人喰い鬼の末路
人を喰らう鬼が必死に逃げていた。
他でもない人間から。
「ちくしょう。何でこんなことに……」
いつかはこのような日が来ると確信があった。
何せ、人間ときたら弱っちいくせに知恵ばかりは一丁前に回りやがる。
故に腕力や知恵があろうとも、たった独りで生きている自分はいずれ人間に殺されるだろう。
しかし、鬼の考えではそうなるまではあと数百年の猶予があるはずだった。
それこそ自分の寿命が尽きるかどうか……それくらいの時間が必要だったはずだ。
だが、人間と来たらそれを遥かに上回る速さでやってきた。
「ちくしょう」
鬼は繰り返し、片手で持っていた人間の腕を口に放り込む。
近頃の人間と来たら痩せっぽちばかりで腹も満たされない。
それなのに血走った目で鬼を追い続けているのだ。
ある者は鍬を持ち、ある者は鎌を持ち、またある者はただの棒切れを持って……。
鬼は侍が刀を持っても歯牙にもかけないほどの強さがあった。
しかし、それは一対一の場合だ。
いくら弱々しくとも十対一ともなれば話は変わって来る。
それが、まして五十対一ともなれば最早それはただの狩りなのだ。
「ちくしょう……」
鬼は震えながら今日も必死に逃げていた。
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「やっと死んだか」
痩せ細った村人の一人が息も絶え絶えに言った。
この鬼を殺すのに村も過半数が死んだ。
しかし、それも今この時に限って言えばありがたい。
なにせ、村は随分と長い間、飢饉が襲っていたのだから。
「これで人を喰わずに済む……」
その言葉に村人達は無言のままに頷き合う。
それは自分達が鬼にも劣る畜生にならずに済んだことに対する安堵だった。
「さぁ、こいつを解体しよう。どうにかこの艱難を乗り切るんだ」
彼らの事情を知ってか知らずか人喰い鬼の色の無い目はぎょろりと人間を睨んでいた。