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よく分かんない作品集

おっとり令嬢はマイペースに幸せを掴む

作者: 七宝

「なぁエル、次のお見合い相手あいつなんだってな!」


 ジーダブリューエックスの甲高い声で目が覚めた。ここは俺の家、俺の寝床、完全に俺の空間のはずだ。なのになぜジーダブリューエックスのうるさい声が⋯⋯


 部屋を見渡すも、やつの姿は見当たらない。幻聴か⋯⋯?


「あいつはお前に並ぶ変人だからな! 変人同士気が合うんじゃないか?」


 耳元への爆音でやつの所在が分かった。ジーダブリューエックスは、俺の真下にいる。俺の真下に俺と同じ体勢で寝ているようだ。なんでやつだ⋯⋯


 起き上がると、ジーダブリューエックスも一緒に起き上がり、俺の背後にピッタリくっついた。


「悪いな、敵の背後を取るのが癖になってるんだ」


「俺は敵じゃないだろう」


「いや、この前オセロで惨敗したからな。あの時お前を強敵に認定した。ほら」


 そう言って手書きの認定証を見せてきた。

 見ての通り、ジーダブリューエックスは頭がおかしい。寝ている時まで背後を取ってくるし、なぜか俺のお見合い事情まで知っている。


 時計を見ると、まだ5時48分10秒だった。


「あと11分50秒寝るから、今度は起こすなよ」


 俺のルーティンは全て決まっているのだ。朝は6時に起き、5分間シャワーを浴び、2分間顔を洗い、7分間歯を磨き、その後すぐにキッチンへ行って玉子をむにゃむにゃ⋯⋯









「次のお見合い、俺もついて行ってもいい?」


 耳元で声がする。


「猿って人間に似てるよな」


 声がする。


「1足す2は3だよな」


 声がする。


「黒飴って黒いよな」


 だからなんなんだ。


「羊羹って四角いよな」


 切り方によるだろ。


「豆腐って白」


「うるさい!!!!!!!!!!!!」


 なんで寝かせてくれないんだ。なんなんだコイツは。


「お前の方がうるさいよ。俺の声はアリのように小さいんだ」


「アリの声でも耳元でやられるとうるさいんだよ」


 時計を見ると、5時58分20秒だった。


「1分40秒寝るから、絶対に起こすなよ。起こしたら殺すからな」


 羊が一匹、ひつZzz⋯⋯






「パソコンって四角いよな」


 まだ45秒くらいしか寝てないぞ。


「海苔って四角いよな」


 うるさい⋯⋯


「本って四角いよな」


 四角以外だと読みにくいだろ⋯⋯


「団長の顔って四角いよな」


 団長の悪口言いやがって⋯⋯


「食パンって青」


「うるさい!!!!!!!!!!!!」


「6時になったぞ」


「おはよう」


 さぁシャワーだ。シャワーを浴びて汗を流してさっぱりするぞ。


 顔洗って歯磨いて、卵焼いて生の食パンにハムとレタスとトマトと一緒に挟んで、コーヒーを淹れて食べて飲んでトイレに行って手洗って着替えて⋯⋯出勤! 城までの15分の道のりの間に頭の中で今日の仕事の流れをおさらいしておく。


 うむ。今日も完璧なルーティンだ。


「でさ、マリマッタリとのお見合いは明日なんだろ? 準備とかしてるのか?」


 ジーダブリューエックスが家からずっと真後ろにピッタリくっついて来ているのでそろそろ我慢の限界を迎えそうだ。


「彼女のいい噂は聞かないから今回もダメだろう、お互いにな」


 次の俺の見合い相手のマリマッタリは、今まで300回もお見合いをしているにもかかわらず、1度もお付き合いに発展していないヤバい女なのだ。


「やる前からそんなこと言ってちゃ一生彼女出来ないぞ? お前だって明日で101回目だろ? そろそろいい人見つけろよな」


「余計なお世話だ」


 ただの同僚のくせに親みたいなことを言う。


「さっきも言ったけど、変人同士気が合うと思うんだけどなぁ」


「失敬だな。俺は変人じゃないぞ」


「いや、変人だね。お前ほど細かい人間を俺は見た事がない。リモコンの場所まで1ミリ単位で決めてるだろ」


「そりゃリモコンが泣くからな、当たり前だろ」


「ほら」


「俺からすると早朝に人の家に忍び込んで勝手に一緒に寝てるやつの方が変人なんだけどな」


「へー、そんな奴がいるのか」


「お前だよ」


 城に着くと、団長が壁に張り付いて何かやっていた。


「おはようございます団長。何をされてるんですか?」


「ああエル、ジーダブリューエックス、おはよう。実はな、今隣の部屋に国王様がいらっしゃってて、隣国の王と会談中なんだ。だから盗聴してる」


 なんでやつだ。


 ピコ!


