103話「名前」
「うぐぐぐ、困ったのぉ。名前がないとか、呼びようがないのじゃ。」
確かに俺の名前がないのは困った事態だけど、そんなことより目の前のあの巨大で威厳があった竜が腕を組んで悩んでいるという光景に俺は驚きを欠かせない。竜ってそんな器用なポーズ取れたんだな。
「しかも、何じゃっけか?記憶喪失?記憶が丸ごとないのじゃよな。」
「うん。」
「そうかー、そうなのかー。せっかくのお客様じゃからちょっと張り切っていた我、、でもお主のせいではないしな、うーん。うーん。」
「お客様って。。」
ここは店か何かだったんだろうか?いや、こういう原始的な店があっても不思議じゃないとか思ったりするけどさ、でも何かもの売りじゃないし、どちらかと言えばこれってそう、なんか相談屋みたいなそんな雰囲気がする。少なくともこのドラゴンからはそんな感じ。
誰かの悩みとか無条件で引き受けるそんな言ったら悪いけどチョロさが。
「………よぉし、決めたぞ!お主、名前がないのは不便だろう!我がつけたい!いや、つけさせてくれ!」
「と、唐突だな。まぁ、いいけどさ……」
「おぉ?!いいのか!いいのか?自分で決めなくて!?」
「めんどくさいな!何でそこでちょっと食い下がるんだよ!」
「いやぁ、我も昔自分の名前つける時にな、かなり悩んだが楽しかった思い出があったんじゃよ。じゃから、本当に良いのかなと……あれあれ?そう言えば、我自分の名前に何年かかったかな、10年?」
「いや!すぐ決めろよ!!ドラゴン基準だと俺が先に死ぬ!」
「もちろん、我はその10年ただぼーっと悩んでいたのではなく、いかに名前をうまくつけるかもしっかりとお勉強している!だから、もちろんお主の名前はすぐにつけれる!!ハズ。」
「おぉい!言い切ってくれよ!」
「いやいや、これはセンスとの戦いじゃよ!それこそヒラメキ!と呼ばれるものがいつ降ってくるかじゃ!名前なんぞ死ぬまで一生使うものなんじゃぞ!だからこそ、しっかり考えて決めなきゃならん!妥協なんてもってのほかじゃ。」
「………そ、うだな。」
くそう、言い返そうにも全部正論だ。この竜変なところで意地があるな!伊達に10年使ってないってことか、だらだら決めたとかじゃなくて本気で10年考えて名前をつけた。
それくらい名付けに本気になっている、、こうしてみると本当にドラゴンって言ってもデカいだけの中身人間だな。。
エルザードが特別人間くさいとかそういうことなのかもしれないけど、記憶がない俺は全く見当もつかない。
「……………。」
「エル───」
「──待て、考え中じゃ、しばしば待て。」
「う、うん。」
目を閉じてじっとしたまま動かないエルザード息を止めているかのように微動どうだにしない。
しばらくかかりそうだから、今のうちに状況を整理しよう。
俺は目が覚めたらここにいて、そしてこんな服装をしていた。そしてエルザードと出会ってその見た目に気圧されたけど、結局のところ、中身はおじいちゃん?おばあちゃん?性別どっちかわからないからわかんないけど。
とにかくそんなドラゴンがいま、俺の名前を決めてくれている。聖刻竜とか何とか言っていたけど、あれ自称なのかな?
少なくとも、エルザードの初対面みたいな話し方からして、俺とこいつは間違いなく今初めて会った相手だ。俺について知っているなんてことはなさそうだ。でも、
(エルザード、さっき目が覚めたか!とか言っていたから、もしかして眠っていた間の俺の状態とか知っている?俺が何でここにいるのかも、おそらくここでずっーと、エルザードがここにいたと考えればもしかしたら知っているのかもしれない。)
エルザードが知っている限りの俺のこと。
どうしてエルザードがここにいるのか。
(今知りたいのはこんなとこか。多分、エルザードとは今のただ知り合った通りすがりの関係で終わる感じがしない、、多分この先聞く機会はあるだろうし、そこで聞こう。)
それと、俺は人間だから一応食べ物とか欲しい。何だかこの竜と関わっていると体力というかエネルギーを余計に使う。いわばお腹空きやすくなる。
(エルザードも生き物のはずだ。何かご飯のことを知っているといいんだが。)
「よーーーし!!決めたぞー!」
「そうか、よかった。今度は長くなくて、」
「全くどういう意味じゃ。ともかく、決めたからには我はお主に命名しなければいけない!」
エルザードは両腕を再び地面に突き、堂々とした竜のポーズみたいなことをする。大きな翼を広げて、さっきとはまるで雰囲気が違う。
最初からこのくらいの威厳があれば俺のエルザードに対する評価は変わったのかもしれない。
「お主の名はゼル。古代語で白を意味する我のような長寿なものしか知らぬ、特別な名じゃ!拝命せよ!!」
「ゼル、ゼル……か。」
どんな名前が飛び出してくるかと少し身構えていた俺でもあったけど、でもエルザードが言い放ったその言葉はとてもいい響きでよかった。
でも、もしかしてもあって聞いてみた。
「、、俺の髪が白色だからとかそんなんじゃないよな?」
首元まで伸びていてる長い髪を少し触りながらエルザードに問いかける。エルザードは、しばらく黙ったあと、
「な、そんなわーけないじゃろーう。我のような偉大な竜がの、そんな安直なとこをいく訳ないじゃーろ、、」
「うん、うん。そうだよな。」
やっぱり、そんなところか。でもそこでシロとかじゃなくてしっかりと別の言葉で言っているところはまぁ流石だなとか思う。
本当に、シロとかじゃなくてよかった。




