114話「下山」
少女を連れた俺たちは、少女に案内されるがまま山を降っていく。良かった、彼女がここの山の住人だったらとか考えていたけどその心配はなさそうだった、彼女も登山客だったというわけだ。
(……静かだ。)
最後はあんな切り出し方で終わったんだ。道中会話がないのは仕方ないと思わない気もしない。だけど、それでも必要最低限のことしか喋らないのは違うはずだ。
「なぁ、名前なんて言うんだ?」
「名前?」
「そう、別に探ってる訳とかじゃない。ただここからかなりは歩くと君は言ったから、その間名前も知らずに過ごすのはちょっと不便かと思って。」
「………」
少女は俺の言葉を少し考えてこう告げた。
「ミィーナ。私は、ただのミィーナ。」
「……そう。ミィーナか、覚えておくよ。」
ただの、って言葉必要かな?いやでも本人が強調するんだから何かあるんだろう。でも、正直ただじゃないミィーナって誰だよ案件すぎて考えるのはすぐにやめたよ。
でも、良かった点があった昨日は言ってくれなかった名前を言ってくれたこと、それくらいはこっちのことを少しは信用してくれたってことなんだろうか?
名前を聞いた直後、俺の方を叩くエルザードに振り向く。どうやら耳を貸して欲しいようだ、
「ゼル、くれぐれも。」
「不利になる情報は出すなとかだろ、わかってるさ。ていうか俺たちの中で不利になる情報ってあるか?」
「うーん、世間知らずとか?」
それ俺も含めて言っているのか?とか言いかけたが確かに記憶喪失にしてはこの世界のライフルールに関して俺はどこか抜け落ちているところがある。今は人のこと言える立場でもないか、それにこのライフルールの欠如で危ない目に今後会うかも知れないことを考えると、いや、そもそも向こうにはわかってるだろ、洞窟出の竜と人とスライムにそんな常識がないことくらい。
「……まぁ、たいした弱点にはならないと思うけど。気をつけるよ。」
「うん、頼んだ。言葉遊びは我よりお主の方が得意そうだしな。」
記憶喪失のやつに負ける言葉遊びしている竜ってなんなんだと思いながら、エルザードとの内緒話もここまでにした。
実のところ現時点で聞きたいことは山ほどある。それらを全部話してくれたら一番楽なんだけど贅沢は言わない。
今から行くところはどんなところだ?
なんでエルザードを攻撃した?
竜について知っていることは?
この雪山に来た理由は?
なぜ人間に驚いたのか?
俺たちを殺さなかった理由は?
色々聞きたいこともあるし今後順番に聞いていこう。
雪山を完全に降りて雪林地帯に入った頃だった。彼女に質問する機会があったから一つ聞いてみよう。
「なぁ、今向かっているところ、どういうところなんだ?」
「今向かっているところは、レオーナっていう街、実力さえあれば勝ち上がれる貴方達みたいな余所者でも大丈夫な街。」
「へぇ。」
どうかはわからないけど、もしかして気を使っているとかあるのかな。面と向かって言えるほど仲は深くないからもしそうだとしても今は言えないな。
雪林地帯を少し歩き、一旦休憩のタイミングができた。今の彼女の立場は捕虜みたいなものだが捕虜でもなく、ガイドのような不思議な立ち位置。どちらにしたって休憩は大切だ、それに質問も。
「少しいいか。」
「なに?」
「しっかりと聞けなかったから、もう一度聞くけどどうしてエルザードを攻撃したんだ?」
「………勘違い。」
「勘違い?」
「そう、私の勘違い。それだけ。」
なにか事情がありそうな雰囲気だ。流石にここに踏み込むほど俺も世間知らずじゃない。でも意図してなかったことはわかったし、エルザードとたまに睨み合いしているらしいから俺の方からエルザードに話しておくか。勘違いだってことを。
それにしても、今の話し方の感じからしてエルザードのことを知っている感じはないけど、もしかしたら竜のことについては知っているかもしれない。聞いてみよう。
「竜のことについて何か知ってないか?」
「……貴方は知らないの?」
「知らない。記憶喪失だからな。」
「……竜は大昔に大陸に住んでいたっていう生物、今じゃ亜竜種っていうのはいるけどそれも魔物とか動物とかと変わらない、私も自我があって人型にもなれる竜なんて、初めて見た。」
「そうなのか。」
もしかしてエルザードって自称しているだけじゃなくて実際にすごい竜なのでは?
「あれくらいの竜なら、鱗一つでもかなり高額で……。」
「、、もしかして。」
「違うから。」
「は、はい。」
鱗剥ぐためにエルザードに攻撃したとか、考えたけど多分違う。うんきっと違うって信じよう。
「そう言えば聞いてなかったよな。なんで雪山に来てたんだ?」
「調査依頼を受けてここに来た。私みたいな獣人じゃないと調査できないくらいの過酷な環境だから。」
「そう。」
ここはなんだかプライベートな話になりそうだ。踏み込むのはやめた方がいいんだろうな。
ついでで洞窟のこととか知りたかったけど、調査ってことは多分知らないよな。
休憩が終わって再び歩き始めた俺たちはぎこちなくも夜を迎えた。野宿用の道具はろくに揃っていなかったが、ミィーナの方は十分だったらしい。ただ、彼女はうまく警戒をとけないからか眠ったふりをし続けていた。
エルザードとエルフルは即寝ていたが。
「……ミィーナ起きてるか?」
「……なにか聞きたいことでも?」
流石に質問をしすぎたせいで向こうもわかっている。だが今の感じだと渡せるものは渡すけどそれ以外は渡さないみたいな感じが強い。でも、何も喋らないと言っていた時よりかは進歩だ。
「なんで俺が人間って言った時驚いたんだ?」
「…………。」
「ミィーナ?」
「……悪いけど、それは貴方が自分で確かめて。ただ忠告しておく、次から人前に立って種族を聞かれたときはフードで頭を隠して、エルフとかドワーフとか名乗った方がいい。」
「……わかった。」
なんでエルフ、なんでドワーフとか色々あるが。多分それは俺が今後知るべき課題なんだろう。今の言葉からしてどうやらここらへんで人間って言うのは随分おかしなこと、もしくはダメなことなんだと理解した。
「聞きたかったのはそれだけ?」
「いやもう一つある。なんで俺たちを殺さなかった?」
「…………。」
(話したくないって感じか。ならそれでいいか、別にこれに関して人柄に関して質問している感じもあるし、これと言って絶対もない。)
これで質問したいことは終わった。けど、まだまだ疑問は残る。
エルザードのこと。
人間のこと。
洞窟のこと。
(そして自分のこと。)
まだまだ調べなきゃいけないことがたくさんある。でもそれもまた今度だ。今は寝よう。