 スマートフォンが鳴ったので見てみると、親父から明日のお見合いについてのメールが届いていた。前日に送ってくるなんて、なんて段取りが悪いんだ。もうないのかと思ってたぞ。


 メールには1枚の画像が添付されていた。開いてみると、少々ふっくらした同年代くらいの女性の顔写真が表示された。


 この女がマリマッタリか。この体型、運動もせずに好きなものばかり食べて過ごしているに違いない。この俺とは真逆の存在だ。


「おぉっ! これがマリマッタリか! かわいーじゃん!」


 また背後からジーダブリューエックスが耳を破壊してきた。こいつがいると迂闊にスマホも開けないな。


 確かに多少可愛らしい顔立ちをしているが、俺のストイックな性格とはこの上なく合わないだろう。


 まだ仕事の時間まで13分あるので、今のうちに明日のお見合いの場所や時間を確認しておこう。

 なるほど、昼食を食べながらというわけか。場所は⋯⋯ん? これはマリマッタリの家ということか? マリマッタリの家でお見合いをするのか、なるほど⋯⋯


 地図アプリで場所を見ていると、ドアが開いた。


「おは! エル、お前明日マリマッタリとお見合いなんだってな!」


 同じ騎士団のエービーシーシーイーエフシーが入ってきた。


「なんでお前まで知ってるんだ」


「ジーダブから聞いたんだ」


「おい、人の名前は略さずちゃんと言え! 失礼だぞ!」


「ほんと厳しいなお前は⋯⋯」


 人の名前をフルネームで呼ぶのは当たり前だと思うのだ。ジーダブだけだとジーダブリューワイかもしれないだろ。


「マリマッタリの噂は俺も聞いてるよ。なんでも休日は一日中日向ぼっこしてるらしいぞ」


「一日中って、夕方には太陽沈むぞ。例えば今日は17時44分に沈む予報だ。一日中日向ぼっこなんて物理的に無理だろ」


「細かいやつだなほんとに。日の入りオタクかよ。一日中っていうのは0時から0時までのことじゃなくて、この場合だと日が出てる間のことだよ。細かい通り越してバカだろもう」


「日が出てる間ずっと日向ぼっこだと⋯⋯!?」


 なんてやつだ。そんなに怠けていたら死んでしまうぞ。いや、それどころか殺してしまうかもしれない。俺は怠け者が大嫌いなのだ。そんなやつと会って大丈夫なのか⋯⋯?


 それからは一日中ずっと不安だった。明日俺は人殺しになってしまうんじゃないかと、ただただ不安だった。


 そして当日。

 指定されていた時間ピッタリにマリマッタリの家に着いた俺は、乾燥して痒くなった肘をかきながら玄関が開くのを待った。「まったり屋」という看板がある。料亭かなにかだろうか。


「はーい〜」


 中から女性の声がする。マリマッタリだろうか。


「どうもいらっしゃい」


 玄関から出てきたのは、マリマッタリによく似たおばさんだった。マリマッタリの母親だろう。


 座敷に通されたはいいものの、机の上には何もない状態で私は唖然とした。茶すらないのか。


「マリちゃんもう少しだけかかるから、先にここに座って待っててちょうだい」


 ちゃんとマリマッタリとフルネームで呼べ! フルネームで呼ばないのならマリマッタリなんて名前つけるな!


 なんてさすがに本人には言えないので心の中で叫んだ。


 1分40秒経ってもマリマッタリは来ない。


 3分6秒経っても来ない。


 あと6分54秒経って来なかったら帰らせてもらおう⋯⋯


 と思っていたところ、戸の向こうから声がした。


「失礼いたします」


「どうぞ」


 さっきの女性とは違う、とても高い女の声だった。マリマッタリか? なんなんだこの声は。ぶりっ子というやつか? フン、そんなやつ絶対ハッ! かわゆい!!!!!!!


 大きくて真ん丸な目に、ふっくらした真っ白はほっぺた! くるくるの前髪! 何だこの可愛さは!!!!!!!!


 ⋯⋯いかんいかん、王国の騎士ともあろうこの俺がなんという⋯⋯気を引き締めねば!


