは弓での弱点探りと狙撃。


対して怪物は折れ砕けた腕のようなものを振り回しながらエルザードと近接を行っている。一見なんの技術性も感じられないが、その一撃一撃が地面を揺らしている、つまりありえないほどの力で暴れて攻撃している。

エルザードは器用に回避するが、怪物の腕の数は4本と多い。そして


 「─────!!」


攻撃がうまく当たらないと、脚を激しく動かし突進攻撃を仕掛ける。まるでうまくいかないからと駄々を捏ねて強攻策に出る子供のようだ。


 (あの怪物は、感情のままに戦っているとでもいうのか?)


本能でもない。理性でもない。感情の戦い方。人が怒り、ありえない力を出すように、あれはそれと同じような戦い方をしている。直感的でもなく、合理的でもなくただしたいからその戦いをしている。なんて不気味なんだ。


 「そぉれっ!!!」


エルザードの爪が怪物を切り裂く。しかしその攻撃はまるで最初から受けていなかった、届いていなかったかのように何も起こらなかった。普通なら当たったら何かリアクションや切れる音の一つでもするものだ、しかしその怪物は生き物じゃないからか何も起こらない。


ミィーナの狙撃によって放たれた矢は怪物に当たっているのに当たった感じがまるでしないように地面に落ちる。体に刺さるわけでも弾かれているわけでもない。


 (まさか、攻撃が効かないのか?!)


早計すぎるかもしれない。だがそうなら俺たちは耐久戦を強いられるだけだ!


そう体を起こし、みんなに伝えようと前へ出たとき。怪物の閉じていた口がゆっくりと開く、子供の歯のように未熟な歯並びを見せそして2回ほど気持ち悪い咀嚼をしたのち、


 「ア───────!!!!!」


叫び声。ただの叫び声ではない。声が耳に入ると同時に先ほどまであった戦意は完全に消失一歩手前まで来た。そして代わりにすり替わるのは圧倒的な恐怖、呼吸する止まり先ほどまでかいていた汗が体全身から湧き出てくる。


あれには勝てない。逃げろ。無理だ。あれは生物ではない。死ぬ。逃げろ。逃げろ。逃げろ。


ギリギリ残った闘志が体を突き動かそうとするが、脳と心に刻まれた恐怖がそれを押さえつけ踏み躙る。足を一歩後ろに踏み出せば最も簡単に逃げて逃げ続けることができるだろう。だが俺より近くにいた三人は止まったまま動かない。あの声を間近で聞いたのなら錯乱して逃げ出すことも許さない。


心はおそらく恐怖に染まっているだろう。


 「──うっ!!?」


まずエルザードがその手に掴まれ地面に叩きつけられる。動けないエルザードを一方的に押し込め完全に動きを封じる。あげたい声もあげられずうめくだけのエルザード。


 「っ、っ!」


カリスも手の中に怪物は容赦なく手に力を入れてカリスを握り潰そうとする。恐怖で固まった顔のままカリスが首を動かし、抵抗する。


 「───ぁ!っ」


怪物は拳を握りミィーナを突き飛ばし壁へ。動けない彼女の体を壁にすりつぶすように拳を動かし、言葉にできない悲鳴を引き出す。


 それをただ黙ってみているだけの俺。怪物の行いに何もできずただただ自分の番が来ることを待つ俺。怪物はゆっくりと手を伸ばし俺を捕捉する。


 (あ、ぁ。)


俺は一体どんな方法で、苦しめられるのか。恐怖が絶望にすり替わって目の前の光景ではなく思考が完全に暗黒へと突き落とされる。


暗黒の思考の中。海中へ沈んでいく、何も見えなく何も聞こえなく、自分はきっとあの瞬間に死んでここにいるんだと勝手に納得する。さもないと俺はこんなところにいない。


このまま目を瞑って何もかも忘れて終えば苦しくなくなる。


 ただ。


 (あの手、あの手をもし跳ね除けられるのなら、俺は───一体どんな武器を手にしていただろう。)


なぜだかそんなことを心に思った。そして答えは一瞬垣間見える記憶にない記憶に移る。

その状況は俺と似通っていた。大きな手がこっちへと迫り、俺は身動きが取れてなかった、ただ違う点があるとするなら。


 (俺の手には武器(槍)が握られていたことだ。)


だから思った。だから願った。もし俺の手に槍があるのならこの怪物を倒すことだってできるはずだ。なぜならその槍は敵を倒すためではなく、世界を正すためにあるのだから。


ならこの世界に嫌われている怪物を倒すなら、あの槍しかない。あの槍でしか倒せない。


 (だから、、、)


だから俺は、手に取れないとわかっていてもその槍に手を伸ばした。


 [パシ]


止まった時の中、俺の手には映像の中の槍が握られている。なぜ?どうして?なんでだ?というあるとあらゆる疑問が瞬時に浮かぶが、そんなものは二の次。そうだ、この槍を握ったのならやることは決まっている。


 [────]


音もしない。何かそこにあるものを切った。俺近づき全てを恐怖に陥れる存在、それをこの槍は倒せと言っている。なら止まるわけにはいかない、仲間を助けるために、この悪意の塊を倒すために俺は槍を振るう。


 「ッ」


目の前まできた大きな怪物の手は振り下ろされた俺の槍によって真っ二つに切断されていた。そして同時に


 「アアァ─────!?」


怪物が悲鳴を上げた。何をしても無反応だった怪物が俺という存在に逆に恐怖を抱いている。同時に、錯乱状態に陥った怪物は仲間たちを圧していた手を俺に向かってまっすぐ解き放つ、逃げ場のなくなった怪物が向かってくるのだ。


だが俺はそれに恐怖を感じない。手に待つ槍がそうさせているのか、武器を手にした俺は初めから使い方がわかっていたように動き始める。伸びてくる手を避け目指すは本体。避けることができないのならこの武器を使い切り払う。


一歩、先ほど踏み出せなかった足が当たり前のように出せる。戦いの経験なんてなかったこの体が自由自在に動かせる。もはや邪魔するものは何もない、あらゆる攻撃を掻い潜り、邪魔な存在を片っ端から切り、突撃してくる本体に真っ向から挑む。


相手は戦車でチーターだ。だが今の俺なら確実に倒せるタイミングを選べる、隙を見逃さず直感を頼りに飛び上がる。目の前を覆う手を蹴り飛ばし踏み台に、口の少し上、そこに大切なものがあるとわかると。


 「!!」


ピンポイントに槍を突き刺す。槍を通して何か決定的なものを穿つ感覚。一撃が決定打となると怪物は浄化されるみたいにゆっくりとその体を崩し虚空へと消え去った。


ただがむしゃらだった。何をしたらいいのかなんてわからないただ本能に従ってあの怪物を倒した。考えをまとめている時ふと戦いは終わったのだと槍を手放した。

槍は消えた。元ある場所に戻ったような感覚だけが最後に残って俺に残ったものは。


疲労感だった。


まるで睡眠不足の中叩き起こされもう一度瞼を閉じれば眠ってしまうような感じ、立って寝ることができない俺はこのまま地面にうつ伏せになって倒れるだろう。


 「───。」


安心感が俺を包み込むと同時に俺は瞼を閉じる。なぜこんな疲労感が?と考える暇なく意識を手放し、眠りにつく。


 


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