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8.ギャル美と騎士団演習場

 王城の中庭の一角――

 立てられた木の杭に人間サイズの巨大な藁人形がくくりつけられていた。


 訓練用のダミーだ。MMORPGや、ハンティングゲームなどでスキルを試すのに使うような、ターゲットという感じがした。


 なるほど、これは確かに「いいところ♥」だ。いきなり実戦で修行して、戦いながら強くなれるのは十代の特権だと私は思う。


 自分の能力を正しく理解するところから始めよう。


 ああ、異世界、始まったんだな。勇者のサポート役だけど。


 ギャル美が私の左側に立つと、腕を組んで密着する。


「あの、ち、近いですよ木柳さん」

「え? なんで?」

「ほら、私は担任で木柳さんは生徒なんですし」

「それな」


 同意しても彼女はぴったり張り付いたままだ。

 普通なら、コロッと転げ落ちてしまうだろう。


 我々は肝に銘じなければならない。オタクに優しいギャルなど存在しないのだ。


 実情は、みんなに優しいギャルなだけ。これを勘違いして、好きになってしまった結果、後に自分の独り相撲ということが発覚し、心に致命傷を負って散ったオタクもいるのだ。


 そう――


 何を隠そう、七年前の私である。ましてや成人済み男性と未成年。異世界の倫理観ならセーフだとしても、私もギャル美も元の世界に戻るのだ。魂の在処ありかは、現代にある。


 なので、帰ってから気まずくなるようなことは、教育者として大人として一社会人として、あってはならない。 


 逆説的に言えば、こちらの世界の美少女にうつつを抜かすことは……って、バカバカ私のバカ。


 絶対に使いどころが限られるであろうピーキーそうなスキル「破壊」を授かって、ゲームの世界みたいな異世界で、ちょっと浮かれてしまっている。


「木柳さんも、ここでスキルの練習を?」

「あーね、とりまセンセーのスキル使ってみて」

「腕を組んだままだと動けないのですが」

「あー、うん。じゃ断腸の想いで」

「言葉のチョイスが重すぎますよ」


 一度、私の二の腕を胸でぎゅっとしてから、ギャル美はパッと離す。

 心の中で念仏を唱えた。ギャルは気まぐれな生き物だ。ノリで大人をからかっているんだと。


 改めて等身大藁人形と対峙する。


 さて――


 大聖堂で上級神官戦士の巨乳……いかん、土下座した時に胸が床に押しつけられてはみ出るあの姿を思い出してしまった。アニメや漫画でしかみたことないやつだったし。


 シルフィーナ女史に言われたことは、私のスキルが「破壊」である。とだけ。


 転移者が持つ能力は固有のものが多く、同系スキルの師匠に教わるといったことができないらしい。


 破壊……破壊……破壊……。


 私はとりあえず、等身大藁人形に近づくと右の拳を握り込み、叩き込んでみた。


 ボスンッ、と重ねて圧縮した枕を叩いたような感触だ。自分の手が痛い。


「マエセン大丈夫そ?」

「心配無用です。ところで木柳さんはスキルを発動する時、呪文を唱えたり心の中で『発動』みたいに意識していますか?」

「あーね、それな。ちゃけばノリで」


 ぶっちゃけた話、気分で出せているのか。ああ、私もギャルに生まれたかった。


「ありがとうございますッ! 参考にッ! なりましたッ!」


 藁人形を三回殴ってみたのだが、支柱を軽く揺らすだけだ。

 発動条件がわからない。あと「破壊」の字面が怖い。一歩間違えば大惨事が起こりそうだ。


 これだからスキル極振りみたいなピーキーな能力は嫌なのだ。

 使いこなせれば強いというのは、実際には弱い部類だと思う。


 安定。安定はすべてを解決するッ!


 もし私に与えられた能力が、大軍や都市なんかを一撃粉砕するような、広範囲の極大な破壊の力だったりしたら、使いづらいったらありゃしない。


 何度か拳を叩き込んでみたものの、藁人形は揺れるだけ。


 スキルのトリセツくらい用意してくれていても、罰は当たらないだろう光の神め。


 肩で息をする私に、ギャル美が「なんか飲み物もらってくるね」と、言い残し立ち去った。


 こういう気遣いもできるところは、素直に人間として尊敬できる。ギャル美っぽく言うなら、推せる。である。


 あーしかしもう! 自分のことながら情けない! 最低限、勇者な彼女の足だけは引っ張りたくないのに! 目覚めているならとっとと出ろ! 私の破壊の力!


 ガスガスガシガシと、右拳を痛めつけていると――


 背後から、凛とした女性の声に呼び止められた。


「おい、貴様! ここは部外者立ち入り禁止だぞ? いったい何をしている!?」


 振り返ると、赤いポニーテールを揺らした、銀の軽甲冑姿の女騎士が腰に手を当て私の背中に厳しい視線を向けていた。純白のマント。随所にちりばめられた留め金やベルトなどは赤を用いて、清廉さの中に情熱を感じられた。


 美少女だ。ルビーの瞳に整った顔立ちだが、どことなく幼さも残している。

 先ほどの神官少女が三年生の生徒会長だとすれば、騎士少女は一年生の運動部でスポーツ推薦を勝ち取った期待の新人……といった感じだ。


 騎士少女を戦闘に、背後には高身長でフルフェイスにフルプレートアーマーな銀鎧の騎士団がずらりと並ぶ。


 がっしゃがっしゃと音を立て、騎士たちは左右に展開すると私を包囲した。


 板金鎧を着込んでいるのに身のこなしの軽やかな連中だ。さすが異世界、鍛え方が違う。


 少女が腰に下げた長剣の柄に手をかけて、私に詰め寄る。


「怪しい奴め。なんだその服装は? それに、見ない顔だな」

「え、ええと、私は木柳さん……ゆ、勇者様の担任……じゃ、わからないか。家庭教師の前田と申します」


 本質部分で嘘はついていない。ただ、相手に伝わりやすいように少し言葉をアレンジしただけだ。


 シャン……と金属音がして、瞬きする間に剣の切っ先が私の喉元に突きつけられた。


「勇者殿に家庭教師がいるという話は耳にしたことがないぞ。まったく衛兵たちは何をしているのだ」


 入り込んだ不審者と認識された模様。


「話を訊いてください。私は勇者様と同じく、別の世界からこちらへとやってきたのです」


 ギャル美が転移者ということは、関係者ならば知っているはず。

 裏を返せば、無関係な者には知り得ない情報だろう。


 これだけで一般通過不法侵入者ではないと、文脈を汲み取ってくれるに違いない。というか、汲み取れ!


 ポニーテールが大きくふわっさーと揺れた。


「勇者殿が転移者であることは、この王都でも有名だ! 何を関係者面しているッ!? 勇者殿に近づき、何か良からぬことをしようというのだろう! そうだそうに違いないッ!!」


 思い込みが激しいタイプな上に、彼女もギャル美の強火なファンだった。私は地雷を踏み抜いたらしい。


 剣を上段に振り上げる。示現流のチェストめいた一手で仕留めるタイプの構えだ。

 屈強な騎士団に包囲され、逃げ場無し。


 キッと少女の表情が引き締まった。


「斬るッ!」

「待て待て待て待て早まるなああああああああああああ! ごめんなさいッ!!」


 閃光のような一振りが放たれた。同時に私は両手を合わせて拝む。


 と――


 唐竹割りに振り下ろされた刃を、私は両手のひらでキャッチしていた。

 人生初の真剣白刃取りに成功したのである。


 瞬間――


 騎士少女の剣がボロボロと崩れて砂のようになり、空気に溶けて……消えた!?

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