「こんにちは、マリマッタリと申します」


 かわゆい!!!!!!!!


 なんだ俺、どうした!! 確かに写真と実物でけっこう違うけど、それにしてもどうした俺!!!!!!


 マリマッタリは湯呑みが2つ乗ったお盆を持っていた。


「どうぞ、お茶です」


 粗茶ですがじゃないのか!!!!!!


「ありがとう」


 飲んでみると、今までにない美味さだった。なんだこれめちゃくちゃ美味いぞ!!!


「あの、このお茶は⋯⋯」


「お口に合いましたでしょうか」


「美味しいです!」


「良かったです。今日はなかなか納得出来る味のお茶がいれられなくて遅刻してしまったので、お口に合わなかったらどうしようかと気が気でありませんでした」


 丁寧にお茶を煮出していたから遅れたのか。


 いや、だとしても時間に間に合うことの方が大事だろう。


 でもあれか、お茶は温度が大事というし、直前にしか用意出来ないか⋯⋯


「エル様?」


 しまった、考えごとのせいで本人を見ていなかった。


「失礼しました。本日はよろしくお願いいたします」


「こちらこそ、よろしくお願いしますね」








 まったり屋の料理はどれも美味しかった。美味しすぎて無口なってしまうほどだった。というか、俺多分緊張してる。こんなに喋れなかったことないもん。


 向こうもなんかずっとモジモジしてるし、俺が怖いとか? そうだったらやだな⋯⋯


 そうだ、彼女の趣味の話をしよう。


「あの、マリマッタリさん」


「あ、はい、なんでしょう?」


「休日は一日中日向ぼっこをしているというのは本当ですか?」


「ええ、お日様がポカポカして気持ちいいのです。今から一緒にどうですか?」


「そ、そうですか? じゃあ少しだけ⋯⋯」


 縁側で2人で並んで時間を気にせずにお茶を飲む。慌ただしい毎日を送っている普段の生活では考えられない時間だった。


「良いものですね、こういうのも」


「良いですよね」


 みんなにも細かすぎるとかキッチリしすぎてるとか言われるもんなぁ。たまにはゆっくりしないとな。


 結局この日は日没まで日向ぼっこをしていた。特に何を話すわけでもなく、ただ2人でぼーっとしていた。


 またこんな時間を過ごしたいと思った。

 彼女も同じ気持ちだったようで、次に会う日の約束をした。


 それから月に数度ずつ、マリマッタリの家に行っては日がな一日日向ぼっこをして過ごすという珍しい生活をしていた。


 ある日、ジーダブリューエックスに背後からこんなことを言われた。


「お前、最近たるんでないか? 仕事はちゃんとやってると思うけど、起きる時間もバラバラだし、朝食が適当になったりしてる日があるぞ」


 ジーダブリューエックス、なんだか昔の俺みたいだなぁ。


「まあまあそう言わずに。俺に足りなかったのはこれなのだ。心に余裕が無さすぎたのだ。マリマッタリに出会って気付かされたのだ」


「バカボンのパパみたいな口調になりやがって」


 これでいいのだ。







 いつものようにマリマッタリと2人で日向ぼっこをしている時のことだった。日向ぼっこ中はあまり口を開かないマリマッタリが、俺の方に向き直って言った。


「なんだか最近、違う感じがしています。エル様がいらっしゃるようになってから⋯⋯」


 えっ。


 それってつまり、いつも1人でしていた日向ぼっこに俺が加わったせいで調子が狂っているということ⋯⋯なのか⋯⋯?


「マリマッタリさん、すみません。俺、自分が楽しいからっていつも押しかけて⋯⋯」


「いえ! 違うのです! そういうことではないのです! ⋯⋯ただ」


「ただ⋯⋯?」


「胸がポカポカするのです⋯⋯」


「えぇっ」


 それって⋯⋯


「だから、エル様⋯⋯」


「はい」


 ドキドキ⋯⋯


「あの⋯⋯」


「はい」


「ら、来週も会いましょうね!」


「ぜひ!」


 ビックリした!!!! 逆プロポーズみたいなのされるのかと思った!! 良かった!!! もしするなら絶対俺からしたかったもん!! 良かった!!


 茶が美味い⋯⋯


「ではエル様、また来週」


「ええ」


 来週が待ち遠しい。明日にでもまた会いたいけれど、焦らずに行こう。ゆっくり。ゆっくり。それでいい。





 おっとり令嬢が主役じゃないのかよ!!

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